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おっさん竜師、第二の人生  作者: 謙虚なサークル
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王女様、懐古する

「ふぃー、終わったぁー……」


 ぐったりと壁に寄りかかるケイトの横で、ドルトも大きく息を吐いた。

 長くかかった手術はようやく終了した。

 傷口は拙いながらも何とか縫合され、血は完全に止まっていた。


 手は尽くした。だが素人手術だし、どうなるかはわからない。

 ドルトに出来る事はこれ以上、なかった。


「とりあえず、ひと段落だな」

「お疲れドルトくん」


 ぱちんと手を合わせ、二人はカーテンを開け外へ出てくる。

 外では夜遅くにも関わらず、ミレーナたちが待っていた。


「ドルト殿! エメリアは……どうなりました!?」

「今は眠っています。傷口は何とか縫い止めましたが、血が流れすぎたのでどうなるかは……」

「そう、ですか……」


 厳しい言葉にミレーナは肩を落とす。

 実際問題として、状況は厳しいと言わざるを得ない。

 飛竜は他の竜に比べると、幾分デリケートな生き物なのだ。


「とりあえず今日はこれで様子を見よう。何かあるといけないから俺が夜通し見ておく。皆は今日は解散してくれ」

「でも……ドルトくんも疲れてるんじゃ……?」

「大丈夫。それにケイトは初めてだったんだろ? 相当疲れたはずだし、今日は休みな。俺も朝には休ませてもらうさ。交代だ」

「ごめんよ、ありがとう。……正直ちょっと限界だった……っとと」


 そう言って蹌踉めくケイトをセーラとローラが支えた。


「私たちは残るわ。ね、ローラ」

「えぇセーラ、何かやることがあるかもしれませんし」


  二人の申し出に、しかしドルトは首を振る。


「いや、大丈夫だ。二人にはまた明日、ケイトの補助をして貰うからな。俺もいないし、力仕事を任せたい」

「力仕事ってそれ、女子に任せる仕事?」

「別に非力ってこともあるまいよ。竜騎士だろお前ら」

「構わない。そこらの女子よりは力はあるつもり。特にセーラは」

「ちょおーい! ローラってばひどくない!?」


 セーラとローラのやりとりに、皆が笑った。

 張り詰めていた緊張の糸が初めて緩んだ瞬間だった。


「……何かあれば起こしに行くよ。さ、ミレーナ様も」

「でも……」

「そうですミレーナ様、これ以上の夜更かしはお身体に触ります」

「ほら、えーさんもそう言ってますから」

「……わかりました」


 渋々と言った様子で、ミレーナはメイドAに連れられて竜舎を出て行く。


 全員が竜舎から出て言ったのを見送ると、ドルトは飛竜へと視線を向けた

 今は静かに寝ているが、何が起こるかわからない。

 飛竜の様子を注視しようとするドルトの瞼が、知らぬ間に閉じられていた。


「……っ! いかんいかん」


 慌てて首を振り、目を開けるドルト。

 ドルトの眠気も限界だった。

 何度もウトウトするのを、首を振って耐える。


 それからどれくらい経ったろうか。

 規則的な竜の寝息のみが響く静寂の中、ドルトは睡魔と戦っていた。


「やべ……ね、そう……くそっ……起きろ……」


 意識が飛びそうになり、必死に耐えるドルト。

 膝を抓り上げ、頭を壁にぶつけても眠気は襲ってくる。

 意識が朦朧としつつあるドルトの耳に、ふと聞き覚えのある声が飛び込んできた。


「ドルト殿」


 不意に聞こえてきた声に振り向くと、そこにはミレーナが立っていた。

 手にはコーヒーカップを二つ、持っている。


「ミレーナ様……! どうしてここに」

「眠れなくて。それに、エメリアが心配ですから。……隣、座っていいですか?」


 ドルトの返事も待たず、ミレーナはその隣に腰掛ける。

 コーヒーの香りがドルトの鼻をくすぐった。


「どうぞ。眠気覚ましになりますよ」

「ありがとうございます。実は眠くて仕方がありませんでした」

「ふふ、でしょう?」


 くすくすと笑うミレーナ。

 だがその指は、細く震えていた。


「エメリアが、死んでしまうかと思うと……怖くて寝れなくて……抜け出してきちゃいました」


 震えを止めるように、ミレーナは膝をぎゅっと抱える。


「はは、情けないですよね……私ったら、一国の王女なのに」

「……情けなくなんてないですよ。立派だと思います」

「こんな、王女がですか?」

「ここは竜の国、アルトレオですよ。そんな王女様こそがふさわしい。少なくとも私はそう思います」

「ドルト殿……」


 ミレーナの顔はろうそくの光に照らされ、ほの赤くなっていた。

 呆けたような呟きには、様々な感情が混じっていた。


「そういえば昔、似たようなことがあったのを思い出しました」

「え……?」

「私が昔、この国に来た時の事です。怪我をした竜の手当てしていると、子供たちが近づいて見に来たんですよね。血を流す竜を見て、怖いだの気持ち悪いだの、ワイワイ騒いで逃げていきました。……でも一人、残って言ったんです。可哀想だって」


 その言葉にミレーナはハッとなる。

 その残った子供の一人というのは、ミレーナの事だった。


「その子供は私が竜の治療をするのを、じっと見ていました。向こうへ行きなさいといったんだけど、聞かなくて……震えているのに、そこから動かないんですよ。がんばれ、がんばれって、小さな声で言ってるんです。それが今のミレーナ様そっくりで」

「それは――――」


 その正体は私だ、とはミレーナは言えなかった。

 ミレーナは子供の頃、よく城を抜け出しては城下町の子供たちと泥だらけになって遊んでいた。

 美しい金色の髪を目深帽子の下に隠し、庶民の服を身に纏い、子供ながらの変装をしては男の子に混じりチャンバラやかけっこをしていた。

 途中で気づいたメイドに連れ去られるのが常であったが、楽しい幼少時代の思い出の一つだ。


 そんなある日、街で遊んでいると暴走した竜が自分たちのところへ突っ込んで来たのだ。

 その場にいた全員が死を覚悟した瞬間、偶然立ちはだかったのが、ドルトだった。


 ドルトは身を呈して子供たちを庇い、竜の方向を逸らした。

 しかし当時は未熟だったドルトは避け損ない、自らも傷を負ったのである。


 一緒に遊んでいた子供たちは、血を流す竜とドルトを見て泣きだし逃げてしまった。

 それこそ「怖い」「気持ち悪い」と言って、だ。


 そんな中、ドルトは自身が傷を負っているにも関わらず、竜の治療を始めたのだ。


 幼き日のミレーナは、怪我をした竜を治療するドルトから目が離せなかった。

 他の子たちが逃げていたことなど、とうに頭の中から消えていた。


 その時のドルトの言葉を今でも憶えている。

 〝君は優しいんだな〟と。

 血を流しながら、微笑みながらの言葉だった。


 手負いの竜ほど危険なものはない。

 子供であるミレーナでも知っている事だ。


 そんな竜相手に全く怯む事なく、むしろあやすように接するドルトを見て、こんな風に竜と関る人間がいるのかとミレーナは思った。


 今まで見たどんな竜師も、手負いの暴れ竜相手には怯え、逃げ出すのみだった。

 それを相手取り、あまつさえ治療を行うような竜師を、ミレーナはドルト以外に見た事がなかった。


 それからである。

 城に招かれた竜師、ドルトを気にかけるようになったのは。


 最初は遠巻きに眺めていた。

 時々声をかけてみた。

 たまに、飲み物を持って行ってみた。

 飲みかけのコーヒーを一口貰い、それ以降、好んで飲むようになった。

 何カ月かに一度、ドルトの来る日を待ち望むようになった。

 ドルトが来なくなれば、何か用を見つけてはガルンモッサに行くようになった。

 ――――そして気づけば、惹かれていた。


「ミレーナ様?」


 ドルトの言葉でようやくミレーナは気が付いた。

 どうやら転寝をしていたようである。


「すみません、起こしてしまいましたか?」

「いえ! 寝てはおりません! えぇ、可愛らしい子供だなと」


 言ってすぐ、それは自分自身だと気づいたミレーナは口元に手を当てる。

 だがそれにドルトが気づくはずもなかった。


「そうです。可愛らしい子供でした」

「そ、そうですか……?」

「えぇ、とても」

「それは……何よりで」


 俯くミレーナはそれ以上何も言わなかった。

 ドルトは眠ってしまったのだと思っていたが、眠れるはずはなかった。

 煩いほどの心臓の音がドルトに聞こえませんように、とミレーナは思っていた。



 ――――翌日、飛竜は目を覚ました。

 その腹には包帯が巻かれている。

 出血は止まっていたが、飛竜の動きは緩慢だった。

 這いずりながらも卵を抱きかかえるようにして、横たわる。

 ミレーナの目にはクマができていた。

 飛竜の無事を確認し、ほっと胸を撫で下ろす。


「よかった……! エメリア……!」


 安堵のあまり崩れ落ちるミレーナを、ドルトは支える。

 結局一晩中、ミレーナは飛竜の傍を動かなった。

 これで目を覚まさなかったらどうしようかとドルトは思ったが、飛竜の無事にほっとしていた。


「ミレーナ様、もういいでしょう。お休みください」

「あ……そ、そうですね! やだもう。きっと私、ひどい顔です。恥ずかしい」


 ミレーナの顔は涙の跡が残り、薄く塗った化粧は所々崩れていた。

 今、初めてそれに気づいたミレーナは、ドルトから逃げるように顔を隠す。

 それを見たドルトは顔を綻ばせた。


「いえ、お美しいですよ」


 ぽろっと溢れた言葉はドルトの本音だった。

 死の間際の竜への想い、慈愛の心、それが表れた顔だった。

 それを聞いたミレーナは、顔を赤らめる。


「え、えぇいや……し、失礼します!」


 走り去るミレーナを見送りながら、ドルトもその場で座り込む。

 手術を終え、一晩ミレーナに付き合ったドルトの体力は限界だった。

 ケイトらが来るのを確認してすぐ、まどろみに落ちていく。

 薄れゆく意識の中で、ケイトらの呼ぶ声が聞こえた。


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