団長、憂う
「交竜戦……じゃと?」
大国ガルンモッサへと届けられたのは、一枚の書状であった。
差出人はガルンモッサの同盟国の一つ、レイフの国王。
書状には交竜戦の誘いが記されていた。
――――交竜戦とは、騎竜を用いた模擬戦である。
竜騎士同士が各々力の限り戦う……という極めて一般的な修練の一つであるが、国同士で行われるものには特別な意味がある。
いわゆる賭博行為、敗者は勝者に賭けたものを支払うのだ。
今回の場合、レイフはガルンモッサの良質な鉄武具、百点セットを要求していた。
代わりに負ければ領地の鉱山にて採れた美しい宝石を五十品、装飾品として加工し差し出すと。
書状にはサンプルとして、ピアスやネックレスが添えられていた。
何と美しいのであろうか、特にこのサファイアはミレーナ王女の首に似合いそうだ――――などと、ガルンモッサ王はほくそ笑む。
「くくく、竜騎士団長、前へ出よ!」
「はっ」
団長は王の前へ出て、恭しく頭を下げる。
「聞いての通りじゃ! レイフの竜騎士に見事勝利してみせい!」
王の言葉に、団長は首を振る。
「……恐れながら申し上げます。我が国の竜は現在、まともな状態ではおりません」
「なに!? どういうことじゃ!? 連中には何度も勝利してきたではないか!」
「ですから、竜のコンディションがよくないのです。対してレイフは近年メキメキと力をつけている……我が国の弱体化を知られぬ為には、見送った方がよろしいかと存じます」
「何じゃとう? 我が国がレイフ如きに負けると申したか!?」
「その可能性もあるかと存じます」
「ふ、ふざけおって!」
王は錫杖を握りしめ、地面に叩きつけた。
取り付けられた金飾りが床を跳ね、団長の頭に当たった。
微動だにせず、自分を見上げる団長に、王はたじろぐ。
「……どうかお考え直しを」
「くっ……ふん! 怖気づきおったか愚か者め! 全く口だけで無能な男よな! 勝負は受ける! 竜騎士団で一番強い者を用意せよ! 無論、貴様以外のな!」
王の言葉に、団長は肩を落とした。
この頑固な王はやると決めたらどうあってもやるだろう。
これ以上の反論は、無意味と思われた。
「…………御意」
長い沈黙の後の肯定。
団長にはそう言うしかなかった。
――――その後、団長は訓練所へと足を向ける。
中では兵たちが槍を交えていた。
その中で一人、団長は目当ての者を捜す……そして見つけた。
染めた金髪をワックスで逆立て、耳にはピアスを幾つか開けている男。
どうやら訓練を終えて帰る途中のようだ。
急ぎ近づき、声をかける。
「おい、マルコ。少しいいか」
「あー? 何すか団長。俺、女を待たせてるんすけどー?」
やる気のない返事を返すのは竜騎士団の新兵マルコ。
マルコの両親は貴族階級であるが、五男である彼は奔放に育てられ、街の荒くれ者連中に名を連ねていた。
幸か不幸か腕っぷしだけは大したもので、戦いのセンスもあった。
札付きの悪党になるころには家から追放され、本人もまた気にせず荒くれ者として生きていたという。
牢屋に入れかけられていたところ、実力主義の団長が竜騎士として雇いたいと申し出たのだ。
日頃の行いに難はあるが、間違いなく現竜騎士団の中ではトップクラスの実力者である。
「実は貴様にいい話があってな。今度レイフと交竜戦があるのだがどうだ、出て見ないか?」
「は!? 俺が!? マジっすか!?」
先刻までのダルそうな態度はどこへやら、マルコは団長の話に喰いついた。
交竜戦といえばまさに竜騎士の花形。
目立ちたがり、暴れたがりなマルコが興味を示さぬはずがなかった。
「ひゃっほーーーっ! やるぜ俺は! ありがとな団長、俺を指名したのは正解だぜ!」
「うむ……だが負けるなよ。交竜戦は多額の金が動く。負ければ王の面目も潰れるからな」
「はっ! 相手はレイフの腰抜けどもだろ!? オレ様が負けるはずがねぇ!」
親指を立て、自信満々にマルコは笑う。
団長はそれを見て大した自信だとため息を吐いた。
実際、戦闘に置いてこの手の自信家は強い。
生死を分ける瞬間が何度も迫るような状況で、自分を信じて突き進めるのは大きな強みだ。
(負ける要因があるとすれば――――)
考えかけて首を振る。
いや、今は団員を信じるべきだ。
それが団長である、自分の仕事なのだから。
「――――あ、団長。陸竜借りやーす。待ち合わせに遅れそうなんでー」
「う、うむ……」
本当に信じて大丈夫だろうかと、団長はマルコを見送るのだった。
――――そして訪れた交竜戦。
ガルンモッサ側はマルコ。そしてレイフ側は黒髪の男を出してきた。
共に武装した陸竜に乗って、である。
重厚な鎧を装着してなお、竜の足取りは軽い。
力のある竜ならではの重装甲である。
そしてマルコの陸竜は男のに比べて一回り近く大きかった。
いや、大きいというよりは、太っているというべきか。
ずしん、ずしんと歩行のたびに土煙が舞う。
対する男はレイフ竜騎士団でもベテラン、団長とも幾度として槍を交えた事のある実力者である。
団長が戦えば七割勝てる相手……そして、恐らく腕もマルコの方が上である。
勝てる、団長はそう信じていた。
男はマルコを一瞥し、団長を見る。
「……相手はてっきり貴様だと思ったがな。こんな小僧相手では拍子抜けだぞ」
「少し事情があってな。だがマルコも強いぞ」
「ふむ」
男は視線をマルコの方へと移す。
マルコは挑発するように、男に中指を立てた。
「はっはァ! お前みたいなおっさんが相手かよ! 頼むから戦ってる最中にポンコツにならないでくれよな!」
「……ガルンモッサ竜騎士団も落ちたものだ。こんな礼儀も知らぬ餓鬼を交竜戦に出してくるとはな」
「な……餓鬼とはなんだ餓鬼とは! 吠えずらかかせてやるから、覚悟しろよ!」
男は深いため息を吐くと、マルコに向き直る。
そして無言。憐れむような視線をマルコへ向ける。
「……だんまりかよ。ならさァ、早くと始めてくれよ!」
マルコの声に、審判役の騎士が頷き、片手を上げた。
「よかろう。では交竜戦――――はじめ!」
くるり、と二人は申し合わせたかのように木槍を回した。
そして前に突き出し合わせると、かしんと乾いた音が鳴った。
――――それが開戦の合図だった。
「しゃああああああッはァァァァァッ!」
マルコは一旦引いた木槍を再度、そして何度も突く。
防ぎきれず、男に数発攻撃が掠った。
観客から、興奮した声が上がる。
「く……! 疾い!」
「ははっ! どうしたどうしたァ! そんなもんかぁおっさんよぉ!」
マルコの連打は止まらない。
次第に躱しきれなくなり、男は大きく距離を取った。
「逃げたぞ! 追いかけろ!」
マルコは竜の腹を蹴り、走れと命じた。
竜はどすどすと土煙を上げ、追いかける。
だが、相手の動きの俊敏さに追いつけない。
マルコの周囲を動き回りながら、男は笑う。
「ふっ、なんだそれは? そんなデブ竜では追いつけぬぞ!」
「く……調子に乗りやがって!」
マルコは木槍を振り回すが、男の動きを阻害することは出来ない。
「くそったれェ!」
やけくそで放った突き。
その瞬間、目の前にいたはずの男の姿が消えた。
「ど、どこへ逃げやがった! 出てこいコラァ!?」
「ここだよ」
その言葉を聞いた瞬間、真下からの衝撃にマルコの顎は跳ね上げられた。
薄れゆく意識の中、マルコが見たのは自分の足元で木槍を持つ男の姿。
男は竜の頭を大きく下げ、マルコの懐に潜り込んだのだ。
それ故、姿が消えたように見えたのである。
気を失ったマルコは、竜の背中に倒れこむ。
「勝負あり! レイフ国の勝利である!」
沸き立つ歓声の中、王は呆然とした顔で崩れ落ちた。
「そ、そんな……どういうことなのじゃ! 団長! あやつの方が途中まで押しておっただろうが!?」
「相手が強かった……それもありますが、竜で差が出ましたね……」
普通にやれば勝てた勝負である。
それほど途中までは圧倒していた。
だが、肥満で満足に動けない竜で戦ったのが運の尽きだった。
特に、マルコの竜は欲しがれば欲しがるだけ食べさせられていた。
「テメェがへばった所為で負けたじゃねぇかコラァ!」
「グルゥ……」
「グルゥじゃねーよ! 恥かかせやがって! 今日はメシ抜きがからな!」
「ギュルルルル……」
「腹ァ鳴らしてもダメだ! ボケ!」
竜を叱咤するマルコ。
そういえばドルトは竜の食事にもずいぶん気を使っていたのを思い出す。
食べすぎさせず、運動もしっかり行い、日々健やかに過ごせるよう、気を使っていた。
今の竜騎士団はどうだろうか。
世話を乗り手に任せた弊害で、食べさせる量も運動量もまちまちだ。
今回の交竜戦、それが如実に出た結果である。
団長は竜師の重要性を再確認するのだった。