田舎娘、地竜を乗り回す
――――それから数日が経ったある日、ドルトはセーラに呼び出された。
「そろそろ竜糞が渇いたと思うわ。見に行きましょう!」
「おお、そういえばそうだったな」
何日か前から風に晒していた竜糞の回収がまだだったのだ。
そもそも最近は耕地にも行っていなかった。
何せあの辺り、とても臭くなっていたのだ。
「ったく忘れないでよね。ホント記憶力までおっさんなんだから」
「くっ、生意気な……」
「あははっ! ほらほら遅いわよ!」
駆け足で行くセーラに、ドルトはため息を吐きながらついていく。
耕地の端では藁に積み重ねられた竜糞が、未だ異臭を放っていた。
だが、以前ほどではない。
べとべとだった糞はすっかり乾燥し、砂のようにぱさぱさになっていた。
「ふむ、いい具合に発酵してるみたいね」
「おお、ハッコーってやつか。なんかそんなこと言ってたな。これなら使えそうか?」
「バッチリよ。さぁ撒いていきましょう」
「わかった。でもちょっと待て」
そう言うとドルトは、指を咥えて吹いた。
ぴゅーい! と口笛が野原に鳴り響く。
そしてしばらく、どどどど、と地鳴らしが聞こえてきた。
「ガァァルルル!!」
駆けつけたのは地竜である。
ドルトは地竜の頭を撫でると、持っていた竜の実を食べさせてやる。
「よし、よく来たな81号」
「全く、竜遣いの荒いおっさんよねー81号」
「ガルーゥ!」
セーラも同様に、地竜の首を撫でた。
もはや地竜に対する嫌悪感はないようだった。
「81号に糞を撒いてもらおう」
「私が乗って撒かせるわ。おっさんじゃ土の栄養が濃い部分とかわかんないでしょう?」
「そうだな。任せるよ」
「ちょっと離れてた方がいいわよ。汚れたいなら話は別だけどね。行くわよ! 81号」
「ガルゥ!」
地竜に跨り耕地の中に入るセーラ。
乾いた竜糞をどばどばと土に入れ、混ぜ合わせていく。
「すごいすごーい! ナイスよ81号ー!」
「ガルルーー!」
地竜に乗り、耕地の中を走りゆくセーラとを見ながら、ドルトは案外いいコンビになったじゃないかと思った。
「やっていますね。ドルト殿」
「ぴゅーい!」
ドルトに声をかけたのはミレーナとその胸に抱かれたレノだ。
セーラも気づいたのか、遠くで手を振った。
ミレーナもそれに返す。
「あの地竜も随分と懐いたようで……」
「セーラの腕も上がったんですよ。地竜を乗りこなすなんて、大したもんです」
地竜を乗りこなすのはただの陸竜に比べると、かなり難しい。
単純に騎乗用に訓練されていないのもあるが、動きが非常に激しく安定感もないため、慣れていない者が乗るとすぐに投げ出されてしまうのだ。
相当の下半身の強さ、腰の力が要求されるのだ。
「というか、地竜に乗るなんて、私は初めて見ましたよ」
「まぁあまり一般的ではないですが、私の田舎では乗ってる人がいましたよ。私はその人に教えてもらいました」
「なるほど、ドルト殿のお師匠様というわけですね?」
「いやいや、そんな大したものじゃないですよ。近所のおじさんでした」
謙遜するドルトを見て、ミレーナは楽しげに笑う。
「ふふ、本当ですかぁ? なんだか羨ましいです。子供のドルト殿、見てみたかったなぁ」
「普通の子供でしたよ。悪戯ばかりしていました。ミレーナ様はきっと、おしとやかだったのでしょうね」
「……そ、そうですね」
途端にミレーナは目を逸らす。
城を抜け出しては遊び歩いていた幼少時代のことなど、到底話せるはずもなかった。
慌ててミレーナは話を変える。
「と、ともあれよかったです! 練兵の効果はあったようですね!」
「えぇ、かなり。兵たちも強くなりましたし、またどこかと交竜戦をしてみてもいいかもしれません」
「うーん……そうですねぇ」
頷きかねるミレーナを見て、ドルトはしまったと思った。
国同士の交竜戦は大抵、何かしらを賭けて行われるものだ。
おいそれと行えるようなものではない。
慌ててそれを訂正した。
「き、機会があれば、ですね!」
「そう、ですね……」
ミレーナは歯切れ悪く、そう返すのだった。
――――だがその機会は、思った以上に早く訪れる事となる。
数日後、ミレーナはガルンモッサへと訪れていた。
要件はいつもの竜の買い取りである。
「――――では確かに受け取った」
「はい。……ところで最近はあまり竜をお買いにならないのですね」
別に全く構わないが、とミレーナは心の中で付け加える。
「うむ、最近は逃げる竜も減っておってな。わっはっは、ミレーナ王女としても寂しかろう?」
「いえ、そのようなことは……」
全く、確実に、完全に、ないのだが。ミレーナはそれ以上の言葉を濁した。
近頃ガルンモッサ王は、一時期に比べて竜の買い付けがずいぶん減っていた。
ドルトの話では、子飛竜で文を送り合い、ガルンモッサに竜の扱い方を教えているとの事だった。
それで、なのであろう。
以前に比べて竜の扱いが良くなったのであれば、それはそれで喜ばしい。
流石はドルト殿、といい気分になっていた。
「ところでアルトレオの竜騎士団は、近頃随分と強化されたと聞く。あのローレライと交竜戦を行い、勝利したとか」
「……ご存知でしたか」
相変わらず耳聡い、とミレーナは眉を顰める。
ガルンモッサ王はそれに気づく様子もなく、続ける。
「のうミレーナ王女よ。よかったら我が竜騎士団と交竜戦を行ってみんか?」
「は……? いえ、それは……」
口ごもるミレーナ。
何を考えているのか、ミレーナは警戒心をあらわにした。
王はそれを知ってなお、もう一歩歩み寄る。
「なぁに、ただの練習戦じゃよ。故に何かを賭ける、というのはナシにしようではないか。軽い腕試しと思って、どうじゃ?」
「む……」
その言葉はミレーナに取って、正直魅力的なものだった。
竜騎士団の経験値を積みたいのは事実。
大陸最強たるガルンモッサ竜騎士団との練習試合は、むしろ自分から申し込みたいほどであった。
何かを企みがあるのかもしれないが……それでも、悪くない話だと思われた。
それに、この気にくわない王の鼻を明かせるいい機会だとも考えた。
何しろとってアルトレオにとってガルンモッサは負けて当然、勝てれば奇跡とも言える相手である。
そんな相手に負けたとあれば、この王はさぞかし狼狽するであろう。そして今のアルトレオにとって、勝機が全くない相手ではない。
しばし考え込んだのち、ミレーナは答える。
「わかりました。お受けいたしましょう」
「おお! そうかそうか! これこの書状に細やかなことは書いておる」
「……なるほど、確かにこの条件でしたら」
書状の内容は、十日後、ガルンモッサ王城にて三対三の交竜戦を行う……というものであった。
賭けるものは一切なし、敢えて言うなら国の威信を、と付け加えられている。
「受けましょう」
「うむ、良い返事じゃ! ところでどうかの、今宵はワシの部屋でその前哨戦でも」
「さて、私はそろそろお暇いたします」
ミレーナはそう言うと、足早に玉座の間を去っていくのだった。
「……これで良いのか?」
ミレーナが出て行った後、王は不機嫌そうにため息を吐いた。
そして控えていた団長に声をかける。
「えぇ、見事な誘いでした。王よ」
「ふん」
王はつまらなそうに鼻を鳴らす。
「他国の来賓を招待して、アルトレオを倒してみせる。そうしてガルンモッサの強さを改めて見せつける……と言うわけか。確かに我が国の力を他国に示すにはいい手だ」
「えぇ、国の威信を賭けた戦い、というのも嘘ではありませんしね。これで後は勝つだけです」
「だが、いいのか? アルトレオ如きに負ければ、とんだ恥晒しだぞ」
「負けはしません。その為の三対三です。アルトレオの竜騎士にまともな使い手は少ないですし、集団戦では尚更でしょう。ガルンモッサの勝利は揺るぎません」
「無論だ。負けなど許さん」
「無論承知でございます。圧倒的勝利をご覧にいれましょう。ガルンモッサ竜騎士団長の名にかけて」
力強い声で団長は、そう言い切るのであった。