おっさん、吠える
「王……様……?」
ドルトは思わず声を漏らす。
ガルンモッサでは王が玉座を離れるのは珍しくない。
時折部下を連れては、場内を見回っては色々難癖をつけ歩き、非常に鬱陶しがられていた。
「おおタルトよ。よくぞ戻った! 待ち侘びておったぞ!」
ドルトが自発的に戻ったわけではなく、拉致されたのだが、王はそんな瑣末事、すでに忘却の彼方であった。
無論、ドルトの名前など覚えているはずがない。
「早速ガルンモッサの竜師として働いておるようだの。感心じゃ!」
反論しようとしたドルトだったが、団長との約束を思い出す。
明日には必ず、アルトレオに帰すと。
ここで王に噛みついて問題を起こすべきではない。
大人しくしているべきであった。
「……えぇ、まぁ」
故に、そうドルトの返事をする満足したのか、王は益々声量を増した。
「それにしても全く、たかが竜の世話くらい、まともに見れんものかのう! ワシとしても一度クビにした者を使いたくはなかったのじゃがな。団長のやつがどうしてもと言うからな! はは、お前らデキているのではあるまいな?」
下品な笑い声を上げる王と反対に、ドルトの目は冷めていく。
それでも言いたいことはぐっとこらえ、反論はしなかった。
団長が助けてくれるのだ。ここで言い返せば台無しである。
一刻も早くアルトレオに帰りたかった。
「まぁいい。高い給金を払うのだ。しっかり働けよ。貴様のようなジジイをこんな高額で雇うなど、本来はあり得ぬ事なのだからな」
ちなみに団長から貰った再雇用の契約書には、アルトレオで貰っている給金の半分以下の額が刻まれていた。
無論、サインをするはずはない。
というか年上である王にジジイ呼ばわりされるのは非常に心外だった。
王はドルトにかまわず続ける。
「しかし竜も竜よ。竜と言えば伝説では大地の支配者として描かれていたものだが、なんともまぁ貧弱なものだ。そこまで世話をせねば生きられん、弱い生き物とは思わなかったわい!」
そんなことはない。竜という生物は強く、頑丈である。
もちろん怪我や病気はするが、それは飼い主がちゃんと世話をしないからだ。
ちゃんと世話をすれば、竜の生命力は強い。
数十年、下手をすると百年以上は余裕で生きるのだ。
「全く、人も竜もクズばかりじゃわい! 管理するこちらの身にもなってほしいものじゃな! ハッ!」
全てを見下すような発言を残し、去っていく王。
ドルトの中で、何かが切れた。
「王様は……」
「ん?」
「王様は、竜をなんだと思っているのですか?」
ほとんど無意識のうちに漏れた言葉。
王は振り向いて答える。
「ふん、よかろう教えてやる! 竜はな、ワシの権力を誇示する為のモノだ。戦力を! 財力を! あらゆる力を誇示するのに最も優れたモノ! それが竜なのである!」
力強く言い切る王に、ドルトは冷ややかな声を返す。
「モノ……ですか」
「そうだ。さしずめそれを管理する貴様ら竜師は、倉庫番だな。竜が逃げぬよう、見張って、餌をやって、管理する。ふん、その程度、誰にでも出来るであろう?」
――――もちろん、そんなことはない。
王は倉庫番に例えたが、静物を相手にする倉庫番と生物を相手にする竜師では、全く違う。
わざわざ言うまでもないが、竜の世話には餌やり散歩はもちろんの事、病気を防ぐために日光浴に水浴び、怪我をしたら治療をし、爪や牙も研ぐ必要がある。
それを数十頭。
個体差もあり、性格も違う竜は、下手をすれば大暴れして大惨事になることだってある。
そう甘くはない仕事……だからこそ、団長はドルトのような竜の事をよく知った人間を求めていたのだが――――王には全く伝わっていなかった。
苛立ち始めていたドルトだったが、王はそれに気づくはずもなく続ける。
「貴様を呼んだのはあの男に言い訳をさせぬ為よ。全く、竜師が変わったから竜騎士団が弱くなったなどと、よく言えたものだ。自分らの怠慢さを恥じよ! と言いたい。……だがタルトよ。貴様が来たからには言い訳などさせぬぞ。そして貴様にも命を懸けて働いてもらうからな!」
王の言葉に、ドルトは大きく息を吸い、吐いた。
そして、
「……断る」
静かに、だが強い口調で言い放つ。
その言葉に王は、周りにいた兵たちは、凍り付いた。
たかが竜師が王に口答えをするなど、前代未聞である。
だが、ドルトは知った事かとばかりに王を睨み付け、続けた。
「誰があんたなんかの下で働くか! 寝言は休み休み言うんだな! 誰にでも出来る仕事!? なら、あんたがやってみろよ! できないだろうが!? あぁ!?」
今までの不満を全てぶつけるように吐き出すドルト。
ここでこんな事を言っても、問題が解決するわけではない。
だがドルトは声を荒げずにはいられなかった。
自分のみならず、竜や団長をも、軽んじる発言に。
ドルトの感情は爆発していた。
「部下が、竜が、どんな気持ちか、少しは考えたことあるのかよ! 王様だからって何言っても許されるわけじゃねえんだぞ! みんなはあんたの奴隷じゃないんだぞ!」
ドルトの大きく響く声に、周囲の者たちの注目が集まってきた。
一体何事なのかとばかりに。
「言う事を聞く奴だけを集めていい気になってるんだろう! それに気づかないアンタは裸だ! 裸の王様だッ!」
王は辺りを見渡し、自身に好奇の目が向けられていることに気付いた。
そして湧き上がる怒り。
王の顔がみるみる赤くなっていく。
「な、な、貴様ーーーーッ!」
震える指でドルトを差しながら、王は声を荒げた。
「この男をひっとらえろ! 牢屋にぶち込めッ!」
「はっ!」
兵は瞬く間にドルトを囲んだ。
手を、足を捕まえ、拘束する。
「離せ! くそっ!」
暴れるドルトだが数人の兵士がかりでは敵うはずもなく、連れ去られていく。
「……」
その様子を木陰から見ていたメイドA。
くるりと踵を返すと、ふわりとスカートが翻った。
木の影からは、メイドAの姿はいつの間にか消えていた。
――――ガルンモッサの地下には、薄暗く、カビ臭い空間が広がっている。
その最奥に、ドルトは叩き込まれた。
がしゃん! と拒絶するような音と共に、外界への扉が閉ざされる。
「ふん、そこで大人しくしているんだな」
吐き捨てるように言うと、王は兵を連れ牢を出る。
かつかつと高い音が遠ざかっていく。
「……やっちまったな」
ドルトは自らの失態を悔いた。
王の、あまりに周囲を見下した言葉に思わずカッとなってしまったのだ。
団長との約束も厳しいかもしれない、
牢から出すのとそうでないのとでは、難易度が違う。
というか殺されてしまうかも……と考えながらも、ドルトの顔はどこか晴れやかだった。
自分は間違ってない。
そう考えると、不思議と後悔はなかった。
ドルトはごろんと横たわる。
「いよぉおっさん、何しでかしたんだい? えらい騒ぎだったがよ」
すぐ隣から声が聞こえてきた。
姿は見えないが、隣の用輩だろう。
恐らく先住民、声の主は女だろうか。
ドルトとしても特に無視する理由もないので、それに応える。
「ちょっと王様に、暴言を吐いた」
「ほう、どんなだい?」
「誰でも出来るような仕事だって馬鹿にされたから、なら、自分でやってみろ……って言った。裸の王様ともな」
「あっはっは! 馬鹿だねぇアンタ! そりゃ確かにここの王様は愚王かもしれないけどさ、わかってても普通言わないよ?」
大笑いする女。
バタバタと転げ回る音が響く。
どうやらかなりウケているらしい。
確かに自分でも馬鹿だと思うが、人に言われると腹も立つ。
ムッとしたドルトは、女に聞き返す。
「……そう言うあんたどうなんだよ?」
「アタシか? アタシは海賊だ。船長が糞野郎でさ、何度も言い争いをしてたら煙たがられて、置いて行かれて……このザマさ」
「なんだよ、自分だって大して変わらねぇだろ」
「全くだ !あっはっは!」
大笑いする女は、しかし全く悲嘆にくれてはいなかった。
牢に閉じ込められているのが嘘のような明るい振る舞い。
罰せられる前の人間とはとても思わなかった。
「あんた、妙に明るいな。助かるツテでもあるのか?」
「まぁ仲間がそのうち助けに来てくれるさね。これでも副船長だからな。アタシを慕う奴も沢山いる。……アタシの仲間になるってんなら、アンタも一緒に逃がしてやってもいいけど?」
「んー……考えとくよ」
「そうかい。まぁゆっくり考えな。時間はいくらでもあるさ」
それっきり、女の声は聞こえなくなった。
しばらくしてすぅすぅと寝息を立てる音が聞こえてくる。
ドルトも冷たい石床の感触に身を委ね、目を閉じた。