おっさん、花を摘みに行く
「掘ったぞ。こんなもんか?」
「おー、ちゃんとできてるね。いい感じよー」
拳一つ分の深さ、歩幅一歩分に、穴は掘り空けられていた。
ドルトは種芋を手にし、穴の中へと入れていく。
「土をかける時は、固めすぎないようにね。その上に肥料を撒いておくのよ」
「了解」
セーラの言う通りに、種芋を植えていく。
そして肥料を――――
「こんらーーーーッ! 種に肥料を直接かけんでねぇっぺさ!」
かけようとしたドルトに、セーラの叱咤が飛んで来た。
方言にて、思わず手を止めるドルトにセーラがずんずんと近づいて来る。
襟首を掴んで睨み上げる様は、腹の減った野良竜の如くだと思った。
「土をかけてからっつったべさ! 種にかけたら腐れっちまうんだ! 根が伸びてきて、そっからよーやぐ肥料から栄養取ってくんだべ!」
セーラはものすごい勢いで肥料を払い、そこに土を、更にその上に肥料を盛った。
恐ろしいまでの手際の良さだった。
集中していなければ見逃していた。
そんなドルトにセーラは吠える。
「わがっだかぁ!?」
「あっはい」
相変わらずすごい迫力だとドルトは思った。
おかげでドルトは、畑仕事に関してはセーラの言いなりだった。
しばらくして、種を全て植え終えた。
水を撒くと、土は黒く湿りねとねとになった。
その頃にはセーラの様子も落ち着いていた。
「あとは朝夕に一回ずつ、この半分くらいの量水を撒きなさい。くれぐれもやりすぎないようにね!腐っちゃうから!」
「わかりました!!」
方言ではないが強い口調に、ドルトは思わず敬語になるのだった。
畑仕事が終わったドルトは次は竜舎に向かう。
竜舎に足を踏み入れると、竜たちはギャアギャアと鳴いた。
「おードルトくん。おそようー」
「おはようさん。ケイト。今どんな感じだ?」
「餌やり終わったとこー。散歩に連れてってくれたら嬉しいなー」
「わかった」
ドルトが竜をぞろぞろと引き連れて行くのを見て、ケイトは呆れた顔をした。
「……今日は十頭? よくそんな数の竜を一度に面倒見れるよねー」
「ここの竜は戦場に出ないからか、ガルンモッサに比べて素直で大人しいからな」
「やー、それでも私にゃ五頭が限度っすわー」
「たくさん連れてあるけりゃ偉いわけでもないし。ケイトの面倒見の良さは俺には真似できんよ」
面倒見が良くても、竜たちはケイトよりドルトの方に懐いているのだが。
ケイトはそこに不条理を感じながらも、ドルトが出ていくのを見送るのだった。
「いやーしかし、平和だなぁ」
ドルトは青い空を仰ぎ見てそう呟く。
日差しは強いが風もまた強く、丁度いい気候であった。
竜たちも気持ちよさそうに歩いている。
歩行時の心地よい揺れで、ドルトはうとうととし始めていた。
「ドルトさん」
「うおわっ!?」
突如、すぐ横からの声に振り返る。
声の主はローラだった。
鎧姿ではなく私服姿。
動きやすそうなパンツスタイルで、ドルトの横を歩いていた。
(それにしても、いつの間にいたのやら……)
ドルトはローラの接近に、今の今まで気づかなかった。
ガルンモッサの諜報員と比べても遜色ない程の気配の消し方。
少し呆けていたとはいえ、少しは周りにも気を使っていたのだが……若くても流石は王女の護衛を務める騎士かとドルトは唸る。
ローラは無表情のまま続ける。
「お散歩ですか?」
「あぁうん。どうかしたか? 君は確か、ローラだったよな」
「はい」
「何か用かい? 俺は今からこいつらを連れて散歩に行くんだが」
「えぇ、実は竜を貸して欲しくて。少し遠くの山まで花を摘みに行こうと」
「おぉ、それはこっちも助かるよ。一頭、面倒見なくていいしな。ぜひよろしく!」
「快諾していただき、有難うございます……行くよ、ユナ」
「ガォァァァ!」
ドルトのすぐ後ろにいた竜が吠えると、ローラの元へ駆けてきた。
ローラはその首を撫でた後、竜の背に乗る。
「それじゃあ気をつけろよ。ローラも、竜も」
「わかっています」
そう言うとローラは竜を歩かせ始める。
……ドルトと同じ方向へ。
「……」
「……?」
進路が同じなのだろうか。
あるいはただの偶然か、ローラの意図がわからぬドルトは、何度か視線を送ってみる。
しかし、ローラはまるで気にするそぶりはなかった。
「えーと、ローラ?」
「何ですか?」
「何故ついてくるのかな? 別に構わんが、理由が聞きたいのだが」
「偶然進路が同じなんです。構いませんのでしたら、お気になさらず」
ドルトの方を見もせずに、トコトコとマイペースに歩み始る。
偶然進路が同じなら仕方ないか。そしてそのうち別れるかと思い、ドルトも竜を率いて進む。
「……」
「……」
が、やはりローラはドルトについてくる。
ぼんやりとした顔は、何を考えているのか全く分からない。
まぁ好きにすればいいさと、ドルトはそれ以上何も言わなかった。
「空が、きれいですね」
ローラが口を開く。
まっすぐ前を見据えたまま、呟いた。
「そうだな」
独り言じみた呟だったが、ドルトは拾う。
「変わった鳥がいますね」
「セキレイ鳥だな。尾っぽがぴょこぴょこ動いて可愛いんだ」
「本当だ。可愛いですね」
「だろ」
とりとめのない会話を繰り返す。
何となく、マイペースというかのんびりやというか……あまり若い女子っぽくないなとドルトは思った。
どちらかというと縁側で老人がする会話のような。
全く、何を考えているのやら、と思った。
「ドルトさん、一つ伺いたいのですが……セーラの事、どう思いますか?」
「どう? と言われても……急だねどーも」
「一応、天気の話は挟んでみましたが。まずはとりとめのない会話で場を温めるべし、とこの本にも書かれていますので」
ローラが懐から取り出した本には「だれでもできる! 優しい会話のやり方」と書かれていた。
なんでそんなもの今持ってるのかと、呆れるドルトの顔を、ローラは無表情のままじっと見る。
「間違ってましたか?」
「いや、まぁいいさ。確かにアイドリングトークに天気の話は大事だ。えぇと、セーラだっけ? いい子だと思ってるよ。たまに怖いけど、それだけ一生懸命なのかなと思うしね」
「他には?」
「え……うーん、元気だし、面白い。ちょっとおバカだけど」
「他には?」
「えぇ……方言、赤髪……とか? うーん、これ以上はローラの方がよく知ってるんじゃないか?」
「そうですね。そうですか」
ドルトの言葉にローラは、何故かつまらなそうな顔をした。
全くもって何を考えているのかと、ドルトは首を傾げた。
「ちなみにミレーナ様の事は、どう思っています?」
「あぁ、結構すごい人だよな。いつも誰かしら呼びに来てるし、忙しいんだなって思うよ。ガルンモッサにもよく来てただろう? 流石は王女様ってところか。それに俺の待遇もいいし、誘っていただいて本当にありがたいと思ってる」
「セーラより好ましいと思ってます?」
「誰かと比べる……ってのはあまり好きじゃないけどな」
ぼやかした言い方だが、その言葉は肯定の意味で使われているとローラは察した。
そして今度はあからさまに肩を落とした。
「はぁ……わかりました」
「一体なんなんだよ」
「いえ、個人的な質問ですので。女子トークは年配の方には理解しづらいものです」
「今の、女子トークなのか? ってかまだ年配呼ばわりされる言われはねーぞ」
「ジョークです。場が温まったでしょう?」
「いや別に……」
無表情でそう言われても、ドルトにはそれしか返す言葉が見つからなかった。
ローラはローラで、全く気にもしていないようだった。
「まぁいいです。話し相手、ありがとうございました。もう目的地ですので」
ちらりとローラが見上げる先には、一輪の青い花が咲いていた。