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おっさん竜師、第二の人生  作者: 謙虚なサークル
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わがまま王女、到着す

「どーるーとーくーん!」


 ついさっき通り過ぎたばかりのケイトが戻ってきた。

 見れば後ろにはミレーナを連れている。

 どうやら無事、目的は果たしたようだが……はてさて、今度は一体どうしたものかとドルトは訝しむ。


「ドルト殿、よろしいですか?」

「は、何でしょうか」

 

 真剣な面持ちのミレーナに、ドルトは身を硬くした。

 その他には先刻の書状が握られていた。


「実は数日中、隣国ローレライの王女が来訪します。名はアーシェ=メル=ローレライ。国の第四王女です」

「なるほど、しかし何故それを、私に……?」

「実は彼女がここに来る目的というのが――――」


「おっねぇさまーーーーっ!!」


 ミレーナの言葉を遮るように、少女の大きな声が響いた。

 何事かと全員が声の方を向くと、そこには数人の兵士に囲まれた白狼がいた。

 その上にちょこんと乗っているもこもこの毛玉――――よく見れば少女は、ミレーナを見つけるや否やにっこりと笑い、白狼から飛び降りた。


「ミレーナお姉さまーーーっ!!」


 そして少女は、ミレーナに向かって突っ込んできた。

 衝撃で押し倒されたミレーナの上半身は、少女のもふもふな衣服で埋まっていた。


「アーシェ!? もう来たのですか!?」

「えぇ! お姉さまを驚かせたくて! ほんの少しだけ、早くついてしまったのですわ!」

「もう、ちょっとじゃないでしょう。全く本当に困った子ね」

「えへへー」


 起き上がるミレーナに抱き下ろされながら、アーシェははにかむ。

 仲睦まじいその様子を見がドルトが、ケイトに小声で話しかける。


(お姉さまって、二人は姉妹なのか?)

(んにゃ、でもアーシェ王女はミレーナ様を姉みたいに慕ってるのよー)

(なるほど)


 言われてみればアーシェがミレーナに向ける顔は、妹が姉に向けるそれに似ていた。

 そしてその逆も然りだった。


「ガオウ!」


 そのすぐ後を歩いてきたのは巨大な白狼である。


「うおっ、白狼か。すげぇな。本物は初めて見たぜ」


 白狼は、ローレライ領の雪山に生息する固有種である。

 生まれた時は子犬ほどだが数年で大きく育ち、人によく懐く。

 子犬と思って拾ったら実は白狼だった、なんて事も珍しくない。

 ただ、大飯ぐらいで場所も取る為、ペットとして買うのはよほどの金持ちくらいである。


「あのコ、モッフルって言うのよ。昔、アーシェ王女に拾われたんだってさ。すごく懐いてて、寝る時も一緒らしいよ」

「へぇ、よろしくな。モッフル」

「グルルル……」


 ドルトが手をかざすと、白狼は唸り声を上げた。

 どうやら警戒しているようで、ドルトは慌てて手を引っ込めた。


「それよりお姉さまっ! 飛竜が赤ちゃんを産んだというのは本当なのですかっ!?」


 キラキラとした目を向けられ、ミレーナは冷や汗を垂らした。

 視線を逸らし、歯切れ悪く返す。


「え、えぇ……まぁね……」


 実は、数日前アルトレオにはローレライの国王が滞在中だったのだ。

 丁度そのタイミングで子竜が生まれ、アルトレオ国王が折角だからと見せたのである。

 それをアーシェに話したのだろう。


 アーシェの動物好きを知るミレーナは、そうならぬよう口添えをしていたのだが……どうやらぽろっと言ってしまったようである。

 普段は真面目な国王二人だが、彼らは酒を飲むと大層気分が良くなり、色々と残念な感じになってしまうのだ。

 それをよく見てきたミレーナとしては、やはりかとため息を吐くしかなかった。


「見たい見たい! 私それを見に来たのですわ! 見せてほしいのですわっ! お姉さまっ!」

「う、うーん……そうねぇ……」

「今すぐに見たいですわ! お願いしますわ!」


 困った顔のミレーナに、ぐいぐいと詰め寄るアーシェ。

 タイミング的に間違いないとは思ったが、やはりかとミレーナはため息を吐いた。



 その小さな身体を何者かがひょいと後ろから抱き上げた。


 白い手袋、黒い燕尾服とネクタイ。

 執事姿の初老の紳士である。


「いけませんぞアーシェ様。ミレーナ王女が困っておいでです」

「むぅ、セバスったらー!」

「申し訳ありません。ですがレディたるもの、ふるまいには気を付けねばなりません。せめて挨拶くらいは」


 セバス、と呼ばれた紳士は柔和そうな表情で、アーシェを窘めた。


「むぅ」


 しばし頬を膨らませていたアーシェだったが、セバスの言葉に納得したようで、ぽんぽんと衣服を払いドルトらの方を向き直った。


「こんにちわ。お姉さまと下々の者たち。私はローレライ国第四王女、アーシェ=メル=ローレライです。よろしくなのですわ」


 アーシェの言葉に、ドルトとケイトは膝をついた。


「は、すみません。呆気に取られておりまして」

「ご機嫌うるわしゅう存じますー」

「いいですわ。そんなに気を遣わなくても、いつも通りで」

「はーい、ありがとうございますー」


 そう言ってあっさり立ち上がると、ケイトは大きく伸びをした。


「ふん、それにしてもケイトは毎度それをやるのですわね。長い付き合いですし、別にいいと思うのですわ」

「いやぁ、王女様なので、一応」

「一応は失礼ですわ」

「ゴメンなさいー」


 でへへと照れ笑いをするケイトを見て、アーシェはあきれた様子で笑う。

 そしてふと、気づいたようだ。

 見知らぬ男がいる事に。


「……そういえばあなた、初めて見る顔なのですわ」

「申し遅れました。私は最近アルトレオにてお世話になっております、ドルト=イェーガーと申します」


 そう言って頭を下げるドルトを、アーシェは手で制する。


「なるほど、ドルトですね。あまりそう、かしこまらなくて結構なのですわ。楽にして欲しいのですわ」

「は、しかし……」

「いーからいーからドルトくん。普通にしなって」

「……わかりました」


 立ち上がるとドルトの身長はアーシェの倍ほどはあった。

 アーシェはドルトを見上げるように、胸を張る。


「ふーん、お姉さまが言っていた竜師の男というのはあなたなのね。凄腕だとか」

「いえ、普通ですよ」

「どうだか。お姉さまが普通の男相手に惹かれるはずが――――」

「ちちちちょーーっとアーシェ!?」

「むきゅ!?」


 慌てた様子で飛び出してきたミレーナに口を押えられ、アーシェは目を白黒とさせている。


「飛竜の子供が見たかったのよね? その為にきたのよね?」

「ぷはっ! 見せていただけるのです?」

「えぇいいわ。でもその前に少し、お茶をしましょうか。久しぶりに会ったんですもの、ゆっくりと話をしたいわ。兵の皆さんも長旅でお疲れでしょうし」

「そうですね! そうなのですわ! お茶にしましょう、セバス!」

「かしこまりました」


 そうして慌ただしく、お茶会が始まったのである。

 アルトレオのメイドたちが囲む中、ミレーナとアーシェがケーキを食べながら談笑している。


 そこから少し離れた場所で、ローレライの兵たちがテーブルを囲んでいた。

 度を労うため、メイドAが各々にお茶を汲んで回っている。

 食事も振る舞われているようだ。

 モッフルも大盛りの犬餌を、バクバクと美味しそうに食べている。

 ドルトとケイトはその様子をぼんやり眺めていた。


「おなか、すいたね」

「だな。そういえばお昼、まだだったよな」

「私、朝ごはんも食べてないんだよー」

「それは自業自得」

「ひどいー」


 ケイトの言葉と同時に、二人の腹が仲良く鳴った。

 がっくりと二人して、肩を落とす。


「もしお二人とも、よろしければ私の作ったものを召し上がりますかな?」


 声をかけてきたのは初老の紳士、セバスだ。

 手にしたバスケットには白い布がかけられ、そこからはいい匂いがしている。

 それを見たケイトは目を輝かせた。


「いいんですかっ!」

「どうぞどうぞ」


 セバスが白い布を取ると、中には色とりどりの具材を詰め込まれたサンドイッチが敷き詰められていた。


「おお、美味そうです」

「いただきまーーーー!」


 大きな口を開け、ケイトはすごい勢いでサンドイッチを食べ始める。

 気持ちのいい食べっぷりにセバスは目を細めた。


「昼までにアルトレオに着かなければ、アーシェ王女に食べていただこうと思っていましたのですよ。ですが少し早くついてしまったので用なしになりました。ドルト殿も、よろしければ是非」

「ありがたいです!」


 両手を合わせ、ドルトもバスケットに手を伸ばす。

 二人はよほど腹が減っていたようで、瞬く間にサンドイッチはなくなっていく。

 ニコニコしながらセバスはそれを眺めていた。


「どうですかな?」

「めちゃめちゃ美味しいですーー!」

「えぇ、とても。えーさんの料理に勝るとも劣らずですよ……あ」


 少し失礼なことを言ってしまったかと口元を押さえるドルトだが、口いっぱいに頬張ったサンドイッチがそれを遮った。

 しかしセバスは機嫌を損ねることなく、むしろ興味を持ったようだ。


「ほう、えーさんとは何者でしょう?」

「あー、その。あそこにいるメイドさんです」


 ドルトの指さした先には、見慣れたメイドの姿は消えていた。


「なるほど、私の料理と同レベルとは聞き捨てなりませんね」

「え、えーさん!?」


 いつの間にやら背後にいたメイドAにケイトは驚き声を上げた。

 それを見たセバスは感心したように、蓄えた白髭を撫ぜる。


「ほう、見事な身のこなしです。貴女が『えーさん』ですかな?」

「ドルト様にはそう呼ばれています。最近は他の皆様にも」

「ふむ……」


 少し考え込むセバス。

 メイドAは全く気にせず、バスケットに手を伸ばした。


「お一ついただきますね」


 そう言ってメイドAはセバスのサンドイッチを口に入れる。

 目を閉じ、もくもくと口を動かし、十分に味わった後、飲み込んだ。

 上品に口元を拭いて、満足げな息に漏らす。


「確かに、素晴らしい仕事です。パンは日持ちするよう密閉した容器で保存していますね? それを今しがた軽く焼いて、香ばしさを出している。基本に忠実なバターサンドですが、ほんの少し塗られたカラシがより風味を深めています。ゆで卵も半熟で、とろりとした触感がたまりません」


 長々と解説を入れるメイドAに、セバスは目を見開いた。


「ふむ、面白い。一口で見破るとは、かなりの給仕力と見受けました。是非名をお聞かせ願いたいのですが?」

「メイドAとお呼びください」

「なるほど。それで『えーさん』というわけですかな?」


 ふむふむと頷くセバス。

 二人は何やら通じ合うものがあったようだった。


「……もしよろしければ、夕飯をご一緒させて頂きたい。無論、作る方で」

「いいでしょう。メイド長に話を通しておきます。存分に腕を奮い合いましょう」


 二人が火花を散らす様子を見て、ドルトが呟く。


「今日のご飯は豪勢になりそうだな」

「いいなぁ、羨ましいなぁドルトくんは!」

「残り物でよかったら明日詰めて持って帰ってやるよ」

「わーい! やったね!」


 その日の夕食は、目論見通りとても豪勢であった。

 調理が終わった後、二人は固く握手をしていたとか。

 アルトレオ調理場にて、語り継がれる伝説が誕生した日である。

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