おっさん、感動する
「……おー? ここは一体……どこだろな……っと」
そうぼやきながらドルトは目を開ける。
あの後、倒れるように眠ったドルトはベッドに入った記憶すらなかった。
重い身体を何とか起こし、辺りを見渡すとどうやら自室のようだ。
誰かが運んでくれたらしい。
「おはようございます。ドルト様」
「……おはよう。もしかして、えーさんが運んでくれたのか?」
「えぇ。身体を拭いたり着替えさせたりしたのも私です」
ドルトはメイドAの言葉でようやく、汗と血にまみれていた自分の身体が綺麗になっているのに気づいた。
しかも裸である。
目の前の少女に全て見られたのかと思うと、変な汗が出てきた。
顔を赤らめるドルトに気づいたメイドAは、くすりと微笑む。
「大丈夫ですよ。そこまでじっくり見てはおりません。それ程立派なものでもありませんでしたので」
「何気にひどいなオイ」
「よく言われます。何故か」
「自覚なしかいっ!」
こんな時でもマイペースなメイドAに、ドルトはつっこんだ。
全く、と呆れながらも思い出す。
治療した飛竜がまだ、要警戒状態な事を。
「飛竜はどうなった!?」
「私はドルト様を連れて帰ってから、ずっと見に行っていません。自身で確認した方がよろしいのではないでしょうか?」
「そうだな! 行ってくる!」
「お召し物はこちらに。洗濯しておりますので」
「助かる」
ベッドから飛び起きたドルトは、差し出された作業着に袖を通した。
服からは太陽の匂いがした。
急いで竜舎へ向かい、扉を開ける。
飛竜の側で、ケイトは他の竜の世話をしていた。
「おードルトくん。おはようー」
「ケイト! 飛竜の調子はどうだ!?」
「ずっと寝てるよ。私は暇だから他の子たちの相手をしてたー。セーラたちもとりあえず帰ったよ」
「ふむ」
そう頷いてドルトは、飛竜に近づく。
どうやら深く眠っているようで、その瞼は固く閉じられていた。
「ね、ずっとこんな調子だったよ」
「……やはり弱っているな」
更に近づいてドルトは飛竜の身体に触れた。
口を開けて舌を触り、瞼を開いて眼球の動きを見る。
「わお、ドルトくん、お医者さんみたい」
「見様見真似だよ。昔、知り合いの竜医に教えてもらったんだ。……そう問題はなさそうだけど、少し体温が下がっている。俺は暖房をつけるから、飛竜に被せる用の乾草を持ってきてもらってくれ」
「わかったよー」
まだ予断を許さない状況だ。
細心の注意を払う必要があった。
外には暖房器具が取り付けられている。
竜舎の外壁には張り巡らされた空間があり、窯に薪を焚べる事で、熱が部屋中を温めるという寸法だ。
火をつけようとしたドルトは、そこで薪がないことに気づいた。
仕方がない、買いに行くかと台車を引いて街へと降りようとする。
「あーーーーっ!」
それを見つけたのは、セーラだ。
訓練中なのも構わずドルトの方へと駆けて来る。
「何してるのよおっさん!」
「薪を買いにな。竜が寒がってる」
「私が行ってくるわ。貸して!」
そう言うとセーラは、ドルトから荷車を引ったくる。
「いやしかし……重いだろ?」
「ばーか、この程度重いうちに入りませんよ。力仕事は任せてよね」
「女子なのにいいのか?」
「いいわよ。たまにはね」
ぱちんとウインクをすると、セーラは街へ駆けて行く。
荷車をゴロゴロと引きながら、その速度は確かにドルトより速かった。
「やれやれ、助かったぜ」
ならばとドルトは竜舎へと戻る。
飛竜の舎には、ケイトが大量の乾草を運び込んでいた。
「これだけあれば十分かい?」
「量はな。だが乾草が少し大きい。これじゃあ隙間が出来る。裂いて細かくしてから被せていこう」
「了解ー」
大きな乾草を重ねても、隙間が大きくなり保温性が悪くなる。
それを防ぐため、ドルトとケイトはせっせと乾草を幾つかに裂いて、飛竜に被せていく。
しかし、所詮は二人作業。
その進みはあまり早いとは言えなかった。
「……もう、このまま普通にかけちゃう?」
「うーむ、もう少し細い乾草があればなぁ」
無い物ねだりをしても仕方ない。
ドルトたちが諦めかけた、その時である。
目の前の乾草束の幾つかが、一瞬で細く割れた。
「……これで、いいのですか?」
声の主はナイフを手にしたローラであった。
「お、おう……今の、どうやったんだ?」
「普通にナイフを振っただけです」
ローラが再度、ナイフを振るうとまた、乾草が割れた。
動きが早すぎて、ドルトには何をしたのか全くわからなかった。
「これは、すごいな!」
「器用なので」
「どんどん頼む! ケイトはローラが裂いた乾草をこちらに運んでくれ」
「あいよー!」
細くなった乾草を、ドルトは飛竜の背中にかけていく。
みるみる内に、飛竜の身体は乾草に包まれていく。
ほぼ終わりかけた辺りで、竜舎の扉が開きセーラが入ってきた。
「薪、買ってきたわよ! おっさん」
「セーラか。あとは頼む、ケイト」
「へいへい、全くドルトくんは人使いが荒いねぇ」
竜舎の外、暖房器具へとセーラが買ってきた薪を焚べていく。
薪は荷車に山盛りになっていた。
あまりの量に、ドルトは呆れる。
「よくこんなもの引いてこれたな……」
「一生懸命引いてきたわ」
そう言って胸を張るセーラ。
男顔負けの腕力である。
この細腕のどこにこんな力があるのかと、ドルトは呆れた。
「いや、大したもんだ。すげぇよお前ら」
セーラもローラも、伊達に若くして王女様の護衛をしていない。
ドルトに褒められ、二人は少し照れくさそうに笑うのだった。
薪を燃やすと、竜舎の温度は上がっていく。
中に戻ると飛竜の上には乾草が積まれ、暖かそうにしていた。
「ちょっと暑いくらいね」
「まぁ竜はデカいからな。これくらいで丁度いいさ。他の飛竜には迷惑かもしれないがな」
ドルトはパタパタと首元を開いて扇ぐ。
その時、飛竜の目がゆっくりと開いた。
「おっ、起きたみたいだよ!」
だが、飛竜はすぐに目を閉じて寝息を立て始める。
どうやら一時的に目を開けたようだった。
それでも、どうやら峠は越えたようだ。
「順調に快復しているみたいだな。まだ注意は必要だけど。さ、静かにしてやろうぜ」
「私たちは訓練に戻ろう、セーラ」
「そうね。何かあったら呼びなさい。おっさん」
「おう」
セーラたちを見送るドルト。
誰もいなくなった竜舎の中、安らかな顔の飛竜をじっと見つめる。
と、不意にドルトの目が濡れた。
ガルンモッサでは竜は基本的に使い捨てだった。
手負いの竜は危険だし、下手に治療しようとして逆にけが人を増やす恐れもある。
それに竜師も少なく、人手は常に足りない。
更にいいか悪いか、金は腐るほどあった。竜などいくらでも買えたのだ。
だから、効率を考えれば、そうするのが最適だった。
ドルト自身、こっそり助けようとはしたが限界があった。
時間はなく、手伝ってくれる人もなく、自身の余裕もなく。
……竜が死ぬのを何度も見てきた。
そんな日々が続き、ドルトは竜たちに感情移入しないように接してきた。
番号で呼んでいたのもそのせいである。
多忙な生活はドルトの心を殺していった。
もう竜が死ぬのは見たくない。だから竜師なんて二度とやらない。
国を出る時、そう思った。
――――それでも、今日やっと、助けられた。
救えた命にドルトの目から涙が零れ落ちた。
しばらくドルトは涙をぬぐうのも忘れ、じっと飛竜を見ていた。
「……っといけねぇ、仕事仕事……っ!」
ごしごしと目をこすり、ドルトは作業を始める。
飛竜の様子を見守るのもそうだが、他の竜たちの世話もせねばならない。
普段より温度の上がった竜舎での作業で、ドルトの額には瞬く間に汗が浮かんでいく。
それでもドルトの動きはしっかりしており、表情は晴れやかなものだった。
その様子を、いつの間にか起きていた飛竜はじっと見ていた。