おっさん、開墾を始める
「おはよーおっさん! 今日も芋掘りー?」
「セーラか。久しぶりだな」
朝早く、芋を掘っていたドルトへセーラが声をかける。
最近は朝練ばかりで時間がなかったのか、セーラが畑に来るのは久しぶりだった。
「いやぁ、リリアンがすっごく厳しくってさ。私は朝強い方なんだけど、身体が動かなくって」
「ははは、俺も竜師になりたての頃はよくそんな感じだったよ」
ドルトはあの頃をふと思い出す。
田舎から出て来たドルトは、当時ガルンモッサの竜師をやっていた人に雇われ強制的に弟子にされた。
ただ、その竜師はドルトに数年で仕事を覚えさせた後、逃げるように姿を消してしまった。
今思えば自分が逃げる為の弟子づくりだったのかもしれないと、ドルトは思い返す。
「……懐かしいな」
「へぇーえ。おっさんもそんな顔するのねぇ」
ニヤニヤするセーラに、ドルトは言い返す。
「そういやこの間のジャガイモ、美味しかったじゃない。初めて作ったにしては上出来だったわよ?」
「おう、みんな喜んでくれてよかったよ。竜もばくばく食べてるぜ」
毎朝収穫したジャガイモはメイドAに渡し、余った分は竜の餌箱に入れていた。
入れれば入れるだけ食べるので、ドルトも嬉しくなってついつい多めに食べさせてしまった。
「自分で作った作物を喜んでもらえるのって、うれしいものでしょ?」
「あぁ、いいもんだな」
「そうだ! 私にもちょうだいよ。いいでしょ? 手伝ったんだし」
「もちろんだ」
「ありがと!」
元々、使い切らないくらいのジャガイモが現在進行形で取れている。
毎日数十個、収穫するだけでも大変な量だ。
まさに捨てるほどあるというやつである。
「ところで今度は何を作ろうかな」
「そうねー……あ、言い忘れてたけど、この畑はしばらく使わない方がいいかも」
「そうなのか? なんでだ?」
「毎年野菜を作ってたら、土が悪くなっちゃうのよ。一回や二回ならともかく、何度も作ってたらどんどん美味しくなくなっちゃうわ。土を休ませないといけないの」
「ほう、そうなのか……だとすると、しばらく農業出来ないのか。残念だな」
肩を落とすドルトに、セーラはちっちっと指を振る。
「……って思うでしょ? こっちに来てみてよ」
「?」
疑問符を浮かべるドルトの手を取り、セーラは城を出る。
街を離れて川の向こう、ドルトの連れられてきた先は、大きな荒地であった。
「この間の交竜戦のご褒美にミレーナ様から貰ったのよ。ここ、あげるからさ。よかったらもう少し大規模にやってみない?」
「おお、本当にいいのか?」
「いいわ。出来た作物は私にもちょうだいよ? 手伝ってあげるからさ」
「もちろんだ」
「さーて、そうと決まればここを耕地にしちゃいましょう!」
「おう!」
……その日、ドルトはセーラと二人、ひたすらこの荒地を耕すことにした。
とはいえ最初は鍬を下ろすだけですぐに石に当たる有様だった。
まずは土の中の石を取り除く。
それだけでも、遅々として進まなかった。
「……こいつは思った以上に大変だな」
「うーん、そうねぇ。まぁこんなものよ! のんびりやりましょう!」
弱音を吐くドルトとは反対に、セーラはいつも通りである。
本当にこんなものなのだろう。
ドルトは改めて、農家の大変さを思い知っていた。
その日は丸一日、そんな感じだった。
「さて、今日もやるかねぇ」
翌日も、ドルトは引き続き石拾いを開始した。
セーラは訓練だとかで、早々に抜けてしまったので一人作業である。
鍬で地面を掘り、拾った石を一輪車に積んでいく。
拾っては積み、拾っては積みの繰り返しをひたすらひたすら。
「くぅー、腰にくるなぁ」
そう言ってドルトは大きく伸びをする。
拾っても拾っても出てくる石に、ドルトはうんざりし始めていた。
しかしこれをやらねばまともな畑にはならない。
鍬を下ろせば石にぶつかるし、作物も石が邪魔で育たないのだ。
「何とか楽ができないものか……ん?」
ふと、森を見たドルトは何かが木陰で動くのを見つけた。
じっと目を凝らす……と、こちらを興味深げに見ているのは、地竜だった。
――――地竜とは、陸竜の亜種で、サイズは陸竜より一回り小さい。
足は遅いがその代わり両腕が大きな発達しており、土を掘る事が出来るのだ。
土を掘って巣を作り、地面を掘って川を渡ることもあるという。
その爪は鋭く、硬く、大きく、そして歪。
一本の爪が幾つかに枝分かれをした、土を掻きだすのに適した形をしている。
性格は比較的大人しいが、巣に入ろうとするものには容赦なく、生き埋めにしてしまう。
「ガルル……」
そして一歩、地竜は草むらをかき分けドルトの方に歩み寄って来る。
恐らく、常備している竜の実のニオイを嗅ぎつけたのだろう。
そう判断したドルトは試しに腰元の袋を開け、竜の実を取り出し地竜に見せてやる。
すると地竜はあからさまに反応した。
しめたとドルトは思った。
こいつを使えば楽が出来るかもしれない、と。
「ガルルゥ!」
「こっちだぞーこっちだ、こいこい」
取り出した竜の実を手に、ドルトは地竜を煽る。
地竜は多少警戒しながらも、ドルトの方へとゆっくり近づいてきた。
ドルトも相手に攻撃の意思がないことを悟り、しゃがみ込んで竜の実を地面に置いた。
「ガルゥ!」
地竜はドルトの思惑通り、竜の実に噛り付いた。
夢中で食べるその頭を、ドルトはよしよしと撫でる。
「よーしよし、いい子だなぁ」
「ガルガルっ!」
地竜も満更ではなさそうで、撫でられるままになっていた。
あまりにも上手くいきすぎると思ったドルトは、地竜に尋ねる。
「どうもお前、人懐っこいな。もしかして人間に飼われてたのか?」
「ガルルゥ!」
無論、地竜が喋るはずもない。
しかしふと、ドルトは地竜の腹についた傷跡に見覚えがある事に気付いた。
それは昔、ガルンモッサにいた頃に助けた地竜と同じ場所についていた傷跡だった。
「……もしかしてお前、何年か前に俺が面倒見た地竜か?」
「ガルゥ!」
「おぉ、やっぱり81号だな! なんつーか、偶然だなぁ!」
嬉しそうに擦り寄る地竜の頭を撫でるドルト。
無論、偶然ではない。
地竜はドルトに助けられた後、ガルンモッサ城付近に住み着いてたのだ。
穴を掘って近くに行ったこともある。
勿論すぐに埋められてしまったが……ともあれ、ドルトのニオイが消えた事を知った地竜は、アルトレオについて来たのである。
「ガル! ガルルゥ!」
地竜はそう鳴くと、両爪で地面をゴリゴリと掘り始めた。
まるで先刻までのドルトの動きを真似するように。
「もしかして、手伝ってくれるのか?」
「ガルーゥ!」
地竜はひと鳴きすると、鋭い爪で地面を掘り始めた。
あの固い土をあっという間に削り取られ、大きな石がゴロゴロと辺りに張り出されていく。
「おお、こりゃ楽ちんだ」
これなら石を拾うだけでいい。
ドルトは地竜の掘った後を、石拾いしながらついて歩くのだった。
「おー、随分進んだなぁ」
作業は夕暮れまで続き、荒地だった土地は見事に掘り返されていた。
「ガルル……」
「お前のおかげだよ。ありがとうな」
ドルトは地竜の頭を撫で、残りの竜の実を食べさせた。
地竜は嬉しそうに、ドルトに頭を擦り付けていた。
しばらくそうしていたが、地竜は名残惜しそうに森へと去っていく。
巣へ帰るのだろう。ドルトはそれを大きく手を振って見送る。
「じゃあな、81号! 助かったぜー!」
「ガルーゥ!」
地竜に別れを告げ、ドルトは帰途へ着くのだった。