団長、激昂する
「飛竜が怪我をした……と。はぁ、それは殺すしかありませんな」
――――ところ変わってガルンモッサ国。
その竜騎士団長にそう言ってのけたのは、初老の男だ。
ドルトの代わりに竜師として入った男は、やる気のない目で団長に言う。
あまりに人を舐めたその態度に団長は思わず男に掴みかかった。
「大した傷ではない! 治療をすれば助かるはずだ! それを殺すだと!? 馬鹿言うな、飛竜はとても貴重なんだぞ!」
「いてて……そうは言われましても、上の命令ですので」
「~~~っ! 貴様では話にならんッ!」
掴んでいた手を振り払うと、男は壁に打ち付けられた。
倒れ伏す男を一瞥し、団長は男の上司である竜師たちのいる部屋へと踏み入る。
部屋の中は紫煙で曇っており、ぱち、ぱちと駒を打つ音が聞こえてきた。
竜師たちは煙草を燻らせ、コーヒーを飲みながら、卓上遊戯に興じていた。
やった、だのやられた、だの、下卑た笑い声が部屋に響いていた。
そのうちの一人が、団長が入ってきたことに気付いた。
「おお、団長殿。どうしました。珍しい」
「よろしければ一局、打っていきますかな?」
あまりにものん気なその態度に、団長は苛立ちを隠さず盤を蹴り飛ばした。
駒が辺りに散らばり落ちて、竜師たちはぽかんとした顔をした。
団長は真っ赤な顔で叫んだ。
「貴様ら何を遊んでいる! 飛竜が怪我をしたのだ! 治療をしてくれ! 誰でもいい!」
その言葉に顔を見合わせる竜師たち。
しばし沈黙ののち、腕を組み難しい顔をした。
「いやぁ、しかし竜の治療は非常に危険が伴います」
「えぇ、手負いの竜は危険……というのは竜騎士団長であれば当然知っているはずでは?」
「そうですとも。殺すしかないでしょう。いつも通りに」
うんうんと頷く竜師たち。
団長はそのうち一人の襟首を捕まえ、頭突きをかました。
がつん! と音がして竜師の額から血が流れる。
男は額に手を当て、傷がついていることに気付くと気を失った。
団長の表情はあまりの怒りで鬼のような形相になっていた。
「な、なんですか!? 乱暴はよくないですぞ!?」
「貴様はそれでも竜師か! 面倒を見ている竜を殺そうなどとよくぞ言えたな!」
団長の怒りは頂点に達していた。
上級竜師たちはその怒りに震える。
先刻までの緩み切った態度を改め、直立不動の姿勢を取った。
「で、ですが竜の治療なぞここの誰も出来ません。そのような事を、我々は教えてもらっていませんので」
「それはドルトも同じだ! あいつは庶民で、竜の知識など殆どないまま竜師になったのだぞ!? 何も知らんのに、見様見真似で怪我の治療だってしていた! たった独りでな! 俺はそれを何度も見てきたッ!」
「し、しかし……あの男は失敗していたでしょう? それも一度や二度ではない」
「我々は何度もやめろと言いました。それでもやめない……愚かな男ですよ。あいつは」
「そうです。もし失敗して竜が大暴れしたら甚大な被害が出るのですぞ?」
「団長殿にその責任が取れるのですかな?」
当時、ドルトは怪我をした竜を治療しようとしていた。
手を貸してくれる人もおらず、独りで何とかしようとして――――結果殺してきた。
当然、その間は他の仕事は出来ない。
それで竜騎士たちから不満が上がり、上の竜師たちはドルトを呼び出し、指導を行った。
まともに世話も出来んなら、やめてしまえと。
そしてドルトに竜の治療を禁止したのである。
結果、怪我をした竜は殺せという命令だけが残った。
それでもドルトは、怪我をした竜を隠れて助けようとしていた。
救われた竜も数多くいる。団長はそれを知っていた。
だからドルトを愚か者呼ばわりする竜師たちが許せなかった。
殺したいほどの衝動を押さえ、踵を返す。
これ以上、連中の顔を見ていると殺してしまいそうだった。
「~~~~ッ! もういい! 貴様らの手は借りぬ!」
団長は扉を叩きつけ、部屋から出ていった。
叩きつけられた衝撃で扉は歪み、そこから隙間風が吹いていた。
風に吹かれ、誰ともなく竜師たちはへなへなと腰を下ろした。
結局怪我をした飛竜は竜騎士団の者たちで治療することになった。
だが、慣れない人間の集まりである。
怪我人を多く出し、なんとか治療を試みるも――――その甲斐はなく、飛竜は命を落とした。
団長を中心に、竜騎士たちはうなだれる。
もう少し適切な処置が出来ていれば、道具を揃えていれば……ドルトが使っていた道具も幾つかは残されていたが、ほとんど使い方のわからぬものばかりだった。
彼らにはあまりにもノウハウがなかったのだ。
「くそッ!」
団長が床を叩くと、藁がバラバラと舞う。
中には涙する者もいた。
悲嘆にくれるその様子を、竜師たちは壁に隠れて覗き見ていた。
(ふっ、見ましたか? あれだけ大口を叩いておいて、結局殺してしまいましたよ)
(えぇえぇ、何とも情けない。全く竜騎士団長と言えど、口だけですなぁ)
(涙を流せば許されるとでも思っているのでしょうか。情けない男です)
(あぁはなりたくないものです)
彼らの笑みは、更に大きくなっていく。
(これは責任問題として、王に報告しましょう)
(素晴らしい! 我々の指示を無視して飛竜を悪戯に苦しめて殺し、竜騎士たちに傷を負わせた罪は重い!)
(更迭されるかもしれませんな! あの野蛮な男め!)
額に包帯を巻いた男が、憎々しげに言った。
周りの者たちは然り、然りと頷く。
「……貴様ら」
「おっとと」
それに気づいた団長がひと睨みすると、上級竜師たちは慌てて退散していった。
団長は視線を飛竜へと戻す。
飛竜の脚に付いた傷は、そう深くなかった。
治療が遅れなければ、十分に間に合ったはずだ。
――――そう、大した怪我ではなかった。
最初から竜師たちを当てにしなければ……自分たちが竜の治療に精通していれば……
ドルトがいて、竜騎士団が協力すれば救えたはずの命。
団長は飛竜の亡骸を見ながら、壁に拳を叩きつけた。
石作りの壁に、ヒビが数本入った。
(くそ、帰ってこい、ドルト……!)
力なく去っていく竜騎士たちを見ながら、団長は自らの力のなさを嘆いていた。