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おっさん竜師、第二の人生  作者: 謙虚なサークル
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メイド、攫う

「ドルト様、少しよろしいですか?」

「おう、なんだいえーさん!」


 セーラとの訓練を終え、いつもの仕事に戻っていたドルトに、メイドAは声をかけた。

 その手には弁当の入ったバスケット。

 昼食にはまだ少し早い時間だった。


「どうしたよ。今日はちょっと早いな?」

「えぇ、実はお願いがありまして。またこれを」


 メイドAはくるりと周り背中を見せる。

 その背中には、いつもの絵描き道具が背負われていた。

 それを見たドルトは、要件を察した。


「……なるほど、モデルになって欲しいんだな?」

「そういう事でございます」


 あれから幾度か、メイドAはドルトに絵のモデルを頼んでいた。

 無論、竜と一緒にである。

 ドルトも慣れたもので、それを快諾した。


「オーケイ、今日はどいつがいい?」

「そうですね。このコを描いてみたいです」


 メイドAが指差したのは、竜舎で最も早い陸竜だった。


「……本当は飛竜がいいんですけれど」


 ぼそりと呟くメイドA。

 普段なら遠慮なく言うだろうに、ドルトは少し様子がおかしいなと思った。


「別に構わないが?」

「いえ結構です。目立つので」

「?」


 すたすたと去っていくメイドAに、ドルトは竜を連れついて行く。

 相変わらず、ドルトにはメイドAの考えていることはよくわからなかった。




「なぁえーさんよ、今日はずいぶん遠くへ行くんだな」


 メイドAについていくドルトが声を上げる。

 城から出て、二人はずいぶん歩いていた。

 ドルトはメイドAのお絵かきに何度か付き合ったが、ここまで遠くに行くのはあまりなかったし、もっと言うと腹が限界だった。


「えぇ、もう少し行ったところに、いい場所を見つけたんです」

「しかし腹が減ったぜ」

「まぁまぁもう少し、あとちょっと。騙されたと思って」

「えー、でもなぁ……」

「お腹を空かせて食べるお弁当は格別ですよ。今日はドルト様の好きなフライドチキンです」

「おおっ! それは楽しみだな」

「素晴らしい手のひら返しですドルト様。そして、えぇ楽しみでしょう?」


 にっこり笑うメイドAに誤魔化されながら、ドルトは更にしばらく歩く。

 城は見えなくなっていた。


「なぁ、もういいだろ流石に」

「……そうですね。ではここらで」


 石の上に腰を下ろすドルト。

 早速メイドAから弁当を受け取り、食べ始める。

 その間にメイドAが絵を描く準備をするのが通例であったが、弁当を半分ほど食べ終わっても描き始めようとしない。

 不思議に思ったドルトはメイドAに尋ねる。


「どうしたんだよえーさん、今日はなんだかおかしいぜ」

「……やはり、わかりますか」

「あぁ、ってか最初からなんか変だったよ」

「でしたら何故、ついて来てくださったのですか?」


 メイドAの、深く澄んだ黒い瞳がそう問いかける。

 じっと見つめられ、ドルトは――――困ったような顔で笑う。


「そりゃまぁ、えーさんが困っていた風だったからな。なんだかわからないが力になるぜ」


 ドルトの言葉にメイドAは目を丸くした。

 親切というか間抜けというか、ドルトの事はよく知ったつもりだったが、その言葉はメイドAの想定外であった。

 言葉を失ったメイドA。そして流れる、しばしの沈黙。

 ようやく口を開いたその言葉は――――


「――――」


 ――――その言葉は、ドルトに届かなかった。

 不意に訪れた目のくらみ、次いで耳も遠くなる。

 ドルトの頭に霞がかかっていく。


「……ッ!」


 何か言おうとして、ドルトは倒れた。

 メイドAはそれを冷たく見下ろすと、絵描き道具を仕舞った。

 そして竜にドルトを乗せ、自分もまたがる。


「グゥゥゥゥ……」


 警戒するようにメイドAを見上げる竜。

 だがそれをよしよしと撫で、ドルトを抱えて手綱を握り、叩きつけた。


「はっ!」


 ぴしゃりと音がして、竜は走り始める。

 メイドAの命じるがまま、向かう先はガルンモッサであった。




「おおっ! よくやってくれたぞ! 〝A〟よ!」

「お褒めに預かり、恐悦至極でございます」


 ガルンモッサ王の間にて、メイドAは傅く。

 メイドAはあの後、竜を走らせガルンモッサへ到着した。

 念願の竜師を手に入れ、王は上機嫌であった。


「ふはは! よしよし、これでガルンモッサ竜騎士団にも再び栄光がもたらされよう! のう、大臣よ!」

「おっしゃる通りでございます!」


 他国の竜師をさらうというのは、あまりにも短絡的な行動である。

 しかし今の大臣にそんな考えは微塵も浮かばない。

 偉大なる王の成すことは、素晴らしい事だと、心の底から思っていた。


 文官は王に気に入られねば生きてはいけない。

 彼は媚を売り、媚を売り、媚を売ってここまで成り上がって来たのだ。


 それこそが彼が大臣にまで成り上がった理由である。

 他の文官も多かれ少なかれ、似たようなものだった。


「流石です!」「素晴らしいお考えだ!」「何という慧眼!」


 王を讃える言葉が辺りを包む。

 すっかりいい気分になった王はメイドAに視線を戻した。


「ふん。高い金を払った甲斐があったぞ。〝A〟よ。毎日毎日下手くそな絵を送ってくるばかりで何の役にも立たんと思っていたが、なんだ少しは使えるではないか。ん?」


 王の言葉に、メイドAの片眉が釣り上がる。


「……アルトレオの地形を送って来いと言ったのはあなたでは?」

「んー? そうだったかなぁ? 優秀な者なら命令がなくとも自ら動くべきだとワシは思うがな! 言われたことしか出来ぬ愚か者が名乗れるとは。〝A〟の名も安くなったものだの! はっはっは!」


 大笑いする王。

 然り、然りと頷く大臣たち。

 それをメイドAは冷ややかな目で見つめていた。


「……む、なんだ? もう用は済んだ。消えるがよい」

「失礼しました。言われたことしか出来ぬ愚か者ですので」


 皮肉たっぷりの言葉に、王はしかし気づいてすらいない。


「仕方ないのう! さて今度は何をやってもらおうかの! ミレーナ王女のスリーサイズでも調べてきて貰うか? はっはっは! 追って沙汰は出す。アルトレオにて待機せよ。不自然なくな」

「……」


 メイドAは無言で王を一瞥すると、闇に溶けるように姿を消した。

 無礼なその態度に怒る王、大臣たちはそれをなだめるのだった。

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