団長、改善をする
その頃ガルンモッサでは、団長による竜騎士団の立て直しが行われていた。
まずはドルトの指示通り、人を増やし竜舎をきれいにした。
数人の若人集を集めての、乾草の入れ替え。
糞尿でべしょべしょに塗れた乾草は清潔でふかふかのなものに替えられた。
竜舎の清掃も並行して行われた。
石壁はブラシで擦れば擦るほど真っ黒い泥が流れ、終わる頃には色が変わる程だった。
消毒の為に、臭い消しも兼ねて酒も使われた。
酒には消毒効果があるらしいと、話に聞いた団長は使って見たのだ。
確かに以前に比べると立ち込めるような悪臭が大分マシになっていた。
代わりにやや、酒臭くなってはいたが。
掃除中、竜たちは騎士団の者たちが海へ連れて行った。
ガルンモッサは海と近く、ドルトがいた頃はよく竜たちに海水浴をさせていたのだ。
塩水は皮膚病に効果があり、鱗についたカビもこれを繰り返す事で治療する。
竜たちはたっぷりと海水と日光を浴びて、気持ちよさそうにしていた。
次に行ったのは食事の改善である。
古くなってカビかけていた餌を捨てた。
値段の安さだけで決めていた発注先を、ドルトが以前利用していた業者に戻した。
在庫管理も行われた。
大量の買い込みは控え、直下で使う分だけを購入するようにした。
竜たちは新鮮な野菜と肉を食べられるようになった。
更にドルトの指示通り、団長自ら献立を決めてそれを団員に徹底させた。
痩せすぎな竜には肉などを中心にした食事を、逆に太り過ぎな竜には出来るだけ野菜多めで腹の膨れるようなものを、ちゃんとした料理番も新たに雇い入れた。
これらの作業は、その都度ドルトに小飛竜を飛ばしては助言も受けながら行われた。
その甲斐あって竜舎は見違えるようになっていた。
清潔な竜舎、しっかりバランスを考えた食事で、竜たちは見るからに元気になっていた。
「……しかし、初期投資だけでかなりの額を使ってしまったな……」
団長は綺麗になった竜舎を見ながら、呟く。
王は資金繰りに非常に煩い。
細かな支出にも報告を義務付け、計算が合わねば担当の者に穴埋めさせるのもよくある事だ。
今回の改修は竜数匹分の支出である。
あの王が黙っているはずがないのだが……
「団長! 王がお呼びです!」
「……すぐ行く」
まさに今、思った通りである。
団長は大きなため息を吐いたのち、玉座の間へと重い足取りを向けた。
「遅い! 何をしておった!」
「……申し訳ありません」
すぐに来た団長を、王は労うこともない。
怒り心頭といった様子の王に、団長は大人しく頭を下げる。
「全く、そんな事で竜騎士団団長が務まるのか!? 恥を知れ!」
「返す言葉もございません」
「ふん、まぁいい。それよりもじゃ! 貴様、最近随分と金を使っておるようじゃの」
「……はっ」
やはりかと、団長は内心で舌打ちをする。
「お言葉ですが、これらは必要な経費です。もうすぐ竜騎士団は復活し、大陸最強と呼ばれる日も訪れましょう」
「もうすぐ、とはどれ程だ?」
訝しんで尋ねる王に、団長は答える。
「三年目……いえ、二年半でやってみせます」
「遅い! 亀か貴様は!」
「それほど竜は弱っております。ある程度の期間は必要かと」
「申し開きは聞かぬ! あれ以来、他国から交竜戦を申し込まれておるのだぞ! 奴らガルンモッサを舐めておるのだ! 簡単に勝てる相手だとな! よいのか貴様、舐められたままで!」
「それは……いえ」
「であろうが! 早々に結果を見せねばならぬのだ!」
だから言ったのに、と団長は歯噛みする。
他国にガルンモッサの弱体を知られぬ為にレイフとの交竜戦を断ろうとしていたのだが、この王が勝手に受けてしまったのだ。
おかげで国の事情が周辺国に広がってしまった。
交竜戦だけならまだいい。
下手をすると、他国から攻め込まれる恐れすらあった。
ただでさえガルンモッサは強国だ。
過去には他国を侵略した歴史もあり、相当な恨みを買われている。
それこそ周辺国全てから目の敵にされているのだ。
交竜戦を断り続ければ、悪い噂は尾ひれをつけて広がるだろう。
「ガルンモッサの栄光は地に落ちた。もはや恐るるに足らず」
周辺国がそう判断したらお終いだ。
まだまだ強国ではあるとはいえ、周辺国全てが手を組めば、今のガルンモッサはひとたまりもない。
今回ばかりは王の言葉も一理あった。
「……確かに、仰る通りでございます」
「で、あろうが! 貴様らがレイフ如きに負けるからだぞ! この無能めが!」
自分が勝負を受けた事など忘れ、王は団長を罵る。
罵声を浴びながらも団長は何か手を……と考えていた。
国の為、ひいては民の為、自分の周りの者たちの為、そして愛する家族の為……何とかして、状況を好転させる必要があった。
(やはり、あの時無理やりにでもドルトを引き留めるべきだっただろうか……)
今更後の祭りだ。
それに、最初からドルトに竜師を辞めさせなければこんな事にはならなかったのだ。
(今頃はアルトレオで悠々自適に暮らしているのだろうか……いや、待てよ)
不意に浮かんだ考えに、団長は顔を上げた。
突然な事に、王は戸惑った顔を見せる。
「……どうしたというのだ?」
「王よ、私に考えがございます。あとひと月ほど待っていただければ、必ずや結果を出してご覧に入れましょう。ですので今しばらく、お待ちいただければと……!」
団長の言葉に王は、しばし考え込むと、頷いた。
「……ふむ、よかろう。だがもし失敗すれば……わかっておろうな。責任は取ってもらうぞ」
「は……っ!」
跪く団長を見下ろしながら、王はふんと鼻息を鳴らすのだった。