おっさん、悩む
ローレライとの交竜戦での勝利、そして新たに加わったリリアン隊の歓迎を兼ねて、アルトレオ城では宴が行われていた。
踊り台の上では、主役と祭り上げられたセーラが酒を煽っていた。
「んく、んく、ぷはぁー!どうらぁーっ!」
「いいぞー!もっと飲めー!」
「そして脱げー!」
「脱ぐかーっ!誰よそんな事言う奴はーっ!」
「ぶーぶー、セーラのドケチ」
「こらローラーっ!」
騒がしい場所から離れたバルコニーの縁にもたれかかり、ドルトは一人酒を飲んでいた。
度数の高いウイスキーをぐいと煽る。
喉のあたりが焼けるような感覚。
それでも酔える気分ではなかった。
「えーさん……か」
メイドAの行動をミレーナに報告すべきか否か、ドルトは悩んでいた。
交竜戦でバタバタしていたが、メイドAはガルンモッサの間者で、しかもドルト自身攫われたのだ。
結果的にガルンモッサを裏切り脱出は出来たものの、ドルトはともかくアルトレオとしては到底許せない行動である。
下手をしたら戦争になりかねない程の。
「言うべき、なんだろうけどなぁ……」
はぁ、とドルトは大きなため息を吐いた。
メイドAは確かに、何を考えているのかよくわからない性格をしている。
しかしドルトは、メイドAをどこか憎めないと思っていた。
報告すれば、今の状況は壊れてしまうだろう。
だから、ドルトは悩んでいたのだ。
「何を言うべき、なのですか?」
いきなり耳元で声が聞こえた。
振り返るとそこにいたのは、ほんのり顔を赤く染めたミレーナだった。
「おわっ!?み、ミレーナ様っ!?」
「ふふっ」
ミレーナはくすくすと笑うと、ドルト同様バルコニーの縁に身体をもたれさせる。
「……当ててみましょうか」
「な、何をです……?」
「ドルト殿の考えている事ですよ。うふふ」
細い指をとん、とドルトの胸に当て、妖艶に微笑むミレーナ。
酔っているのだろうか、ドルトは普段と違うミレーナに、どきっとした。
「……〝A〟のことでしょう?」
「ミレーナ様……!」
「報告は受けています。ドルト殿がガルンモッサに攫われたのも」
「知って、おられたのですか」
「はい。実は〝A〟はかなり前から我が国に仕えているのです」
「では、二重間者……というやつだったのですか?」
ミレーナの言葉にドルトは驚いた。
だが、それなら一連の行動に納得がいった。
「その通りです。〝A〟は最初、ガルンモッサの間者でした。ですがある日、それが嫌になったと、私に雇って欲しいと売り込んで来たんですよ」
ドルトはその様子がありありと目に浮かんだ。
あまりにも「らしい」行為だった。
「それは……えーさんらしいですね」
「でしょう?そこで私は提案しました。こちらで雇うのは構いませんが、ガルンモッサからの間者もしばらくは続けて欲しいと。決定的な時が来れば、その時に手を切って下さい。判断はあなたに任せます、と」
「……それが私の誘拐、だったのですか」
こくりとミレーナは頷く。
「いい判断でした。流石は〝A〟です。ガルンモッサの事は気に入りませんが、アルトレオとは国力が違いすぎますし、おいそれと争いの種を作るわけにはいきませんから。やられたい放題というのは面白くないですが、この辺りが手の打ちどころでしょうね」
「……はぁ」
大きな、大きなため息を吐くドルト。
ミレーナは呆れられたかと思い、慌てて謝る。
「す、すみません。言っておくべきかと思ったのですが、流石に機密事項なので……」
だがドルトは、口元を綻ばせ首を振った。
「いえ、安心したんですよ。私はえーさんの事が嫌いではなかったので、罰せられでもしたらと心配していたのです。それと、もちろん口外するつもりもありませんのでご安心を」
「……ありがとうございます」
ドルトの言葉に安心したのは、ミレーナはほっと胸を撫で下ろした。
釣られるように笑みを浮かべると、手にしたワイングラスを口につけた。
「でも、少し妬けてしまいます。ドルト殿にそんなに心配されていたなんて」
「はは、からかわないで下さいよ。ミレーナ様」
「まぁ、本気ですとも。私結構嫉妬深いんですのよ?」
「ふっ」
「うふふっ」
「あはははははっ!」
二人して、笑い声を上げた。
ミレーナはもう一度ワイングラスに口を付け、傾ける。
空になったグラスを逆さに持ち、足元をふらつかせた。
「……少し、酔ってしまいました。肩を借りてもよろしいですか?」
「私のでよろしければ」
「ドルト殿のが、いいのですっ」
そう言って、ミレーナはドルトの身体にもたれかかる。
「……酔ってますね」
「はい、酔っているのです。……ですから、酔いが醒めるまで、少しだけ」
ミレーナはそれだけ言うと、口を閉ざした。
ドルトも何も言わず、夜空を見上げた。
夜空が二人の火照った体を、優しく撫でた。