表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おっさん竜師、第二の人生  作者: 謙虚なサークル
36/118

わがまま王女、帰る

「ふはぁ……堪能したのですわぁ」


 長い間子竜を撫でまわしていたアーシェだが、ようやく満足いったのか力を緩めた。

 それでも抱きかかえた子竜を離さない。

 相当お気に入りのようだ。

 ミレーナは子竜を返すよう、アーシェに手を差し出す。


「満足したかしら? アーシェ」

「お腹でいうと三分目といったところですわ。そこそこ満足しましたの」

「ま、まだまだのようね」

「えぇ、まだまだですの……ねぇミレーナお姉さま。私、一つわがままを言ってもいいですか?」


 アーシェは目をウルウルさせながら、上目遣いでミレーナを見る。

 可愛らしい仕草ではあるが、同時にミレーナは嫌な予感を感じていた。

 そんなミレーナに構うことなく、アーシェは続ける。


「私、この子の事、すっごくすっごく好きになってしまいましたっ! だからいただけませんかっ!」


 アーシェの言葉に、その場の全員が絶句する。

 そして子竜は首を傾げ、飛竜はまだ眠っていた。


「……無理に決まっているでしょう」


 ミレーナがようやく呆れた声を出した。

 正直言って、ミレーナはこの言葉を想定していた。

 無類の動物好きであるアーシェは、時折ここアルトレオに来ては何か動物をせびってくるのだ。

 だから子竜を見せるのは気が進まなかったのだ。


 最初は良かった。

 誰かが拾って来た野良猫、野良犬、野良トカゲ、むしろ世話をし切れないので有難いくらいだった。

 しかし次第にエスカレートし、珍しいアルビノの陸竜や、メイドたちが可愛がっていた血統書付きの白毛猫(メイクーン)までも欲しがり出した。

 無論、何度も断りはしたが、あまりにもしつこいので結局最後はミレーナの方が折れてしまっていた。


「そんなこと言わないで欲しいのですわ。ねぇねぇお願いします。ミレーナお姉さまぁ」


 甘えた声で擦り寄るアーシェ。

 だが、今回ばかりは引くわけにはいかない。

 何せレノはドルトと二人で孵した、いわば子供のようなもの。

 ミレーナは毅然とした態度で言った。


「いけません!」

「何故ですの!?」

「飛竜の子供はとても繊細なの」

「ちゃんと可愛がるのですわ! 絶対大事に育ててみせます!」


 アーシェの言葉に偽りはない。

 気に入った動物は何であれ欲しがる性格なのだが、殊更タチが悪いのは死ぬまで必ず面倒を見る事だ。

 アーシェの飼育部屋は幾つもあり、沢山の動物がのびのびと暮らしていた。

 いつか飽きたら返してくれるだろう、と思ってあげたが最後、二度と帰って来ないことをミレーナは知っていた。


「とにかくダメと言ったらダメです!」

「欲しいったら欲しいのですわっ!」


 言い合いはエスカレートするばかり。

 終わりが見えぬ二人の言い争いに、ドルトは仕方なく割って入る。


「えぇと、差し出がましいようですが、よろしいですか?」

「なんですの? 私、ミレーナお姉さまと大事なお話をしているのですが?」

「良いです! ドルト殿も言ってあげなさい」

「で、では……」


 ミレーナの許可を受け、ドルトはやんわりとした口調で続ける。


「アーシェ様はどうやら動物がお好きなようです。もちろん、動物が心地よく生きられるよう、育てるのでしょうね。モッフルを見ればよく分かります。とても可愛がっておいでです」

「当然なのだわ。健康な精神にこそ、健康な肉体が宿る。心が弱ればすぐに病気になってしまいます。だから私は、動物たちの心の赴くまま、気分良く生活して欲しいと思っているのだわ」

「でしたらお手を少し、緩めてあげてはいかがでしょうか?」

「え……?」


 気づけばアーシェは、腕の中の子竜を強く抱き締めていた。

 子供の力とはいえ、子竜は少し不機嫌そうだった。


「あっ、ご、ごめんなさい! レノ!」

「ぴゅーいー」


 アーシェが手を緩めると、子竜はさらりと抜け出してバサバサと飛んでいく。

 そして、ドルトの頭に着陸した。

 子竜はやや警戒がちに、アーシェを見下ろす。


「ぴぃ……!」

「あはは、どうやら怖がってしまったようですね」

「うぅぅーーー……っ!」


 涙ぐむアーシェ。

 ドルトは慰めるように声をかける。


「すみません。そういうわけなので、レノはお譲りできません」

「そうです! ドルト殿の言う通りです! 聞き分けなさい、アーシェ」


 ドルトとミレーナ、二人に窘められ、アーシェの目から涙が溢れ出した。


「わぁぁぁぁぁん! ミレーナお姉さまのばかーっ!」


 そして泣きながら、竜舎を走り去っていく。

 少しして、外にいたセバスが中へ入り頭を下げた。


「ミレーナ様。ご無礼、お許し下さいませ」

「構わないで下さい。私たちの仲ですわ。こちらこそごめんなさい。アーシェを泣かせてしまって」

「お心遣い、感謝いたします……では」


 セバスは軽く会釈をし、アーシェを追いかけるのだった。

 静かになった竜舎をドルトとミレーナが顔を見合わせる。


「……嵐のような王女様でしたね」

「えぇ本当に。いつも困っているのです」


 そう言いつつも、ミレーナの表情は本気で怒っているように見えなかった。


「仲がいいのですね」

「えぇまぁ。子供の頃からの付き合いなので……ごめんねレノ」

「ぴゅいー……」


 ミレーナが撫でると、子竜は心地よさげに鳴き声を出す。

 ……そして、飛竜エメリアは未だ、ぐっすりと眠っていた。


「そういえばエメリアの奴、アーシェ王女にずいぶん気を許していましたね」

「エメリアはアーシェの事を小さい頃から知っていますからね。乗せて飛んだこともあるのですよ」

「なるほど」


 だから警戒していなかったのか、とドルトは頷く。

 それにしても子竜から目を離しすぎではないか。

 信頼してくれるのは結構だが、ここまで投げっぱなしでは逆に心配である。

 お前それでいいのか、とドルトは悪態をつくのだった。



 それからすぐに、アーシェ一行はローレライに帰還した。

 道中、アーシェの落ち込みようは相当なもので、アルトレオから帰る間中ずっとうな垂れていた。

 それからしばらくは食事も少なく、両親は大層心配したという。

 夜、枕を濡らしながら、アーシェは呟く。


「……ぐすっ、このままじゃ嫌なのだわ。絶対、絶対にレノが欲しいのだわ……!」

「ガオウウウ……」


 その枕元で、白狼はアーシェを慰めるように鳴いた。

 月明かりに照らされ、銀色に輝く白狼の色は、アーシェに子竜を思い出させた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ