おっさん、デートする
「お、芽が出てるぞ!」
朝、ドルトが畑を見に来ると、ぴょこんと柔らかな緑が黒土から顔を出していた。
おっかなびっくりで触れてみると、芽は朝露を煌めかせてドルトの指を冷たく濡らした。
「おおー、他にも出てるな!」
等間隔で埋めた箇所からはちらほらと芽が、土をかきわけ顔を出そうとしていた。
ドルトは満足そうに、それを見ていた。
「ふぁぁぁぁ、おはよう~……」
あくびをしながらドルトに声をかけたのはセーラだ。
午前中は畑に出て、ドルトに農作業を教えることになっている。
セーラを見つけたドルトは、興奮冷めやらぬといった様子で駆け寄り肩を掴んだ。
「ひゃっ!?」
「見てくれセーラ! ほら、ジャガイモの芽が出たんだ!」
全く意識していなかった所への不意打ちに、セーラの口から変な声が漏れた。
「あそこだ、ほら見てくれ」
「う、うん。すごいすごい」
と、それとなく返すがセーラの頭はふわふわとしていた。
寝起きなのもあるが、先日の夜にローラに妙な事を言われたのが大きかった。
(くっそー、ローラめ後でシメる!)
内心呟きながらもセーラは肩に添えられたドルトの手を振り払わなかった。
「おっとすまん。つい興奮しちゃってな」
それに気づいたドルトが、手を退けた。
セーラは気にしないそぶりで言う。
「いいいわよ別に」
一文字ほど「い」が多かったが、ともあれセーラは平静を取り戻しつつあった。
「それより芽が出たら、周りに雑草が生えないように畑に袋を被せないといけないわ」
「ほう、確かにジャガイモ以外にも、雑草が生えかけているな」
「でしょう? っていうか実は私も袋かけるの忘れてたのよね」
「それじゃ、街に買いに行くか? この畑を覆う大きさとなれば、一人より二人だろ」
「そうね。そろそろ市場も開く頃だし、行きましょう」
話がまとまり、二人は街へ繰り出すのだった。
アルトレオ城下町の市場は、まだ朝も早いのに多くの人で賑わっていた。
ドルトは珍しそうに辺りを見渡している。
「おお、ここがアルトレオの市場か。流石にガルンモッサよりは小さいけど、結構栄えてるなー」
「こら、キョロキョロしない。こっちよ」
「ちょ、引っ張るなっての」
ドルトの腕を掴み、セーラはずんずんと進んでいく。
袋を売っているのは農業エリアの更に片隅。
それを見つけたセーラの足が早まる。
「おやセーラちゃん、デートかい?」
「ぶーーーーーっ!!??」
野菜屋のおばさんにそう、声をかけられセーラは盛大に吹き出した。
咳き込みながらも全力で反論する。
「な、なわけないしっ! だだだ、だれがデートよっ! ただの買い物ですからっ!」
「あら、買い物って言ったら立派なデートよ。それに腕まで組んで、仲よさそうじゃない。年上好みなのねー」
「これはそのっ! おっさんが遅すぎるから……!」
慌ててセーラはドルトの腕を離した。
からかわれてるだけなのに、そんなに真っ赤にならんでもとドルトは思った。
そして、そこまで恥ずかしいのかとちょっとショックを受けた。
「あらあら恥ずかしがっちゃって、可愛いわねぇ。お兄さん、セーラちゃんをよろしくね。この子、口ではこんな感じだけどすごく面倒見が良くて、優しい子なのよ」
「ははは……」
おばちゃんにまでからかわれ、ドルトは乾いた笑いを返すのだった。
ともあれ、二人は畑を包む麻袋を買い終えた。
大きな麻袋を抱え、往来の外れを行く。
さっきからかわれたのを気にしているのか、いつもうるさいくらいのセーラが珍しく無言だった。
あまりの気まずさに、ドルトは思わず声をかける。
「えーと、セーラ? おばちゃんてのは大抵あんなもんだって。気にすんなよ」
「誰が! 気になんてしてないしっ!」
「ならいいけどよ」
「言っとくけど、こうして付き合ってるのはミレーナ様がおっさんを雇う為の条件なわけで、仕方なくなんだからねっ!」
「へいへい、知っていますよ」
「なら、いいけど……」
そう言ってまた、押し黙るセーラ。
年頃の女子というのは面倒くさいなとドルトはため息を吐いた。
「おい、セーラ! ちょっと待てよ」
突然の声に二人が振り向くと、男が立っていた。
年齢は20前後だろうか、金色の髪をピンと逆立たせ、小綺麗な格好をしている。
腰に差したショートソードに皮装備。所謂冒険者風の格好であった。
「お前、俺の誘いを断ったのは他に男がいるからか!?」
男はどうやら怒っている様子で、震える指でドルトを指差す。
それを見たセーラはしばし沈黙し、首を捻る。
「はぁ? なんなのアンタ」
「と、とぼけるな! 三日前にお前、俺が飲みに誘ってやったのに断りやがったじゃねぇか!」
「……んー、何の話だっけ?」
セーラは何とか記憶を掘り起こしてみる。
そういえば三日ほど前に、街へ買い出しに行った帰りに妙な男が絡んできたのだ。
断ってもしつこくついてきたから、走って逃げた。
これでもセーラは民を守る騎士である。
その騎士が、民を張り倒したら問題になる。
鎧を着てなきゃ殴り倒したのに、とその夜ローラに愚痴ったような憶えがあった。
その時の男に、確かに似ていた。
「……あぁ、そういえばそんなこと、あったような気がするわね」
「だろうが! 許せねぇ!」
「いや、意味わかんないし。怨みを買う覚えはないわよ。あとこのおっさんとは別に何でもないから。……行こ、おっさん」
「おっさんじゃねぇよバカ」
無視して去って行く二人の前に、男は慌てて回り込む。
「待てよ! だったらこんなおっさん放っておいて、俺と付き合えよ。いい店知ってるんだよ!」
「何で? 忙しいのよ私たち」
「いいじゃねぇか。そんな事、おっさんにやらせとけばよ!」
セーラは次第にイライラしてきた。
今は私服とはいえ、一応騎士である以上、犯罪も犯してない街の人間に攻撃を加えるのは気が引ける。
わざと誘われるフリをして、相手が本性を見せたところで捕まえて牢屋にぶち込んでやろうか、などと考えていた時である。
「が……ッ!?」
男が短く悲鳴をあげた。
ドルトが男の腕を掴み、捻りあげたのだ。
男の細腕からは、ぎしぎしと腕の軋む音が鳴っている。
竜と毎日格闘し、自然と鍛え上げられたドルトの腕は男よりひと回り以上大きかった。
「お前におっさん呼ばわりされる言われはねぇ」
低い声でそう言うと、ドルトは男から腕を離した。
男の腕にはくっきりと、真っ赤な手形が付いていた。
腕をさすりながら男はドルトを睨みつける。
が、それだけだった。
「お、お、憶えてやがれ!」
捨て台詞を吐いて逃げ出す男を、ドルトはため息を吐きながら見送る。
「全く、大変だなセーラ。あんまり変な奴につきまとわれて」
「あ……うん……」
気の抜けた声で返事するセーラ。
どこか惚けたようなその様子のセーラの額に、ドルトは手を置いた。
「……どうした? 調子でも悪いのか?」
「な……! べ、別に悪くないわよ!」
「そうか? 顔赤いが……まぁそれならいいか。早く帰ろうぜ。畑が終わったら竜たちの世話もあるしな」
「ぁ……」
ドルトはそう言って麻袋を一人で抱え持つ。
しばらくその場で立ち尽くしていたセーラだったが、すぐに駆け寄り麻袋の端を抱えた。
「あの、その……あ、あれくらいの相手、私でも勝てたから!」
「だろうな。だが騎士の立場から手を出しにくかったんだろ?意外と堪え性あるのな。やるじゃねぇか」
「は、はぁーっ!? 当然よ! ミレーナ様に迷惑はかけられないしね!」
「うんうん、だから少し手を貸したんだ」
ドルトは笑いながら言う。
その横顔が、セーラには何だかかっこよく見えた。
すぐにブンブンと首を振り、逆光でぼやけているからだと思うことにした。
でも――――
「……ありがと」
「どういたしまして」
珍しくしおらしいセーラの言葉に、ドルトは背中で答えるのだった。