おっさん、あえてアドバイスさせる
「はぁ、はぁ……」
荒い息を吐き、しかしそれでもまだ竜に跨ったままのセーラ。
何度やっても結局、ドルトにいいように弄ばれただけだった。
ドルトは飄々とした顔で、セーラを見て頷く。
「ふむ、今日はこの辺にしておこうか」
「ま、だまだ……っ!」
それでも木槍を構えようとするセーラを見て、ドルトは首を振る。
「ダメだ。休息も訓練のうち。大きく強く育てるには、運動、休息、食事をバランスよく行う必要がある。竜も同じ、人間も同じだ。あとは沢山食って、朝まで寝ろ」
「く……そ……っ!」
そう呟いて、セーラは力尽き倒れた。
しばらくすると竜の上から、すぅすぅと寝息を立てる音が聞こえて来る。
やはり限界だったのか、とドルトはため息を吐いた。
「お疲れ様でした」
ドルトが声の方を向くと、そこにはローラがいた。
随分長い間そこにいたようで、頭には数枚の木の葉が載っていた。
「おう、ローラもな」
そしてそれをドルトは知っていた。
知っていた、というよりはむしろ、ドルトがそう頼んでいたのだ。
「……ちなみに私にアドバイス役をやらせる為ですか?」
「流石だ。よくわかってるじゃないか」
ドルトの言葉では反発されるかもしれないが、親友のローラの言葉なら素直に受け入れる……ドルトはそう考えて、ローラに自分たちの訓練を見せていたのだ。
聡いローラは、その企みすら凡そ察していた。
「一応、俺視点で感じた事も後で紙にして渡しておく。……セーラは素直じゃないからな。俺が嫌われるのは構わないが、それで負けたら本人が可哀想だろ?」
苦笑するドルトを見て、ローラはぽつりと呟く。
「……そんな事はないと思いますけど」
「ん、何か言ったか?」
「別に、セーラは連れて帰ります。それでは、また明日」
「おう! 頼んだぜ!」
大きく手を振るドルトに背を向け、ローラはセーラを乗せた竜を引いていくのだった。
「……はっ!? こ、ここは!?」
気を失っていたセーラが目を覚ます。
視界はぼやけ、頭には霞がかかっていた。
何か、生ぬるい感触。ポツポツと当たる暖かく心地よい雫。
「目、覚めた?」
「ローラ!? ど、どこにいるの!?」
「うしろ」
そう言って、背後から伸びた手がセーラの胸を掴んだ。
「ひょわっ!?」
悲鳴を上げたセーラが振り向くと、そこには一糸纏わぬ姿のローラがいた。
見れば自分も、である。
セーラが目を覚ましたのは、湯船の中だった。
「ち、ちょっとローラっ!?」
「セーラはドルトさんとの訓練中に気を失って、倒れた。だから私がこうやって介護してる」
言われて見れば、セーラには訓練途中からの記憶がない。
何度もドルトに倒され、転ばされ、手も足も出なかった。
悔しくて何度挑んでも、やはりダメだった。
それを思い出し、苦い顔をする。
「……そうだった。ぼろ負けだったわね」
「頑張ったよ。セーラは」
ローラの慰めもセーラの心を打つことはない。
しばらくの沈黙、水の跳ねる音だけが湯船に響く。
「……ねぇローラ、なんで私、竜騎士でもないおっさんに勝てなかったのかしら……確かにあのおっさん、操竜技術はあるけど、槍捌きは素人同然だったわ」
「答え。セーラは単純だから。動きを読まれてる。行動を先回りされて、そこに槍を置いておけば勝手に当たる」
無論、言うほど簡単な事ではない。
猪突猛進なセーラだが、竜はスピードもパワーもある。
普通の相手ならその迫力に恐れ慄き、冷静な判断など出来ないだろう。
だが逆に、適所にて槍を構えていれば、そのスピードとパワーで勝手に当たりに来てくれるわけだ。
竜を間近で見続けたドルトならではの戦い方である。
「な、なるほど……ったた」
「対策も考えた。ごにょごにょ」
「ちょっ! もー耳元で言わないで、くすぐったいわよ!」
「ふふ、ちょっと元気出た?」
「……ん」
風呂場が途端、騒がしくなる。
作戦会議は二人が風呂を出ても、そして夜遅くまでも、続いていた。
「ふぁぁぁ……」
大あくびしながら、ドルトは竜舎へと足を運ぶ。
日課の畑仕事をした彼の手は、土に塗れていた。
餌をやろうとしたドルトは、セーラとローラの竜がいない事に気づく。
まさかと思い窓から修練場を覗くと、セーラはローラと二人、朝早くから木槍を合わせていた。
「ったく、しっかり睡眠は取れと言ったのによ」
頭を掻きながら、ドルトはそうひとりごちる。
早々に餌やりを終え、自らも修練場へ向かう。
「いよ、やってるな」
「……来たわね。おっさん! 待ちくたびれたわよ!」
「そりゃどーも」
ドルトが視線をローラに移す。
ローラはわかっている、と言った風に頷いた。
「? どうしたのよ二人とも?」
「別に。それより練習の成果を見せる時」
「そうね! もう一度勝負よ!」
「はいよ」
ならば良し、とばかりにドルトはローラから木槍を受け取り、構える。
セーラも同様に、そして先日と違い構えたまま動かない。
ゆっくりと前進し、ドルトとの距離を詰めていく。
「ほう、少しは頭を使う事にしたんだな?」
「当然!」
そう、無闇に突っ込むから先読みで置かれた木槍の餌食になるのである。
ローラはセーラに、よく相手の動きを見て、動くよう指示したのだ。
「操竜技術で負けていても、こうして私の距離で戦えば――――」
言いかけたところで、セーラの胸に衝撃が走る。
一足にて、距離を詰めたドルトに打ち抜かれたのだ。
何が起きたかも理解できぬまま、セーラは竜から転げ落ちた。
「いったぁーいっ!?」
「攻めっ気がないのがバレバレだぞ。動かない相手はただの的、止まっていればいいわけじゃない」
ドルトの槍裁きはともかくとして、竜の突進力は凄まじい。
それは人が突く速度より遥かに疾く、乗り手はただ、構えているだけでも避けがたい一撃となる。
相手の竜が動く気配がなければ、ぶつかるだけでも簡単に当てられるのだ。
と言ってもそう簡単ではないが……相手の動きを読めなければ、カウンターを喰らうのみだ。
何とか立ち上がるセーラに、ローラは冷たい視線を向けた。
「相手の動きを見ろ、というのは攻めるなというわけじゃない。セーラのお馬鹿さん」
「むきーっ! もう一回よっ!」
やけになって突っ込むセーラを、ドルトはいなす。
そして本日もまた、セーラはいいように弄ばれるのだった。