おっさん、仮面を被る
「――――というわけで、ガルンモッサとの交竜戦を取り付けてきました」
アルトレオに帰国したミレーナは、先日のガルンモッサ王とのやり取りを、竜騎士団の前で発表した。
流石に全員驚いているようで、皆一様に目を丸くしている。
その中にはドルトもいた。ガルンモッサという言葉に、ドルトは険しい顔になる。
ミレーナは全員を見渡した後、続ける。
「相手は大陸最強たるガルンモッサ竜騎士団……ですが、我々も練兵を重ね、着実に力をつけています」
うんうんと頷く兵たち。
リリアンの特訓は激しく、だが、だからこそ彼らに自信を付けさせた。
兵の身体は昔に比べると一回り大きくなっており、今までの弱兵ぶりが嘘のようであった。
「ですから、無謀な戦いとは思いません。勝てると思ったから受けてきました! 胸を貸してもらうつもりで……いえ、貫くつもりで、戦いましょう!」
「おおおおおおおおおおおおおッ!!」
兵たちの雄叫びを聞きながら、ミレーナは頷く。
以前であればここまでの士気は得られなかったであろう。
ガルンモッサの名を聞けば縮こまり、萎縮するのがせいぜいだったはず。
だがどうだろう、彼らの、彼女らの凛々しい表情。
まさに戦士のそれであった。
盛り上がる兵たちの中から一人、控えめに手が上がった。
兵をかき分け進み出てきたのはローラである。
「ミレーナ様、三対三という事ですが、誰が出るか決めているのですか?」
「えぇ、そうですね。やはり全体の実力を見れば、セーラとリリアン、ローラが妥当なところでしょうか」
ミレーナの答えに、ローラはやや考え込んで、言った。
「……これは提案なのですが。私の代わりにドルトさんを出すというのは如何でしょう」
「ドルト殿を、ですか?」
驚くミレーナ。
ローラは続ける。
「単純な実力では私とドルトさんは同じくらいかと思います。でも、ドルトさんにはガルンモッサの竜に対する深い知識がある。細かい癖を読み、セーラ、リリアンと連携すれば、勝率はさらに上がるかと存じますが」
その言葉に兵たちが沸いた。
「おお! 確かに竜師殿はかなりの使い手だ! 何せ俺たちよりもずっと強い」
「確かに、あのセーラを翻弄してたくらいですもの!」
「うむ、いい考えだ!」
口々に声を上げる兵士たち。
ミレーナはドルトの方へ、期待に満ちた視線を向けた。
「言われてみれば、いい考えかもしれません。しかしローラはいいのですか? 折角の晴れ舞台ですよ」
「えぇ、私の事は気にしないでください。アルトレオの勝利の為なら。それに、日陰も案外心地よいものです」
全く、ひがむ気持ちなどなさそうなローラの言葉に、ミレーナは頷く。
「……そう。わかったわ。そういう事ですが、ドルト殿は如何でしょうか?」
「うーむ……」
皆の言葉にドルトは唸る。
その胸中は複雑であった。
「……確かに私はガルンモッサの竜に精通しています。動きの癖、身体能力、その他諸々……それに、正直なところガルンモッサへの複雑な思いもあります。彼らに勝てれば、さぞかし気分が良い事でしょう。しかし、交竜戦は竜騎士同士の誇りある戦いの場。そこに一介の竜師である私が出て悪目立ちしてしまえば、少々面倒な事になるのでは?」
ドルトの言葉に、一同は押し黙る。
これは言わなかったが、ドルトは一度攫われている。
素顔を晒して交竜戦に出ればどうなるか……考えるまでもなかった。
長い沈黙を破ったのは、どこからか聞こえた声だった。
「つまり身バレが怖い、という事ですね?」
突如、ひょいっと割って入ってきたのは、メイドAである。
相変わらずの神出鬼没、メイドAはいつもの調子で全員が注目する中、懐からフルフェイスの兜を取り出した。
どこから出したのかを確認できたものは、やはり誰一人としていなかった。
「姿を偽る、というのはどうでしょう? これで顔を隠してしまえばいいのです。ていっ」
「ちょ、おいこらえーさん!?」
メイドAは有無を言わさず、ドルトに兜を被せた。
すっぽりと頭に収まった兜、メイドAが面の部分を下ろすと、ドルトの顔はすっかり隠れてしまった。
面の部分、小さな隙間からようやく目元が見えるくらいである。
相当接近せねば判別は不可能であった。
兵たちが「おおー」と、感嘆の声を漏らす。
「ふむ、似合っていますよドルト様、謎の仮面竜騎士エックス! 如何でしょう?」
「何がだよ!」
抗議するドルトの耳元で、メイドAが囁く。
「大丈夫ですよ。ドルト様が心配なされるようなことは、絶対に起きません」
そう言ってメイドAは、ニヤリと笑う。
低く、ドスの利いた声で言った。
「誰が、何が、相手だとしてもね。〝A〟の名に賭けて、誓いますよ?」
恨みとつらみ、その他諸々が篭った顔、そして声であった。
余程嫌な事があったのだろう。
同じくガルンモッサに仕えていたドルトには、メイドAの怒りが窺い知れた。
ドン引きするドルトに、メイドAは続ける。
「ですから何も心配をする必要はありません。安心して交竜戦をお楽しい下さいませ♪」
声のトーンを普段のものに戻し、満面の笑みを浮かべるメイドA。
それが逆に、ドルトには恐ろしく感じられた。
同時に、頼もしくもあった。
ドルトはメイドAに、引きつった笑いを返す。
「……そいつは恐ろしいやら頼もしいやら……」
「ふふ、〝A〟というものは恐ろしくも頼もしいものなのです」
そう言ってメイドAは、ドルトから離れる。
まったく、とため息を吐くドルトに、ミレーナが改めて声をかけた。
「えぇと……それでドルト殿?」
――――交竜戦、参加の意思はあるか否か。
ドルトは少しだけ考えた後、ミレーナの目を見て、答える。
「はい、ミレーナ様。私でよければ」
どっと歓声が上がった。
フルフェイスの兜がまばゆい銀色に、輝いていた。