わがまま王女、感激する
「んーーーーっ! ミレーナお姉さまの部屋で一晩寝たら長旅の疲れもふっとびましたわ!」
「よく眠れたみたいでよかったわね、アーシェ」
「ねぇねぇミレーナお姉さま! 私、今日こそはレノを見たいですわ!」
「ふぅ、わかっているわ。もう」
昨晩アーシェはミレーナの寝室に転がり込んできた。
そして飛竜の子供はどんなものなのか。
姿、形、重さ、鳴き声、名前、事細かく、つぶさに何度も何度も尋ねたのだ。
アーシェはまだ見ぬ子竜に想いを馳せていた。
ここまでの熱を見せられると、ミレーナとしても折れざるを得ない。
正直あまり気乗りはしないが、覚悟を決める。
「では今から竜舎へ行きましょう。あ、くれぐれも言っておきますが……」
「わかっています。あの竜師の事ですね。何も言いませんとも。えぇ、私はお姉さまの言いつけを守れるいい子なのですわ」
「そう、ならいいのだけれど」
アーシェは年の割には聡いし、空気も読めるが時折激しく暴走する事があった。
そこ辺り少々不安ではあるが、どのみち他人を確実に制御する術などない事をミレーナは知っていた。
(って……私は自分の事すら制御出来てないものね……)
ドルトの事となると、つい暴走しがちである。
一国の王女ともあろうものがはしたない。
反省しなければ、そう思ってミレーナは自分の頭をコツンと叩く。
「? どうかしたのですか?ミレーナお姉さま?」
「なんでもないわ。さ、早く行きましょう」
「はーい!」
ミレーナが扉を開けると、そこにはセバスと白狼が立っていた。
ぶんぶんと尻尾を振っていた白狼は、アーシェを見つけると駆け寄り、飛びついた。
「ガウッ!」
「きゃん! もう、モッフルったらー」
白狼に顔を舐められ、アーシェはくすぐったそうに笑う。
「ははは。アーシェ王女と離れて眠ったので、随分会いたがっておりましたよ。宥めるのが大変でした」
「あらあら、甘えん坊さんね。モッフルったら」
「キューン……」
アーシェは擦り寄ってくる白狼を、よしよしと撫でた。
白狼はアーシェの襟首を掴むと、ひょいと背中に乗せる。
「では竜舎へ行きましょう! ミレーナお姉さま!」
「えぇ、案内するわ」
そうして一行は、飛竜親子がいる離れの竜舎へと移動する。
竜舎の入り口ではドルトが掃除をしていた。
「おお、これはおはようございます。ミレーナ様にアーシェ様、セバス殿とモッフルも」
挨拶をするドルトに、アーシェが一歩進み出る。
「ごきげんよう。竜師、ドルト」
「名前を覚えてくださり、光栄です。アーシェ様は産まれたばかりの飛竜を見に来られたのですね?」
「あら賢いのだわ。憶えていたのね。なでなでしてあげようかしら? ふふっ」
「グルルル……」
モッフルの唸り声と、ミレーナの冷たい視線を受けドルトは即座に首を振った。
「い、いえ遠慮しておきます」
「あら残念。じゃあいいのだわ。それより飛竜の赤ちゃんを見せて欲しいのだわ」
「ではこちらへ」
ドルトはそう言って、竜舎の扉を開ける。
「この中に飛竜の赤ちゃんがいます」
「わくわくするのだわーっ!」
アーシェは白狼に乗ったまま、嬉しそうに目をキラキラさせている。
そのまま入ろうとするアーシェの前に立ちふさがった。
「すみませんが、モッフルは外で待たせてくれませんか? 竜を刺激しますので」
万が一を考えると、白狼を中に入れるのは危険だとドルトは思った。
アーシェは少し考えて、頷く。
「わかったのだわ。モッフル、待て」
「ガウッ!」
「私めが世話をしておきましょう」
「よろしくなのだわ。セバス」
セバスに白狼の世話を任せ、アーシェはこれでどうだとばかりにドルトを見上げた。
「……では、どうぞ」
改めてドルトは、竜舎の扉を開く。
薄暗い空間の中には、横たわる飛竜がいた
飛竜は客人に気付きドルトの方をちらりと見て、すぐに目を閉じる。
本来であれば周囲に見知らぬ人間が来れば警戒心をあらわにするが、この飛竜――――エメリアはドルトとミレーナに見守られて卵を孵化させていた。
元々ミレーナを乗せて飛んでいたし、アーシェたちに対しても大して警戒心は抱いていないようだ。
流石に白狼が一緒ではまずかっただろうが……ともあれドルトは胸を撫で下ろした。
「ぴぃーーーーっ!」
その時、笛のような音が鳴り響いた。
飛竜の翼の下から飛び出してきたのは子竜、レノであった。
稚竜はドルトに向かってまっすぐ飛んでくると、その顔面に着地した。
ドルトは衝撃で身体がのけぞり、倒れそうになるのを何とか堪えた。
「ぐえっ! ったく、全力で突っ込んでくるのはやめろって何度も言ってるだろうがよ」
「ぴゅいー!」
ドルトに抱き下ろされ、子竜は手足をじたばたとさせている。
何度見ても愛くるしいその動作。
子竜を窘めながらも、ドルトの表情は緩んでいた。
「……っか、可愛いのですわっっっ!」
アーシェはそう一声上げると、子竜を捕まえようと突っ込んできた。
ドルトは反射的に子竜をひょいと持ち上げて躱した。
「ぬわーーーっ!」
それを追うようにアーシェはぴょんこらと飛び跳ねるが、子竜には届かない。
必死の顔で、何度も何度も。それでも、まだ。
完全に身長が足りていない結果だった。
「抱きたいのですわ。その子を抱きしめたいのですわ!」
「ちょ、ダメですよアーシェ様。流石にそれは……」
なぁ、と同意を求めるようにドルトは飛竜の方を見る。
だが飛竜は、どうでもいいとばかりに寝息を立てていた。
「いいのかよっ! ったくお前ちょっと人間に気を許しすぎなんじゃないか?」
ドルトの言葉にも飛竜は知らん顔だ。
元々こんな性格なのか、それともアーシェ王女が生き物に好かれる性質なのか、あるいは両方か。
「抱ーかーせーてー! なのですわーっ!」
「……まぁいっか」
親がいいなら別に断る理由もないかと、ドルトは子竜を下ろし、アーシェに抱かせてようとした。
飛竜はそれでも大して気にする様子はない。
改めてそれを確認し、ドルトは子竜をアーシェに抱かせる。
「どうぞ、アーシェ様」
「わーいっ!」
アーシェは恐る恐る子竜に指を触れた。
ひやりとした手触り、まだ柔らかい鱗、くりっとしたつぶらな瞳で見つめられ、アーシェは思わず息を飲んだ。
そして、溢れんばかりの想いを一気に吐き出す。
「ふわぁぁぁぁぁぁっ! やっぱり超可愛いのですわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
アーシェは子竜に抱きつくと、何度も頬ずりを繰り返す。
流石にこれはダメだろと止めようとするも、飛竜はやはり気にするそぶりを見せない。
どうやらドルトの懸命な看護は、飛竜の人間への警戒を随分薄めたようだった。
「可愛いのですわーっ! 愛らしいのですわーっ!」
「ぴーうぃー」
若干困り顔の子竜を力いっぱい抱きしめるアーシェ。
体格差から言って問題ないと判断しているのだろうか。
ともあれ飛竜が良しとしているのであれば、ドルトには止める理由もなかった。
アーシェは思う存分、子竜の感触を楽しんでいた。