わがまま王女、策を弄する
「交竜戦、ですか」
突然に言葉にミレーナは目を丸くする。
言葉の主はつい十数日ほど前に、泣きべそをかきながら国へ帰ったアーシェであった。
「ええ! ミレーナお姉さまに交竜戦を申し込みますわっ!」
「ガオーウ!」
アーシェを乗せた白狼が、催促するかのように吠える。
ミレーナは頭を抱えながら、答えた。
「アーシェ、交竜戦と気軽に言いますが、王の許可は取っているのですか?」
「無論なのですわ! お父さまにはちゃんと許可を頂いてますし、当然ミレーナお姉さまのお父さまのも、なのですわ! ほら見てくださいまし! ここに王印の入った書状が!」
「な……っ!? た、確かに……!」
アーシェの手にある書状には、交竜戦を申し込む旨に加え、アルトレオ、ローレライ両国王の王印が押されていた。
「一体どうやってこんなものを……」
「ふっふっふ、甘く見てもらっては困るのですわっ!」
してやったり、と言った顔で笑うアーシェ。
年相応。それ以上にアーシェは奸智に長けていた。
――――事の起こりは数日前、アルトレオ王がローレライに訪れた時の事である。
酒の席にて、酌をしていたアーシェはアルトレオ王にこう進言したのだ。
「ねぇねぇおじさま。私、ミレーナお姉さまと一度、交竜戦をしてみたいのですわ」
「ははは、どうしたアーシェ王女。何とも物騒な話だな! ミレーナと喧嘩でもしたのか?」
「いえ……ですが、私ももう十歳、そろそろ飛竜を持ちたくて。それでお姉さまに交竜戦を申し込み、勝てたら是非に! と思っているのですわ」
アーシェの言葉に、アルトレオ王は驚いた。
子供だとは思っていたが、もうそんなことを言う年頃になったのかと。
同時に嬉しくなった。頼もしき友国の娘に。
「ほう! その心意気やよし! ローレライの。いい娘を持ったのう!」
「いえいえ、わがまま盛りで困ったものです。……ですがどうでしょう? 確かに近頃、交竜戦をしておりません。一つお手合わせ願えますかな?」
「ふむ、であるな。ではこうしよう。そちらが勝ったら好きな飛竜を一頭、こちらが勝ったらローレライの一小隊を指導係として頂くというのは?」
「よろしい! では早速書状を作りましょうぞ!」
「応とも! ははは! 血が滾りますなぁ!」
二人の談笑に花が咲くのを見て、アーシェはくるりと背を向ける。
そして、悪い顔で笑った。
(計画通り……!)
と。
「……というわけなのですわっ!」
自信満々に胸を張るアーシェ。
ミレーナは正直アーシェを侮っていた。
諦めたものとばかり思っていたが、まさかここまでやってくるとは……と。
(うーん、アーシェの行動力恐るべし)
ここまでお膳立てをされると、如何にミレーナと言えどさすがに断れない。
何せ両王の王印があるのだ。
ミレーナは大きくため息を吐いて、頷いた。
「……わかりました。受けましょう。ですが、絶対に負けてあげませんよ」
「もっちろん! 全力で受け答えるのですわ! では期日まで御機嫌よう! ミレーナお姉さまっ! おーほほほ!」
「ガオーウ!」
アーシェと白狼は、高笑いしながら去っていった。
それをミレーナはただ、見送るしかなかった。
「ふぅ、困った事になりました……」
そうひとりごちなごら、ミレーナは何処と無く歩いていた。
何度もため息を吐きなぎら、無意識に、足の向くままに。
「はぁ……」
「えーとミレーナ様、どうかなされたのですか?」
ふと、聞き知った声が聞こえたミレーナははっとなる。
気づけばここは竜舎であった。
目の前にはドルトの姿も、だ。
「……はっ!? す、すみませんドルト殿! ついふらふらと……」
「いえ、先程から何度もため息を……お疲れなのでしょうか?」
しかも、どうやらかなり長い間ここにいたらしい。
ミレーナの顔が羞恥に赤く染まる。
「いえ、お恥ずかしい限りです。実は少し、悩み事がありまして」
「私でよければ相談に乗りますが」
「そう言ってくださり、とてもありがたいです。……それではお聞きいただけますか?」
ドルトの言葉に安堵したミレーナは、事の次第をつぶさに語った。
全てを聞いてドルトは、ふむと頷く。
「なるほど。それは負けられない戦いですね」
「そうなのです! ……ですが、ローレライの兵はアルトレオ連邦でも屈指の強兵です。我らの中に勝てるものがいるかどうか……」
「聞き及んでいます。ガルンモッサが簡単にアルトレオを侵攻出来ない大きな理由は、盾のように聳えるローレライの存在が大きいとか」
「えぇ、味方にすると頼もしいですが、敵にするとなると……」
うーん、と二人して首を捻る。
アルトレオの竜騎士ははっきり言って弱兵揃い。
勝てるか否かと問われれば、否と答える者が多いであろう。
それほど、両国の練兵には差があった。
「何とかなりませんか、ドルト殿」
「そうですね……ですが私は、けして勝てない相手ではないと思っていますよ」
「本当ですかっ!?」
「ええ、幾度か見た事がありますが、ローレライは比較的高地にある為、小型の竜ばかりです。対してアルトレオの竜は大きめ。だから有利……というわけでもありませんが、サイズで勝るのは大きな利点ですよ。ですが、それには大きな竜で小さな竜についていけるような優秀な竜騎士が必要です」
「優秀な竜騎士……ですか……」
再度、二人は首を捻る。
沈黙を破ったのは、突如飛び出してきた人影だった。
「話は聞かせてもらいましたっ!」
短く切った赤い髪と、それを束ねた黒いリボンがふわりと揺れる。
アルトレオの竜騎士セーラだった。
「おおセーラ、何してるんだ? こんな所で」
「何って……」
ミレーナが竜舎へ入るのを見て、引き寄せられるようについて来たセーラ。
二人の話を竜の世話をするフリをしながら聞き耳を立てていたのだ。
べ、別におっさんとミレーナ王女がどんな話をしているのか、気になったわけじゃないんだからねっ! ……とは彼女の弁である。
なお事実関係の調査については固く拒否されていた。残念ながら。
「い、今はそんなことどうでもいいでしょう!? それより交竜戦よ、交竜戦! 優秀な竜騎士が必要らしいじゃない?」
「あぁ、まぁそうだが……」
「ここにいるじゃない! 優秀な竜騎士!」
くいくいと親指で自分を指差すセーラ。
ドルトは思わず目を細めた。
「えっどこに」
「こーこーにーっ! いるでしょ馬鹿!」
ぐいぐいと詰め寄るセーラだが、ドルトは冷ややかな視線を送るのみだ。
「俺には怪我した竜に蹴り入れて暴走させた馬鹿娘しか見えないが」
「うぐ……っ」
痛いところを突かれ、セーラは押し黙る。
初めて会った時にやってしまった失敗を、ドルトは未だ憶えていた。
「待って」
その後ろからひょっこり顔を出したのは、青い髪を肩まで伸ばした少女。
セーラと同様、騎士装束を身に纏った少女の名はローラ。
不思議な色をした目で、ドルトを見る。
「確かにセーラは竜の扱いは下手だし、雑だし、なってない」
「ちょ、ローラっ!」
セーラの抗議を止めてなお、ローラは続ける。
「でも逆に言えば、操竜技術に伸びしろがあるという事。騎乗は下手でもセーラの戦闘技術はアルトレオ竜騎士団でも随一。どうかご一考を」
そう言って、頭を下げるローラ。
セーラも慌ててそれに倣う。
ドルトは顎に手を当て、ふむと頷くのだった。