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おっさん竜師、第二の人生  作者: 謙虚なサークル
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団長、頼む

「……見知った天井だな」


 目を覚ましたドルトが呟く。

 それは十数年間過ごした、とてもよく知った天井。

 起き上がって室内を見渡し、やはりそうだと確信した。

 ここはガルンモッサにいた頃のドルトの部屋である。


「おお! 目が覚めたかドルト!」

「団、長……?」


 部屋の奥から出て来たのはガルンモッサ竜騎士団、団長である。

 ドルトは背筋を伸ばそうとするが、団長は気にするなとばかりに首を振った。


「えーと、なぜ俺はここにいるのでしょうか?」

「うむ、当然の疑問だな。とりあえず茶でも飲むとい」


 差し出されたコップを、ドルトは拒む。


「いえ、喉は乾いておりませんので」

「そうか」


 ドルトが警戒するのも最もだ。

 そう考えた団長は戻したコップを脇に置き、深いため息を吐く。


「単刀直入に言うと、お前はガルンモッサに攫われたのだ」

「でしょうね。えーさんが間者だとは思いもよりませんでしたよ。……俺を攫ったのは王の書状を断ったから、ですか?」


 ドルトの問いに団長は頷く。


「命じたのは王だが、結果的にそう仕向けたのは、きっと俺だ。お前の事を惜しい、惜しいと何度も言っていたからな」

「買い被りですよ。団長。俺なんて大した事ないです」

「いや! そんな事はないぞ! ドルト、ガルンモッサ竜騎士団が大陸最強たるのも、お前のおかげだった! お前がいなくなって、竜たちは逃げるわ、体調を崩すわ、病気になるわで、まともな状態ではないのだ」


 団長の言葉に、ドルトは言葉を失う。

 ある程度想像していた事ではあるが、本当に無策だったのだなと。


「……そこまででしたか。まぁでも納得です。俺に指示を出していた連中、まともに現場も見に来なかったですし」

「今でもだよ。薄給でも働くような老人を使っているくらいさ。後の世話は各々竜騎士がやっている」


 団長の言葉にドルトは呆れていた。

 恐らく、いや、確実に竜たちはまともな扱いを受けていないのだろう。

 それを思うと可哀想ではあったが、この国の体制が簡単に変わるとも思えなかった。

 団長は立ち上がり、頭を深く下げた。


「頼む! もう一度ガルンモッサで働いてくれないか!」


 謝罪の言葉に、ドルトの心は少し動く。

 確かに竜たちは可哀想だし、団長もそうだ。

 だが、確かに可哀想ではあるが、しかし……ドルトは首を横に振った。


「申し訳ありませんが。俺は今、アルトレオの竜師です。こちらで働く気はありません」

「お前の好きな条件を飲もう。王は必ず説得する! この国はお前がいないとダメなんだ!」


 団長の懇願にも、ドルトは頷くことはない。


「無理ですね」

「そう、か……」


 室内に沈黙が訪れる。

 口を開いたのは、団長だった。


「わかった。本当に残念だが、無理やり働かせてもいい結果は出ないだろう」

「ご理解頂けて、良かったです」

「ふ……無理やり働かせて、毒を盛られても敵わんからな」

「はは、そんな事はしませんよ」

「どうだか。お前は案外、無茶をやる男だぞ?」


 軽口を叩き合いながら、団長は本当に惜しいと思っていた。

 多くのものが国を去った。

 自分が心を許し、こんな会話が出来るのは、今はドルトくらいだろうか。

 だが仕方ないものは仕方ない。

 大体攫って来て、言うことを聞かせられると思う方がどうかしているのだ。


「お前は俺が責任を持ってアルトレオに送り返す。だがせめて、今の竜の様子だけでも見てくれないか? 我々はお前の言う通りに世話をするとしよう。団員にも俺が責任を持ってやらせる。そうすれば、我が王は短絡的だ。竜の調子が戻れば、これ上お前に執着する事もなくなるだろう」

「……確かに、そうですね。わかりました」


 確かに団長の言う通りだとドルトは思った。

 特殊技能を持たぬドルトには脱走は出来ぬし、仮に逃げ出せても連れ戻されたら元の木阿弥。

 だったら団長の言う通りにした方がいい。


 話はまとまり、ドルトは団長に連れられて部屋を出る。

 懐かしい廊下を通り、竜舎へと辿り着いた。


「……ッ!?」


 思わず、ドルトは顔を顰める。

 竜舎から漂ってくる異臭。

 見れば竜の休む藁の上には糞尿がこびりつき、ひどい汚れが付いていた。


「ひどい臭いですね」

「うむ。日に日にひどくなるばかりだ。俺はもう慣れてしまったがな。……おい竜師はいるか!」

「へぇーい」


 団長の声に、すぐ横にある詰所の扉が開く。

 中から出てきたのは初老の男だった。

 腰は曲がり、足が悪いのか片足をひこずっていた。

 竜の面倒を見るのは体力を使う。

 この男に満足にこなせるとは、とても思えなかった。


「おや、新しく見る顔ですな」


 ドルトは男に頭を下げた。


「初めまして。前任者のドルト=イェーガーと申します。少し引き継ぎというか、竜の飼育について指導させていただきます」

「へぇへぇ、なるほどのぉ。よろしく頼んます」


 気の無い返事に、ドルトは不安感を募らせた。

 団長をちらりと見ると、頼むと頭を下げていた。

 諦めてドルトは指導する事にした。


「……まず、竜舎は清潔にして下さい。毎日糞は取り除き、数日に一度は藁を交換する事」

「へぇ、しかしこの老骨ではそれも中々難儀でして」

「……それでしたら団長、その分の人手を雇い入れて下さい」

「わかった」


 団長は手帳にドルトの言葉を書き記す。


「あとは日光浴。竜は定期的に日を浴びねば病気にかかりやすくなる。鱗が変色している個体が多いです。散歩はしていますか?」

「いーえ、全然。危のうて危のうて、とてもですわい」

「……では竜乗りにやらせて下さい。最低、十日に一度です」

「わかった」


 団長は手帳にドルトの言葉を書き記す。


「それと、餌が一定ではありませんね。太り過ぎな個体と痩せすぎな個体が多すぎます」

「餌は騎士団の若い衆がやっておりましたのう。わしゃ何もしとらんです」

「……ではこちらのメニューをローテーションで。10号、16号、23号、42号は野菜中心、5号、25号、31号は肉をもう少し多くして下さい。他の個体用にも具体的なメニューを書いておくので。団長よろしくお願いします」

「わかった」


 団長はドルトの言う通り、手帳に竜舎にいる陸竜全ての食事メニューを細かく書き記した。

 たったあれだけ見ただけで、ここまで細かく竜の状態がわかるとは……やはり惜しい、と団長は思った。


 陸竜が終われば子飛竜、それが終われば飛竜、その他……と、ドルトは団長、初老の男と各竜舎からを回る。

 終わる頃には日は暮れかけており、初老の男は眠そうに何度も大あくびをしていた。


「……とりあえずはこんなところでしょうか。また、何か分からないことがあれば、子飛竜で手紙を送って下されば、返答いたしますよ」

「何から何まで、本当にすまない」


 団長が頭を下げる横で、初老の男は欠伸を噛み殺していた。

 完全に聞いていない様子だった。

 ドルトはそれに眉をひそめ、団長に小声で話しかける。


(団長、何故こんな老人を雇ったのですか……?)

(いや、俺もやめろと言ったんだがな……いわゆる働ける年齢を超えた者は、安く雇えるのだとかで、ごり押しさ)


 やれやれと、お手上げとばかりに両手を上げる団長。

 確かに、既に身体の満足に動かなくなった老人は安く雇えるかもしれない。

 しかしその結果がこれである。

 人事を行うのは文官の仕事だ。

 王の機嫌を取るため、安く雇える人物を採用したのだ。

 だが竜師は体力のいる仕事である。とても老人に務まるものではない。

 ドルトは団長に、強く言った。


「とにかくお願いします。竜が可哀想なので」

「あぁ、剣を抜いてでもやらせるさ」


 団長の言葉に、ドルトは安堵の息を吐いた。

 これで少しはガルンモッサもまともになるだろう。

 竜たちも健康に過ごせるはずだと思った。


「団長、俺はもう少し、こいつらを見ておきます。病気の竜がいたかもしれないので」

「そうか。俺はお前から聞いた事を早速書類にまとめようと思う。お前は明日にはアルトレオに贈り届けるから、それまで大人しくしてくれよ。寝室は俺の部屋を貸そう」

「何から何まで、ありがとうございます」

「よせ、悪かったのは俺たちの方だ。……ではな」


 団長を見送り、ドルトは竜たちに視線を移す。

 久しぶりに会ってもなお、竜たちはドルトの事を覚えていた。

 そんな竜たちと接するうち、また情が戻ったのだ。

 もう一度、最後に世話をしたいと。

 それに、


「……久しぶりだな」

「ガウウ」


 ――――老竜ツァルゲル、その立派な鱗をドルトは撫でる。

 お互い、どこか懐かしむような優しい目であった。


「もう二度と会う事はないと思ってたんだけどな」

「ゥゥゥゥゥ……」


 老竜の部屋は綺麗で、鱗艶も悪くはなかった。

 恐らく与えられる食べ物も自ら律し、藁の清掃も自分でやっているのだろう。

 賢い竜だとは思っていたが、これ程とはとドルトは舌を巻いていた。


「そうだ。久しぶりに洗ってやるよ。ろくに洗ってもらってなかったろ?」

「グルルオオオオオ!!」


 ドルトの言葉を聞いた老竜は、嬉しそうに吠える。


「ギャウ!」「ガァウ!」


 それに続くように、他の竜も騒ぎ立てる。

 自分も、自分もとせかしているようだった。


「わかったわかった。全員やってやるから、ちょっと待ってな」


 苦笑しながらも、ドルトは竜舎を出て水を汲みに行く。

 廊下を歩きながらドルトはいつの間にか笑みを浮かべていた。

 ガルンモッサに未練はないが、竜たちに未だ慕われているのは悪い気はしなかった。

 井戸から水を汲み、運ぼうとしたドルトの前に――――


「おうおう、やっておるようだな!」


 ――――王と、数人の従者が現れた。

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