おっさん、思わぬ招待を受ける
「よっと」
竜糞を干している間、ドルトはしばらく休んでいた竜の世話をする事にした。
本日は久しぶりの乾草交換の日である。
ケイトや兵たちに竜を散歩に行かせ、残ったドルトは黙々と作業していた。
肩には子竜を乗せて、である。
時折竜の世話をしていると、飛び乗ってくるのだ。
「あーもう、背中におぶさるな。重いだろ」
「ぴぃー!」
追い払おうとするが子竜はドルトの背中にしがみついたまま離れない。
頭に乗られるよりマシかと思い、ドルトはため息を吐く。
「…………」
その様子を遠くから、リリアンが無言で見ている。
腕を組んだまま、じーーっと、ドルトはやりにくさを感じていた。
「……えーと、何か用か? リリアン」
「む、気づいていたか?」
「そりゃ朝からずっとだからね」
ドルトは立ち上がり作業を終えると、リリアンの元へと行く。
「ふむ、終わるまで待つつもりだったが、構わないか?」
「いいさ。見られてるとやりづらいからな。んで、何用だい?」
「実はあの時の礼をしようと思ってな」
「……あぁ」
一瞬なんの事かと思うドルトだったが、交竜戦でリリアンの自害を止めた時のことかと理解した。
「傷薬ありがとな。おかげでもう治ったぞ」
「それとは別に、だ。あれだけでは私の気が済まぬ」
「うむぅ、難儀な性格だな……とはいえ他に欲しいものもないのだが」
考え込むドルトにリリアンは言った。
「貴様、甘いものは好きか?」
「まぁ別に、嫌いではないよ」
「では菓子でもご馳走しよう。私の部屋に来てくれ」
そう言うと、リリアンはスタスタと歩いていく。
「ちょ、待てって。せめて着替えさせてくれ」
「気にするな。来い」
「いや気にするって。泥だらけだぞ。ちょっとだけ待っていろ」
「仕方ないな」
何とも強引な誘いだと思いながらも、ドルトは汚れた長靴と作業着だけを脱いで、リリアンの後をついて行くのだった。
「ここだ。遠慮なく入るといい」
「お邪魔します」
リリアンに導かれるまま部屋に入ると、そこに広がっていたのはとても――――とても、女の子らしい部屋であった。
白塗りの壁、そして調度品は白を基調とした細工品。
ベッドにかけられた布団にも細かい花柄の刺繍が見られ、その上にはクマのぬいぐるみが置かれていた。
衣装棚にはフリフリの、メイドが着るような衣服が幾つも掛けられている。
ドルトはその、あまりの乙女しい部屋に面食らっていた。
そんなドルトを不思議そうに見るリリアン。
「どうした? 何をしている。中に入らんか」
「えぇと、これはあなたの部屋、ですよね」
思わず敬語になるドルトに、リリアンは首を傾げる。
「そうだが」
「このクマは?」
「アイシャだ」
名前を聞いたわけではなかったのだが……リリアンの言葉で、ドルトは予想以上の事態なのだと悟った。
「この服は?」
「無論、私が着る」
キッパリと言い切るリリアン。
あのレースとリボンでフリフリを着るのかと、想像するドルトだがあまりに組み合わせがカオスで完成図が思い浮かばなかった。
「全く、何を戸惑っている? 女の部屋がそんなに珍しいわけでもあるまい」
呆れるリリアンだが、どちらかというとドルトの戸惑いは別方向のものだった。
とはいえ、そう人の部屋にケチをつけるのも失礼かと思ったドルトは、大人しく招待される事にした。
「さ、客人用の椅子だ。レノはそうだな。こちらの子供用の椅子を使ってくれ」
「ぴゅい!」
ドルトには普通の椅子を、レノには子供用の椅子を用意するリリアンだったが、大柄なドルトにはかなり窮屈だった。
「すまんな。それしかないのでな。……では少し待っていてくれ」
そう言うとリリアンは部屋の奥へ入っていく。
しばらくすると、ふんふんと鼻歌が聞こえてきた。
幼い女の子が好むような軽快で楽し気な鼻歌だった。
それを聞きながら、ドルトは小声でレノに話しかける。
「いやぁ、リリアンにこんな趣味があったとはなぁ」
「ぴぃー」
見た目はガチムチ、趣味は乙女。
よく考えたら名前もそうだ。
そのギャップにドルトは戸惑いを隠せなかった。
「人は見かけによらないもんだな」
「ぴぃぴぃ」
レノはそうだと言わんばかりに首を上下に動かす。
「待たせたな」
そこへ、トレーを手にしたリリアンが戻ってきた。
トレーにはカップが三つとマカロンが幾つか乗っていた。
「おお、これはマカロンじゃねーか」
「ほう、ご存知か」
「えーさんが前に作ってくれたんだ。パクパク食べてたら、すごい目で睨まれた。それはとても手間がかかるし難しいスイーツなのです、とか。なんで、味わっていただきます」
「ぴぃーっ!」
ドルトと子竜は、マカロンを手に取ると一口一口、噛みしめるように食べる。
外はさくっと、中はもっちりとした見事なマカロンであった。
挟んであるクリームやチョコが舌の上でとろける。
「……美味い」
「ぴゅい!」
ドルトと子竜の言葉を聞きながら、リリアンは満足げに鼻を鳴らす。
「ふっ、当然だ。さぁミルクティーも飲むといい!」
「……いただきます」
上機嫌になったリリアンは、ドルトと子竜に茶を、菓子を、矢継ぎ早に繰り出していくのだった。
「……ふぅ、流石にもう無理だ」
「ぴぃ……」
「満足してくれたようで、うれしく思う……ところで」
リリアンの目つきが変わった。
その視線は熱く、ドルトの胸元へそそがれていた。
「貴公は中々いい身体をしているな」
「はぁっ!?」
突然の言葉にドルトは素っ頓狂な声を上げた。
「トレーニングでは自然に鍛えられたものではなく、自然に鍛え上げた、言うならば天然物の肉……実は初めて見た時から目をつけていた」
うっとりした顔で言うリリアン。
ドルトは言葉の意味がわからず困惑していた。
「えーと……つまり、どういうことだ?」
「貴公の身体に欲情していた、とでも言えばいいのか?」
「変態か!」
満足げに頷くリリアンにドルトはツッコミを入れる。
だがリリアンは全く堪えていないどころか、むしろキラキラした目でドルトの手を取る。
「一度でいい、貴様と私の肉と肉をぶつけ合わせたいのだ!くんずほぐれず、楽しもうではないか!」
そう言ってリリアンはベッドに腰かけると、ドルトにも同じようにしろとばかりに促す。
「……ん、ぐ……っ」
「ふ……ぅ……っ!」
熱い吐息が部屋に響く。
子竜はハラハラしながら二人の様子を見ていた。
絡まり合った右手はゆっくりと押し倒され――――とすん、とベッドに付いた。
「勝ったーーー!」
ドルトの声が響く。
リリアンは倒された右手を押さえながら、大きく息を吐いた。
「負けたよ。貴公は強いな」
「……腕相撲ならそう言おうな」
「最初からそう言っていたつもりだが?」
きょとんとするリリアン。
そう純粋無垢な目で見られると、ドルトにはそれ以上何も言えなかった。
「また遊びに来るといい」
「楽しみにしているよ」
ドルトを部屋の外に送り出すと、リリアンは自分の掌をじっと見つめた。
分厚く、強い腕。
自分が腕相撲で負けたのは何年ぶりだろうか。
「アルトレオにも中々強い男がいたものだ」
上機嫌で皿を洗うリリアンは、次は何を作ろうかと思案していた。