おっさん、メイドに付き合う
「お弁当、お持ちしました。ドルト様」
「おう、ありがとな。えーさん」
竜舎にて、竜に餌やりをしていたドルトは、弁当を持ってきてくれたメイドAと名乗る少女にそう答える。
メイドAと呼べとは言われていたが、あまりに呼びにくいのでドルトはえーさんと呼んでいた。
「悪いな、毎日持ってきてもらってよ。食いに帰るの面倒なんだよ」
「構いませんよ。ドルト様の面倒を見るのが私の仕事ですので。面倒でもやらせていただきます」
「す、すみませんでした……」
メイドAの無表情かつ、毒々しい言葉に、ドルトはまだ慣れなかった。
世話してもらってありがたいではあるが、美人なのにかなり取っつきにくい彼女がドルトは少し苦手だった。
「どうぞ、お早めにお召し上がりください」
「おう、いただきます!」
ともあれ腹の減ったドルトは、受け取った弁当を食べ始める。
上品な見た目ではあるが、そのサイズは成人男性用に相応しいものだ。
ボリューミーなその中身を、ドルトはすごい勢いでかき込んでいく。
「うん、美味い!」
「それはよろしゅうございました。お水をどうぞ」
「ありがとな。んぐ、んぐ……ぷはっ! うめー!」
大きな口を開け、気持ちよく食べるドルト。
メイドAの作る料理はまさに芸術と言っていい出来で、栄養バランスを整えつつ、成人男性を満足させるよう肉を多めに。
無論、野菜も忘れず好みを言えば翌日にはそれを加えたものを作り上げてくる。
すごいのは食事だけではない。
布団の敷き具合も、衣服の洗濯も、部屋の掃除も見事に行き届いていた。
まさに完璧、まさにパーフェクト、そんな仕事ぶりなのだ。
「いやーメイド付きって言われた時はちょっとビビったけど、本当にありがたいよ。えーさん」
「ありがとうございます。とはいえ、仕事ですので」
「おう、美味かったよ。……さーて、それじゃ俺も仕事に戻るかねぇ」
空の弁当を返し、仕事に戻るかと腕まくりをするドルトの背中を、メイドAはじっと見ていた。
普段は空の弁当を受け取るとさっさと帰るのだが……不思議に思ったドルトは尋ねる。
「えーと、まだ何か?」
「ドルト様に頼みが……あぁいえ、これは少々風変わりなメイドの独り言なのですが」
「風変わりな自覚はあるのか……」
直接は頼みにくいのか、メイドAはぼかしながら続ける。
おそらく個人的な頼みなのだとドルトは思った。
メイド故、支えるべき相手のドルトには頼みにくいのだと。
普通に頼めばいいのに思いながらも、日ごろ世話になっている人の頼みである。
無下にするつもりは毛頭なかった。
勿論自分に出来ることなら、だが。
「頼みがあるなら言ってみ? 俺に出来ることなら何でも聞いてあげるよ」
「今、何でも、とおっしゃいましたか?」
「いや、常識の範疇でだからな?」
「私の常識がドルト様の常識とは限りません。何しろ常識というのは人によって千差万別、世界の大多数が良しとする頼み事でも、ドルト様にとっては非常識と判断されるかもしれませんから」
「だーもう面倒くせえ。いいから言ってみろ」
苛立つようなドルトの声に、メイドAは目を伏せる。
「……失礼しました。少々風変わりなメイドなもので。実は私、常々竜の絵を描いて見たいと思っておりまして」
「へぇ、えーさんは絵が好きなのか?」
「幼少時代からずっと。パレットも持参しております」
そう言ってメイドAが手提げカバンから取り出したのは、絵の具と筆のセットである。
最初から頼む気満々だったんじゃないかと、ドルトは心の中で突っ込んだ。
「……まぁそれくらいならいいけどさ。好きに描いてくれていいよ」
「出来れば背景が映えるところで、それとポーズも取っていただきたいです」
「うーん、……まぁいいや。えーさんには世話になってるしな」
「ありがとうございます。このご恩は一生忘れません。なんでも致します」
「はいはい、そんな期待するような目で見ても風変わりな返しは出来ませんよ。一般人なものでね」
「そうなのですか?」
首を傾げるメイドAに、ドルトは頷いて答えるのだった。
「……このコ、いいですね。あぁでもこのコも捨てがたいですね」
メイドAはウキウキしながら竜舎を巡り歩いている。
被写体を決めているのだ。
だがなかなか決まらないらしく、何度も何度も行き来している。
「何でもいいから早く決めてくれ」
「うーん、ではこのコにします」
メイドAが指差したのは、つい先日親離れしたばかりの、陸竜だ。
竜は首を傾げ、不思議そうにドルトを見ている。
「はいよ。じゃあ行くぜ、ナイフ」
「がうっ!」
ナイフと呼ばれた竜を舎から出す。
ちなみに名付け親はケイトだ。
ドルトは3号にしようと提案したが、あっさり却下された。
竜に手綱を取り付けると、竜舎の外へと出る。
「さて、えーさんどこへいくかね?」
「そうですね。……少し見て歩きましょうか」
そう言うとメイドAはすたすたと竜舎を出ていく。
ドルトは竜を引きながら、それについていくのだった。
――――城の中庭にて。
赤いレンガつくりの花壇には色とりどりの花が咲き乱れ、風に揺られ時折花びらを散らせている。
芝生は雑草もなく見事に手入れされており、敷き詰められた石畳の上を歩いていく。
「結構いい感じじゃないか?」
「えぇ、いいですね。少しそこで止まっていただけますか?」
メイドAは両手の人差し指と親指を合わせ、長方形を作るとそこから竜を覗き見る。
様々な角度から、長方形を縦に、横に変えて、何度も何度も、ぐるぐるぐるぐると。
何度か繰り返したのち、首を振る。
「……悪くはありませんが、もう少し見て回りたいですね」
「あいよ」
どうやらメイドA的にはお気に召さなかったようだ。
ドルトはメイドAと共に次の場所へと移動する。
――――城の外、野原にて。
城の中庭とは違い、足元が隠れるくらい背が高い草が風に揺れている。
バックには大きな岩と美しく青い山影。
大自然を思わさる見事なバックだった。
「ここはどうよ?」
「えぇ、いい感じです」
そう言うとまた、メイドAは手で長方形を作り、ぐるぐると竜の周りをまわり始める。
しばらく繰り返したのち、やはり残念そうに首を振った。
「……悪くありませんが」
「……はいよ。こうなりゃとことん付き合うぜ」
幸い、竜の餌やりは大体終わっている。
最低限の仕事が終われば、明日またやればいい。
ドルトは今日一日、メイドAに付き合う事に決めた。
――――近くの川にて。
やはり気に入らないのか、メイドAは首を振る。
――――街の片隅にて。
やはり気に入らないのか、メイドAは首を振る。
どうやらメイドAはかなり芸術家肌のようだ。
完璧主義者だと思ったが、ここまで連れまわされるとは思わなかった。
疲れた顔で大あくびをするドルトの前で、メイドAが立ち止まった。
「――――ここです。ここがいい」
「んあ? いいのかい?」
「えぇ、決めました。前に立ってもらえますか?」
「わかった」
ドルトは竜を連れ、メイドAの前に立つ。
ちらりと振り返り、ドルトはなるほどと頷く。
ここは街と、城と、山と、川が一度に見える場所。
メイドAは手提げ袋を取り出すと、手慣れた仕草で絵道具を並べていく。
キャンパスを目の前に立てかけ、パレットに絵の具を置き、メイドAは筆をくるりと回した。
「それでは描きます」
「ほいよ」
メイドAの雰囲気が変わり、真剣な面持ちで絵を描き始める。
ドルトの方からは見えないが、手さばきからして結構な速さで描き進められているようだった。
「グァァァァァ……」
「こーら、あくびすんなよ」
「グゥゥ……」
退屈そうな竜に、ドルトは待てと命じる。
体力を持て余した若い竜だ。少し歩いたがこの程度では運動したりないのだろう。
帰りは思いきり走らせてやるかとドルトは思った。
「動くなよ」
「ガァウ?」
「……それにしても、あんな真面目な顔のえーさん、初めて見たな」
メイドAは一心不乱と言った顔で、ぺたぺたと絵の具をキャンパスに叩きつけている。
真剣な目で見つめられると、ピクリと動くのもためらわれた。
竜もそれをある程度察しているのか、大人しくしていた。
……よほど動きたいようで尻尾をうねうね動かしているけれども、とにかくである。
――――それからしばらく時間が経った。
ドルトと竜がこっくりこっくりとうたたねを始めた頃、急にメイドが立ち上がった。
「出来ました!」
その声で一人と一頭は目を覚ます。
飛びかけていた意識を繋ぎ止め、ドルトはゆっくり立ち上がった。
「ほう、ようやくできたか」
「えぇ、満足のいく出来です。本当にありがとうございました」
「見てもいいかい?」
「それはお断りいたします」
「えっ!?」
当然見せてもらえると思っていたドルトは肩透かしを食らった。
メイドAは涼しい顔で、絵道具を仕舞い始める。
ドルトが見る前に、キャンパスも白布で包み隠された。
「ちょ、それはねーだろ。付き合ったんだしさ」
「……見たいのですか?」
「そりゃまぁ」
「ふむ、私の超絶技巧で描かれたパルフェなアートが見たい、と?」
メイドAのどや顔を見ながら、ドルトはうぜぇ、と思った。
思いつつも、最初は何気なしに聞いたドルトだったが、そこまで言われるとどうしても見たくなってきていた。
そう、メイドAは煽り上手だったのである。
「見たいです」
「よろしい。ではご覧あれ」
ばさり、と白布を取り払いキャンパスが露わになる。
そこに描かれていたのは――――何というか――――その――――えっと――――
「アート、だな」
「そうでしょう。間違いありません。よく言われます」
堂々と胸を張るメイドA。
アートはアートでも、非常に前衛的というか挑発的というか、こう、そんな感じであった……
ドルトは思わず無言になった。
「言葉を失ったようですね。仕方ありません。よくある事です」
「そ、そうか……」
「やはり天才……これは、そうですね。来賓室にでも飾らせていただきましょう。竜と国と人、我がアルトレオを表すに相応しい絵ですから」
「……やめた方がいいと思うが」
「飛竜花ときっと合いますね。いい部屋がメイクできそうです。ふふ」
上機嫌といった様子でメイドAは歩き去っていった。
呆気に取られたドルトは、メイドAをただ見送ることしかできなかった。
誰もいなくなった丘の上で、ドルトは呟く。
「……帰るか」
「がう」
日が沈みかける中、ドルトは竜に乗り城へ駆けるのだった。
その後、それとなくミレーナに聞いたが来賓室にメイドAの絵は飾られなかったらしい。
少々場の空気にそぐわないとか、もっとふさわしい場所があると言って、周りの人がどうにかなだめすかしたらしい。
それを知ったドルトは安堵の息を吐いた。
「全く、私は別に構わないのですがね」
自室にて、メイドAは呟く。
壁には一面に彼女の作品が張られていた。
いずれもどこかへ飾ろうとしてやんわりと断られたものであるのは、言うまでもない。
おのが作品の出来栄えにうっとりしながら、メイドAはため息を吐く。
「でも、楽しかったなぁ。そうだ、今度は飛竜を描かせてもらいましょう」
嬉しそうに笑うメイドAの顔は、完璧でも、パルフェなメイドでなく、年相応の少女のものであった。