表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おっさん竜師、第二の人生  作者: 謙虚なサークル
48/118

交竜戦、始まる。後編

 雲一つない晴天の下、セーラとリリアンは互いに向かい合っていた。

 リリアンはセーラを頭のてっぺんからつま先まで、じっと見る。


「何よ。ジロジロ見ちゃってさ」


 居心地悪そうなセーラを、リリアンは一笑に付す。


「……駄肉だな」

「はい?」


 言葉の意味を問うセーラに、リリアンは続ける。


「何だ貴様。その柔らかそうな肉は。それでも戦士か? そんなだから駄目な肉、駄肉と呼んだのだ」

「な、なな……なッ!」


 震え声で「な」を連呼するセーラを見て、リリアンは鼻を笑った


「――――ふん、言葉もないようだな!」


 そう言うと、リリアンはマントを脱ぎ捨てた。

 簡素な鎧の下はそのまま色黒の素肌。

 突然の脱衣に観客は色めき立つ。


「見よ、この鍛え抜かれた肉体を!」


 リリアンは両手を上げて力を込め、ポーズを取る。

 その腹筋は見事なまでに六つに割れていた。


「おおおおっ!」「いいぞねーちゃん!」「セーラちゃんも負けずに脱げー!」

「脱ぐかーーーッ!」


 別方向へ盛り上がる観衆へ、セーラが一喝する。

 リリアンは勝ち誇ったように笑みを浮かべた。


「ふ、やはり自信がないと見える。やはり駄肉か」

「誰が駄肉よ! この変態! 脳みそまで筋肉か!」

「ふん、脳が筋出来ていないと言い切れるのか?」

「そ、それは……」


 リリアンの言葉にセーラは口ごもる。

 それを見てリリアンは勝ち誇るのだった。


「はっ! 言葉もないか! やはり駄肉よな!」

「うぐ……!!」


 自信満々に言い切られ、セーラは口を噤んだ。


「落ち着けセーラ、相手のペースに飲まれるな」

「わ、わかってるわよ!」


 ドルトの言葉で何とか静さを取り戻すセーラ。

 舌戦では、セーラは後れを取ったと言わざるを得なかった。

 ドルトは少々、先行きが不安になった。


「両騎士前へ」


 審判役の騎士の合図で二人は前へ進み出る。

 二人が手にした木槍を重ねると、かしんと乾いた音が鳴った。


「それではアルトレオ、ローレライ、互いに力を尽くすように! ……始めっ!」


 審判の手が振り下ろされ、戦いの開始が告げられた。

 直後、セーラは竜を走らせる。

 最初に仕掛けたのはセーラだった。


 リリアンが反撃を加えようと槍を引くと同時に、槍を伸ばす。

 ドルトを倒した、竜の突進力を上乗せした突き。

 高速で迫り来る槍を、しかしリリアンは避けない。

 避けられないタイミングではない。敢えて動かないのだ。

 そんなリリアンに動揺したのは、むしろセーラである。


 木製とはいえ槍は槍、まともに喰らえば大けがをしかねない一撃である。

 だがもう止められない。

 勢いのまま、槍はリリアンの腹に突き刺さった。

 ――――文字通り、ではあるのだが、


「そんなものか?」


 不敵に笑うリリアン。

 槍は、その腹筋によって受け止められていた。


「うそでしょっ!?」

「力を込めた筋肉は少々の攻撃などものともせぬのだ!」

「く……しかも抜けない……っ!?」


 抜こうとするセーラだが、リリアンの腹筋の割れ目が槍を掴み、離さない。

 慌てて槍を引き抜こうとするセーラが側面から迫り来る一撃に気付いたのは、ほとんど直撃の瞬間だった。


「―――ッ!?」


 ががん! とおよそ木槍では発しえない音が、会場に響いた。

 観客のほとんどが目を瞑る中、ドルトはしっかと見定めていた。

 そして頷く。リリアンの一撃は、ギリギリのところで防がれていた。


 しかし衝撃のあまり、セーラは竜ごと吹き飛ばされたたらを踏む。

 受けた木槍の柄がミシミシと悲鳴を上げていた。

 手は当然の如く、しびれは腕の芯まで残っていた。


「ほう、防いだか。だがまだ私のターンは終わってないぞ?」


 リリアンは手綱をたたきつけ、セーラに追い打ちをかけるべく竜を走らせる。

 弧を描くように、リリアンはセーラの周囲を駆ける。

 前後左右から繰り出される槍の乱打を、しかしセーラはかろうじて防いでいた。


「な、なんのこれしき……っ!」


 強がってはいるが防戦一方、セーラは徐々に追い込まれていく。

 一方的な試合に観客は静まり返っていた。

 だがリリアンは逆に、セーラの奮闘に驚いていた。


(……ふむ、だがアルトレオの竜騎士も存外侮れんな)


 最初の一合で終わらせるつもりのリリアンだったが、先手を打たれ、そしてまだ粘られている。

 以前、アルトレオに来た時は本当に情けない竜騎士ばかりだったが、その考えを改める必要があるとリリアンは思った。

 セーラの腕はローレライ兵と比べても遜色ないレベルだった。


(惜しいな。この駄肉、もっと鍛え上げていれば、素晴らしい肉になれたものを……)


 セーラはまだまだ未熟。肉体的にも精神的にも、ピークは大分先だろう。

 あと数年後なら勝負はわからなかっただろうが――――あいにく今は今、である。


「ふっ!」


 打ち込んだ打撃が、セーラのガードを弾き飛ばす。

 その拍子に槍の柄が額に当たり、セーラの意識が一瞬、飛んだ。

 セーラの動きが――――止まった。


「セーラ……ッ!」


 ミレーナは強く、レノを抱きしめた。

 アーシェはガッツポーズをした。

 もはや勝負はついたと、リリアンは確信した。


「……運も、悪かったな」


 がら空きの胴目がけ繰り出すべく、リリアンは槍を持つ手に力を込める。

 胸から肩、そして腕、拳に至るまでリリアンの筋肉が隆起する。

 握力で槍がみしりと音を立てた。

 リリアンはそのまま槍を回転させ、畳みかけるように打ち下ろす。


「戦場の露と散れッ!」


 リリアンの全霊を込めた一撃が、朦朧とするセーラに迫る。

 誰もが目を瞑ったその時、声が響いた。


「41号ッ!」


 ドルトの声に、セーラを乗せていた竜が反応した。

 大きく後ろに跳んで、躱した。


「何……ッ!?」


 独立行動をした竜を見て、リリアンは戸惑う。

 調教された竜は本来、乗り手の命令でしか動かないものだ。

 自身に身の危険が降りかかるならともかく、背に乗せた人間を庇うために避けるなど……ありえない事だった。


「く……!行けっ!」


 何とか追いかけさせるリリアンだが、竜はセーラを乗せたまま逃げ惑う。

 竜本来の動きに、リリアンは翻弄されていた。


「セーラ!今の内だ!起きろ!」

「……はっ!?」


 再度、響いたドルトの声に、セーラは意識を取り戻す。

 丁度目の前に迫り来る槍。

 すんでのところで身体を捻って躱し、勢いのままに槍を打ち付ける。

 殆ど反射行動だったが、それが逆に良かったようだ。


「ぐっ!?」


 見事、リリアンの肩に食い込むセーラの槍。

 喰らうはずのなかった反撃を受け、リリアンは思わず距離を取った。

 手痛く打ち据えられた肩は、赤く腫れあがっていた。

 ゴキゴキと肩を鳴らしながら、しかしリリアンは涼しい顔で言う。


「……ふぅ、僧帽筋を鍛えていなければやられていたな」

「この筋肉馬鹿め……」


 悪態をつきながらもセーラは安堵する。

 ドルトの声がなければあのまま終わっていただろう。

 そして思い出す。先日のドルトの言葉を。


 ――――セーラ、お前は空気を読みすぎるきらいがある。強みを生かせ。お前だけの強みをを、な。


 最後の訓練を終えた後、ドルトはセーラにそう言った。

 セーラは一見がさつで奔放、相手の都合など考えなしに見えるが、実は一番空気を読んでしまうタイプなのだと。

 言われてみれば確かに、頷くところもあった。


 農家の長女とした生まれたセーラは、忙しい両親に代わって九人の弟妹の面倒を見て来た。

 それこそ物言わぬ幼子をである。

 気持ちを汲み取り、空気を読む事に関しては誰よりも優れていた。


(……そうだ、あの頃を思い出せ……!)


 目を瞑ると思い出されるのは、幼い妹、弟を世話していた時の事だ。

 言葉を解さぬ幼子は、指の動き、目や口の動きだけでセーラに気持ちを伝えていた――――伝わっていた。 そんな自分であれば、リリアンの次の動作すらも……理解できる!

 目を見開くセーラ。その顔つきにリリアンは空気が変わったのを感じた。


「ふん、よかろう。……見せてみろ駄肉、貴様の持つ肉の力を」


 リリアンが槍をくるりと回し逆手に構える。

 その一連の動作をセーラはじっっっと、注視していた。

 瞬きの回数、視線の動き、筋肉の動き、その他諸々。


「はあっ!」


 裂帛の気合を込めたリリアンの一撃を、セーラは最小限の動きで躱した。

 リリアンは驚愕に目を丸くする。


「何っ!? ……だがッ!」


 戸惑いながらも更に、追撃を繰り出すリリアン。

 その悉くを、セーラは捌き、躱し、打ち払っていく。

 リリアンの動きは、完全に読まれていた。


「何故だ! 何故当たらん!?」


 加えて、肌をさらしたリリアンは筋肉の動きが丸わかりで、それが今のセーラには非常に都合が良かった。

 筋肉は雄弁に、リリアンの動きを語っていた。


「ならばぁぁぁぁぁぁっ!!」


 咆哮と共に、リリアンの竜が地を蹴った。

 竜の突進力を乗せての、突き。

 先手でセーラが放ったのと同じものである。


「避けられるタイミングではない! かと言って受けられる威力でもあるまい! 随分手こずらせてくれたが、ここまでだっ!」


 リリアンの全身全霊を込めた一撃。

 螺旋を描き、大気を渦巻かせた槍の一撃が、セーラの胸を抉るようにして、迫る。


「――――っ!」


 がぎん!と激突音。

 ぎりぎりと軋む音が鳴っていた。

 リリアンの槍の先端は、同じくセーラの槍の先端にて受け止められていた。

 互いに穂先は砕け、裂けた柄が絡み合っていた。


「……ほう、防いだか……だが……っ!」


 ぎりり、と力を込めるリリアン。

 セーラは身体を持っていかれぬよう、下半身に力を込める。

 あとは力と力の勝負。

 なれば、今度こそ負ける要素はなかった。

 リリアンは勝利を確信し、笑う。


「ここまでだな! 駄肉の割にはよくやったが、私の勝ちだ!」

「そ……れは、どうがね……っ!」


 セーラの言葉遣いが、顔つきが、纏う雰囲気が変わった。

 腰に力を込めると、めりめりと肉の避けるような音が聞こえて来る。

 ぎゅうと太腿で竜を締め付けたセーラは、リリアンが押せども引けども動かない。

 むしろリリアンの方がバランスを崩し始めていた。


「ぬ……ぐ……っ!? ば、馬鹿な……っ!」

「こぉぉぉぉれがわだすのッ! 全・力だっぺさぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 セーラは真っ赤な顔で、叫ぶ。

 太腿は倍近くまで膨れ上がり、血管が幾つも浮き出ていた。

 ――――粘り腰、農業で鍛えた下半身が火を噴いた。


「な――――ッ!?」

「どっっせーーーーーーーーーいっっ!!」


 そのままセーラはリリアンを引っこ抜いた。

 文字通り、竜から引っこ抜かれたリリアンは、宙を舞う。

 放物線を描き、地面に叩きつけられるリリアン。

 土煙が高く、上がった。


「おおおおおおおおおおおっ!!」


 歓声が沸き上がる。

 リリアンはそれでも両手を槍から手放さなかった。

 セーラとリリアン、二人の健闘を称えるように、惜しみない拍手が降り注ぐのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ