おっさん、料理を教わる
交竜戦が終わってしばらく、アルトレオ竜騎士団は活気に溢れていた。
「遅い! どんな鈍い筋肉だ!」
「はい!」
「弱い! 貴様の筋肉は飾りか!」
「はい!」
「自分の筋肉を信じろ! そうすれば可能性は無限に見えてくる!」
「はい!」
リリアンの怒号が飛び交う中、アルトレオ竜騎士団は日々トレーニングを繰り返していた。
腕立て100回、ランニングで城を10周、スクワット300回、それが朝のメニュー。
昼食を終えると竜に乗っての打ち合い。
槍だけでなく、弓、剣、竜から降りての組手も行われた。
それを夕暮れ時まで、である。
竜騎士団の面々は日に日にボロボロになっていった。
「貴様らぁ! 根性が足りんぞ! 筋肉はもっとだ!」
「は、はいぃ……!」
倒れ臥す兵に檄を飛ばし、立ち上がらせるリリアン。
可愛い名前をしてやる事は鬼だと、兵たちの間では噂になっていた。
「うひぃー厳しいねぇ」
その様子を見て、ケイトは呆れ顔になっていた。
あのセーラですらようやくついていけている程の訓練である。
「練兵は必要なんだろうけど、やりすぎは良くないと思うの私」
「いや、実は理に適っていると思うぞ」
それにドルトが答える。
竜の訓練方法の一つとして「これ以上は無理」という限界まで走らせて、翌日は丸一日休ませるというものがある。
その間に沢山の肉を取らせると、傷ついた筋肉がそれを上回る速度で回復し、より強い肉体になるのだ。
ドルトはこれを超回復と名付けていた。
偶然だが、リリアンも自分を訓練する過程で、同じ結論に至ったのだ。
「だから、二日トレーニングしたら次の一日は座学をしているだろ?」
「あー、なるほどー」
「竜も人も似たようなもんだからな」
「いや、それはどうだろうー?」
ケイトはドルトの言葉に首を傾げた。
「まぁそろそろ昼休みだろうしさ、今日は俺たちでゴハン作ってあげないか? 丁度ジャガイモが育ってきたし」
「おー! そういえばドルトくん作ってたねぇ!」
畑に植えていたジャガイモは丁度収穫の時期であった。
「手伝ってくれ、ケイト」
「いいよー」
朝に引っこ抜いて一輪車に積み込んでいたそれを持って、厨房へと運ぶ。
「すみませーん。厨房貸してくださーい」
「む、これはこれは、ドルト様にケイト様ではありませんか」
「おや、これはこれは、えーさんではありませんかー」
厨房にいたのはメイドAである。
「ジャガイモですか。差し入れですか?」
「兵士の人たちに振る舞おうと思って。余ったらどうぞ」
「これはこれはご丁寧に。代わりに厨房を借りたいと言うわけですね。なんと薄汚く小賢しいのでしょう。とても親近感を感じてしまいます」
胸に手を当てうっとりとするメイドAに、ドルトとケイトはドン引きしていた。
「いや、そこまで言われる筋合いはないんですが……」
「わかりました、いいでしょう。私の神聖な場所を思う存分犯すといいです」
「あっはい」
何かを求めるように両手を広げ、目を瞑るメイドAを無視してドルトたちは厨房の中へと入る。
メイドAは両手を広げたまま、背後からずっと見ていた。
ケイトが居心地悪そうにドルトに耳打ちをした。
「……えーと、無視してよかったのかな?」
「あんまり気にしなくていいよ。えーさんはいつもあんな感じだから」
「いやぁ、ツーカーの仲ですなぁ」
ケイトがちらりと後ろを見ると、メイドAはまだ両手を広げていた。
ちょっと怖いとケイトは思った。
「さて、それじゃあジャガイモを使って料理を作ろう」
「おっけー! でも私は料理できないよー?」
「構わんさ。俺が作るからジャガイモ洗ってくれるか?」
「ほほー! ドルトくんて、料理できるんだね。結構意外ー」
「まぁガルンモッサでは竜の食事は俺が作ってたしな」
「へぇーえ。竜のご飯をねぇ」
その言葉に、微妙に違和感を覚えつつケイトはジャガイモを洗う。
ドルトは洗い終わったジャガイモを十字に切っては水を張った大鍋へ放り込んでいく。
そのまま火をかけ――――
「ちょっと待ってくださいませ、ドルト様」
――――ようとしたドルトを、メイドAが止める。
その目は珍しく真剣なものだった。
「お、どーしたえーさん」
「まさかとは思いますが、そこにある具をそのまま煮ただけでお出しするつもりではないでしょうね?」
「そのつもりだったけど……まずかった?」
「まずいですね。非常に、二重の意味で。竜に出すならいざ知らず、人に出したら大惨事ですよ」
「えぇ……俺は普通に食べてたけどなぁ……」
「舌が死んでいますね」
「うぐっ」
ボロクソに言われ、ドルトは口ごもる。
「仕方ないので私が教えてあげましょう。料理の神髄というモノを」
「あらー何だかえーさんの魂に火を付けてしまったみたいだねぇ」
「他人ごとではありません。ケイト様も、婦女子であれば料理の一つくらい覚えておくものです。料理で男性の気持ちを掴むのは案外面白いものですよ?」
「藪蛇だったー!?」
「さぁさぁお二人ともこちらへ。手取り足取り、ご所望とあれば他にも色々と取って教えて差し上げますよ」
こうして急遽、メイドAのお料理教室が始まったのである。
「まずお二人、厨房に入ったら手を洗いましょう。人として、調理人として当然の事です。それからエプロンを。今回は私のスペアを貸しますので、次から自分のを持ってきてください。髪の毛が入らぬよう、スカーフなどを使うのも良いですね」
「は、はい……」
「『はい』は歯切れよく!」
「はいっ!」
矢継ぎ早に繰り出されるメイドAの言葉を聞きながら、二人はしどろもどろしながら準備を行う。
「準備できました」
エプロン姿のドルトとケイトが厨房の前に並び立つ。
小柄なメイドAのエプロンでは、ケイトですらぴちぴちで、ドルトに関しては更にひどくエプロン紐を結ぶことすらままならぬ状態で、到底見られたものではなかった。
「……まぁいいでしょう。では始めます。まずはジャガイモの皮剥きです」
「オッケー任せろ!」
そう言って包丁を取るドルトを、メイドAは止める。
「いえ、包丁はまだ使いません。洗ったジャガイモはそのまま茹でてしまいましょう。ぽいぽいっと入れてしまいます」
「え? そうなのか?」
「えぇ。それでは次に行きましょう」
メイドAジャガイモを鍋に放り込むと、他の食材に視線を向ける。
タマネギ、豚のバラ肉、トマト。
色とりどりの肉や野菜が並んでいる。
「市場で買ってきたんだ」
「わはぁ。色々買ってきたんだねぇ。おいしそー」
「ふむ……この食材なら、あれを作って見ましょうか」
そう言ってメイドAが取り出したのは、一枚の紙である。
紙には奇怪な物体が描かれ、その周りには達筆な文字が踊っていた。
「これがレシピです。ポトフを作って見ましょうか」
「ポトフ……?」
どうやら物体はポトフのようだった。
とてもそうは見えないが、メイドAがポトフと言ったらポトフなのだろう。
「あ、相変わらず芸術的な絵だな……」
「そうでしょう。よく言われますとも。えぇ」
「お、おう」
なお、誰が言っているのかは未だ不明である。
「まずは肉とタマネギを炒めます。鍋に入れて油で炒めましょう。そうする事で、肉が柔らかくなります」
「へぇ、全部まとめて煮込んでたわ」
「ドルトくん、雑ぅー」
「別にそれでも構いませんが、このくらいの一手間でより美味しくなるなら安いものでしょう? さぁやってみて下さい」
メイドAと場所を代わり、ドルトは鍋を混ぜ始める。
「むむ、すぐ焦げちまうな」
「焦げないように全体をかき混ぜるようにです。手早くやって下さい」
「はいはい! 私やりたいー!」
ドルトからお玉を奪うと、ケイトは鍋をざくざくかき混ぜていく。
みるみるうちに肉は白く、タマネギは飴色に染まっていく。
「……ケイト様の方が上手いですね」
「くっ、やるな……」
「えへへー」
そうこうしているうちに、ジャガイモを入れた鍋がグツグツと沸騰し始めた。
火から鍋を躱わし、それを冷水にさらす。
「ではドルト様はこれを剥いてください。素手で大丈夫ですよ」
「いや素手じゃ無理じゃないか?」
「大丈夫ですよ」
「まぁやってみるか……っちち」
まだ熱を持っているジャガイモを冷ましながら、ドルトはジャガイモの皮に力を入れる。
すると皮はつるつると剥けていくではないか。
「おおー! 本当に手で皮が剥けたぞ!」
「熱することでジャガイモの皮と中身の繋ぎが破壊されたのですよ。さぁこの調子でずるずる剥いていってください」
「おう!」
「ケイト様はそれを切って、鍋入れてください。トマトも細切れにして同様に」
「はいよー」
真っ白ホカホカのジャガイモが、どんどん剥き上がっていく。
それをケイトが一口サイズに切り分け、鍋へ投入。
「そこへ水を入れます。具材が浸るくらい、たっぷりと。そしてもう一度、火にくべます」
「なぁえーさん。レシピにあるコンソメってなんだ?」
「野菜を乾燥させ、微粒にしたものです。庶民の間ではあまり使われていませんが、これを入れるとお手軽に美味しくなる魔法の粉ですよ。これも入れてしまいましょう」
メイドAは小さな袋を取り出すと、さっさと鍋の中へと入れて混ぜていく。
「なんか白いのが浮いてきたよー」
「アクです。苦味なので掬ってください」
「ほいほい」
そうして煮込むことしばし、ふんわりといい匂いが漂い始めた。
「ふむ、こんなものでしょうか。お二人とも、味を見て頂けますか?」
メイドAがポトフを注いだ小皿を受け取ると、二人はそれを口につける。
そして揃って、
「美味しい!」
声を上げた。
「俺がよく作る芋煮より断然美味いなぁ」
「うんうん、めちゃめちゃ美味しいよー流石えーさん」
「ありがとうございます。本来はもう一手間加えているのですが、庶民の方々にも取っつきやすいよう、やや簡略化したものをレシピ化いたしました」
「そうだな。これくらいなら俺でも作れそうだ」
「私も私もー! また料理教えてよ。えーさん!」
「お安い御用でございます」
こうして作られたポトフは、丁度訓練を終えた兵たちに配られた。
大好評で、あっという間になくなったのである。
余談ではあるが、ドルトの料理と聞いて駆けつけてきたミレーナが食べたのが、最後の一杯であった。
その時のミレーナは、幸せを噛みしめるような表情であった。