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おっさん竜師、第二の人生  作者: 謙虚なサークル
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わがまま王女、子竜を見に来る

 ――――アルトレオ連邦。

 山に囲まれた小さな国の集まりで、古くから多くの竜が住む地である。

 気候、風土も竜にとって良好で、アルトレオの竜は他国のものより非常に優れていた。


 竜の育成は国の至る所で行われており、国が一旦買付けして他国へと輸出される。

 その資金で国は回り、人々は貧しいながらも日々をそこそこ幸せに過ごしていた。


 街の中心には石造りの城が建てられており、その上空には飛竜が舞っていた。

 アルトレオ王女、ミレーナの愛竜である。

 本日は主を乗せず、気ままに空を飛んでいた。


「随分、良くなったみたいですね」


 男が呟く。

 精悍な顔立ちにがっしりとした身体。

 腕まくりし、露出した部分からは鍛えられた肉体が覗いている。

 肌が浅黒く焼けているのは、日々太陽の下で働いている証だった。

 ドルト=イェーガー。

 元、大国ガルンモッサの竜師だが、解雇され今はこのアルトレオで働いていた。


「えぇ、ドルト殿のお陰です」


 ドルトの横にいた女性が言った。

 青を基調としたドレスは本来のものより丈を短めに作られており、動きやすくなっている。

 美しく金色に輝く長い髪を、後ろで丸めていた。


「いえいえ、私のやった事など些細なこと。ミレーナ様の飛竜を想う気持ちが、飛竜を回復に導いたのでしょう」

「そのような……」


 ミレーナと呼ばれた女性は、ドルトの言葉にほんのりと頬を赤く染めた。

 アルトレオ王女、ミレーナ。

 先刻までの凜とした表情はどこへやら、恋する少女のそれに変わっていた。

 頬に手を当て、恥ずかしさを隠そうとはするものの、それが逆にバレバレだった。


「ガァァァァ!」


 上空からの咆哮に二人は空を見上げる。

 飛竜は久しぶりの飛行に満足したのか、旋回しながら降下を始めた。

 それを見たドルトは竜舎の方を向く。


「どうやら帰ってきましたね。ミレーナ様、私は飛竜を迎えに行きますので、これで」

「はい、頑張ってください」


 頭を下げ、駆けていくドルトの背中を、ミレーナは小さく手を振り見送るのだった。


 城の屋上にある飛竜の竜舎、その前にある広場へと、飛竜はゆっくり降りてくる。

 バサバサと翼を打ちおろす音、そのたびに強風がドルトの全身を叩く。

 飛竜は無事、着地した。

 下げた首をドルトは撫でてやる。


「よしよし、もう飛行も大丈夫なようだな」

「グゥゥゥ……」


 飛竜は心地よさげな声で鳴き、撫でられるままになっていた。

 飛竜の腹部にはまだ包帯が巻き付けられていた。

 卵を産む際に傷ついた時のものだが、もう外してもいい頃かとドルトは思った。


「どーるーとーくーん」


 間の抜けた声に振り向くと、大きな瓶底メガネをかけた女性が駆けてくる。

 茶色の髪は手入れされておらずボサボサで、適当にまとめて後ろで括っていた。

 つなぎ姿で長靴を履き、うす汚れた格好である。

 アルトレオの竜師、ケイト。

 慌ただしく駆けてくる彼女の手には、一枚の書状が握られていた。


「はぁ、はぁ、ミレーナ王女、見なかった?」

「さっきまでテラスにいたけど……どうかしたのか?」

「うん、実はお隣のローレライから書状が届いてさ。ちょーーっと、面倒な事になりそうなんだよねぇ……ま、細かい事は後で! 私行くからー。じゃ!」


 ケイトはそう言って駆け出した。

 ローレライといえばアルトレオ連邦に連なる国の一つで、国境付近にあり防衛を主に任されている国だ。

 代わりに連邦他国から支援を受けており、連邦内でも発言力の強い国である。


「そこからの手紙ってことは、偉いさんたちが関係してるんだろうな。俺には関係ないか」


 ドルトはそうひとりごちながら、飛竜を連れて竜舎へと戻るのだった。




 ――――その頃、アルトレオ領国境付近では、十数人規模の小隊が列を成して移動していた。

 騎馬に囲まれたその中心には、大きな白狼が見える。

 金色と青色の瞳を片方ずつに持ち、全身はふさふさの白毛に覆われていた。


 狼には鞍が取り付けられ、その上には年の頃十かそこらの幼い少女が乗っていた。

 その風貌で特に目立つのは大きな帽子。

 色素の薄い髪がクルクルと踊るように巻き流れ、キュロットスカートに赤と白、ストライプ模様のカーディガンを纏っている。

 衣服の至る所にファーをふんだんに使われており、モコモコなその姿は、遠くから見ればまるで毛玉のようだった。

 少女は随分と気分が良いようで、ふんふんと鼻歌を歌っている。


「楽しみだわ。とっても楽しみだわ。ね、モッフル?」


 少女は楽しげに白狼に話しかけた。

 小さな手がふさふさの毛に埋もれ、獣特有の高い体温が少女の手を温める。


「ガオウっ!」


 首を撫でられ、元気よく白狼は吠える。

 少女はうっとりとした顔で、遠くアルトレオを望む。


「私、飛竜の赤ちゃんって見たことないのよ。あぁ、一体どんな姿なのかしら? きっとすごく小さくて、愛らしいのだわ。楽しみなのだわ。とっても楽しみなのだわ」


 小さな手を合わせ、目を潤ませながらほうと息を吐く。

 その様子を見て白狼は不機嫌そうに鳴いた。


「ウウゥ……」

「あら、悲しそうな声で鳴かないでモッフル。もちろんあなたの事も大好きよ。本当よ」

「ガウー……?」

「嘘なんてつかないわ。その証拠を見せるわ。きゅーっ!」


 そう言うと少女は、白狼の首に両手でしがみつく。

 ふさふさの身体に、少女の小さな身体はほとんど隠れてしまっていた。

 思いきり抱き締められ、白狼は満足そうに全身を震わせた。


「ガウっ!」

「きゃ! よかった。機嫌を直してくれたのね。嬉しいのだわ」


 少女は白狼に抱き着いたまま、頭を撫でた。

 そのたびに首元の鈴がちりりんと鳴った。


 しばらくそうしていただろうか、小隊の中から一人、執事姿の初老の男が少女に近づいてくる。

 男は少女の前で、恭しく頭を下げる。


「アーシェ王女、アルトレオが見えてまいりました」

「ほえ?」


 アーシェと呼ばれた少女が前を向くと、地平の先には建物が幾つか見えてきた。

 どうやら白狼と戯れている間に随分進んでいたようである。

 目に映る光景に、アーシェは目をキラキラと輝かせた。


「わぁっ! もうすぐだわ! もうすぐ竜の赤ちゃんに会えるのだわ!」

「ガオーゥ!」


 アーシェの歓喜の声に合わせ、白狼は吠える。

 少女一人乗せてなお、白狼の足取りは重さを微塵も感じさせなかった。


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