おっさん、話のタネにされる
青い花、ドルトはそれに見覚えがあった。
部屋に飾られた絵に描かれていたユリ科の植物。
他所では見たことのない花である。
「何の花だ? 綺麗な花だが」
「アルトレオの国花、飛竜花です。来賓が来られるので採りに来ました」
飛竜花は崖の所々、出張った部分に点々と咲いていた。
花びらはこちらを向くように、鈴のように垂れている。
風に吹かれて揺れるたび、鈴のような美しい音が響く。
「この音は……?」
「上空から吹く強い風が花弁を揺らし、音を奏でています。その音が飛竜の鳴く音に似ているので、飛竜花と名がつきました。ちなみにこの景色はアルトレオ名景色百選に選ばれており、旅本にも……ほら」
ローラがどこからか取り出した本には、確かにその旨が描かれていた。
何のためにそんなものを持っているのかとドルトは呆れた。
「飛竜花はこの山にしか咲かず、崖にしか咲かない性質のため数も少ないのです。乱獲をされぬよう、採取を制限されていますのでこの場所は他言なさらぬよう」
「わかった」
ローラの言葉にドルトは頷く。
一体何を企んで付いて来てるのかと邪推していたが、本当に偶然なのだと知りドルトは少し反省した。
「それでは、ドルトさん。お手伝いは結構ですので」
「おう、気をつけてな」
「はい、では」
ドルトはローラに別れを告げ、竜を引き連れ去っていく。
去っていこうとしたが、ローラがじっと見ていることに気づき、止まった。
「……何だ?」
「手伝いは、結構ですよ?」
「そうか……」
「はい」
振り向きかけたドルトを、ローラは、じーーーっと、見つめている。
何か言いたそうな顔で。そして何が言いたいのかはドルトには嫌でもわかっていた。
ドルトは観念したようにため息を吐いた。
「……で、何を手伝えばいいわけ?」
「手伝っていただけるのですか?」
「まぁな」
頼みたいなら素直に頼めばいいものを。
ドルトはそう思い、竜を待たせてローラの元へ行く。
「んで、どうすりゃいいのさ」
「あそこの花を採りたいのですが、背が届かなくて」
竜に乗ったローラですら、まだまだ高さが足りない。
だが自分なら届かせることは可能だとドルトは思った。
とりあえずドルトはローラと交代する。
「よし、立ち上がれユナ」
「グルゥゥ」
ドルトの言葉に従い、竜は背筋を伸ばし直立で立ちあがった。
それに合わせてドルトは竜の肩の方へと移動し、立つ。
丁度肩車のような形になったドルトと竜を見て、ローラはパチパチと手を叩く。
「おお、すごいです」
「……っと。あまりバランスはよくないけどな……これを採ればいいのか?」
「はい。茎を切って花だけ摘んでください。そうすればまた生えて来ますので」
「了解」
ドルトは腰のナイフを取り出すと、飛竜花の茎を切ってローラへと投げ渡した。
花を採り終えたドルトは、肩車を解除し通常の姿勢に戻る。
「ほいよ。こんなもんか」
「はい。あと何か所かお願いできますか?」
「……ここまでくりゃあ、やってやるさ」
乗り掛かった舟である。
ドルトは竜に乗ったまま、のしのしと崖際を移動していく。
そして肩車をし、高所の飛竜花を採る。
(なんというバランス感覚……!)
陸竜は基本二足歩行で、走る時に独特の揺れが発生するので、騎乗は案外難しい。
この手の感覚は女性の方が優れている為、少なからず女性竜騎士というのは存在する。
それでも、女性だからと言って簡単なものではない。
ローラも初めの頃はよく転ばされていた。
それは初心者を卒業しても同じで、戦場を駆ける竜騎士ともなれば、竜に乗ったまま戦わねばならない。
無理な姿勢で乗ることも多々ある。
だがそれでも常識の範疇、あんな曲芸じみた真似は出来るはずがない。
「……すごい」
普段感情の起伏の薄いローラですら、思わずそう、ぽつりと漏らした。
それほどの騎乗技術。ミレーナ様があれほど気に入るわけだとローラは思った。
「ん? 何か言ったか」
「別に。それよりこれでもまだ、ちょっと足りないかも。あそこのは採れますか?」
ローラの指さした先は、今までの崖より更に高い場所。
そこには飛竜花が束になって咲いている。
それを見たドルトは難しそうな顔をした。
「流石に届きそうにないな……かといって他のところは採り尽くしてしまったし」
ドルトの手が届く範囲の飛竜花は全て摘んだ後である。
この付近にはもう、飛竜花は見当たらなかった。
「困りましたね……」
「どうしても必要なのか?」
「これだけだとちょっと寂しいですので。あそこにある分が足されれば丁度いいくらいですが」
「んーまぁでも無理だろう。もう一段肩車でもすればいけるかもしれんがな。ミレーナ様には俺からも言っとくからよ」
「――――!」
ドルトの言葉にローラが眠そうな目を見開いた。
その手があったか、と言わんばかりの目にドルトは嫌な予感がした。
「それ、いいですね。ドルトさん、私を肩車してください」
「まじか……」
「まじです」
ローラの目は本気そのものであった。
仕事で来ているのだろうし、拒否するのも気が引けたドルトは仕方なく頷いた。
「わかったが……落ちても文句言うなよ。あと、絶対に暴れるな」
「大丈夫です。あなたが変な事をしない限りは暴れたりしませんから」
「……まぁいいや。じゃあ、ほい」
「失礼します」
ドルトが腰を下ろすとローラはそれに遠慮なく跨った。
そこへ、竜が首を降ろしドルトが乗る。
「頼むぞ、ユナ」
「ギャウ!」
竜は鳴き声を上げると、先ほどよりも慎重に立ち上がる。
ドルトがそうさせているのだ。
緊張したローラが股を締め、ドルトはぐえと声を漏らした。
「大丈夫、です」
「よし、じゃあ立つぞ」
ドルトはそう言うと、ゆっくり竜の肩に立つ。
竜、人、人、の三段肩車。
頂上のローラは無意識のうちに、先ほどよりも強くドルトの首を締めていた。
「……届きそうか?」
「た、ぶん。……もう少し右へ移動してください」
「ユナ、ゆっくりとな」
指示通り、竜は少しだけ動いた。
ローラの手が飛竜花に触れた。
必死で手を伸ばすローラの下でバランスを保ちながら竜を操り、ようやく一本の飛竜花を摘んだ。
「届いた。何とか」
「よし、その調子でいくぞ」
程よい距離につけた事で、ローラはちょきちょきと飛竜花を摘んでいく。
あっという間に両手で抱える程の飛竜花を摘み終えた。
「ふぅ、こんなもので大丈夫。ありがとう」
「どういたしました……じゃあ降ろすぞ」
「……あ」
その時、ぐらりとローラの身体が風で揺らぐ。
それを支えようと、ドルトのバランスも崩れた。
「ひゃっ!?」
小さな悲鳴と共に、二人は大きく体勢を崩した。
何とか堪えようとするドルトだが、すぐに限界は訪れる。
二人は地面に向けて真っ逆さまだ。
三段肩車はかなりの高さである。
ローラは目を瞑り、衝撃に堪えるべく身体を縮こまらせた。
「……?」
が、襲ってくるべき痛みは、ない。
恐る恐る目を開けると、ドルトに身体を抱きかかえられていた。
そしてドルトは、襟首を竜ユナに咥えさせていた。
「ふう、危ない危ない。ありがとな、ユナ」
「がうっ!」
「あ、バカ」
竜が吠えると、その拍子に咥えていたドルトの襟首を離した。
どすん、と二人は草むらに投げ出される。
大した高さではなかったので、二人とも大した痛みはなかった。
「あてて……すみません、ぐらついちゃって」
「気にするな」
ドルトが差し出した手を、ローラは取って立ち上がる。
ぽん、ぽんとズボンに付いた汚れを払うローラを見て、ドルトは口元を緩める。
「何にしろ、怪我をしなくてよかったよ」
「ありがとうございます。意外と優しいですね」
「意外とって失礼だな……まぁお前らみたいなのはなんか、ほっとけないんだよ。妹みたいでな」
「妹……その言葉、あまり言わない方がいいですよ」
「何故だ?」
「何故でもです」
何故ローラに睨まれたのか、ドルトにはよくわからなかった。
「それでは今度こそ、さようなら」
「おう」
「最後に一つ、聞いていいですか?」
「なんだい?」
「ミレーナ様のことも、妹みたいって思ってます?」
「……内緒な」
しー、とドルトが人差し指を立てるのを見て、ローラはくすりと笑った。
初めて見せたローラの笑みだった。
ドルトが竜を引き連れて行くのを、ローラは見送る。
「ふーん。妹ね。かきかきかき、と」
ローラは何かしら手帳に書き込んでいく。
懐にしまうと、竜に行けと合図するのだった。
――――その日の夜、セーラとローラの部屋。
「あー、今日も疲れたー!」
ばふんとベッドにダイブするセーラの横で、ローラは手帳をパラパラと書き込んでいる。
二人は大体、風呂から上がればこんな感じである。
「ねーローラ、聞いてよ聞いてよー。今日おっさんがさー」
ごろごろしながらセーラが語り始めるのも、だ。
すごく楽しそうに、長々と、セーラはドルトの事を語る。
それをローラは聞きながら、時々相槌を打っていた
「ね! あのおっさん、作物の収穫時期も知らないのよ? ウケるよねー!」
「セーラ」
「なに? ローラ」
何か言いたそうなのを察し、セーラは話すのをやめて聞きに入る。
ローラは手帳をぺらりとめくり、言った。
「今日、ドルトさんと飛竜花採りに行ってきたわ」
「っ!?」
その言葉を聞いて、セーラはあからさまに動揺した。
「へ、へぇ~……そうなんだ~……」
「わかりやすいわね。面白そうだったから話を聞きに行っただけよ」
「一体何を?」
「あなたの事をどう思ってるか、とか」
「ぶっっ!!」
セーラはその言葉に思い切り吹き出した。
何度もせき込みながら、涙目でローラの方を向き直る。
「なにそれ!? どういうことよ!」
「聞いての通り。ただのインタビュー」
「暇人ね、あなた……」
「えーと……ぱらぱらぱら、と。これだ「元気、方言、面白い、怖い、赤髪、おバカ」……」
「誰がおバカじゃい!」
「方言方言、あとは――――「一生懸命ないい子」、とか」
「……っ! へ、へー……あっそ」
その言葉に少しだけ、セーラが頬を赤く染めるのをローラは見逃さなかった。
ローラは口元を歪めながら、セーラの耳元に口を近づける。
「意外とチャンス、あるかもよ?」
「はぁっ!? 一体何の話してるのよ!? ローラ」
「さて、何かしらね。もう寝るわセーラ、おやすみ」
「あーっ! 逃げないでよっ!」
女二人でも姦しい、そんなセーラとローラの夜は更けていくのだった。