王女様、アドバイスする
「素晴らしい! 流石はミレーナ王女じゃ! 無理な注文にも関わらず、調整を間に合わせるとはのう!」
豪快に笑うガルンモッサ王は、久しぶりにミレーナと会えて上機嫌だった。
尤もミレーナは、何度も飛竜で往復し、疲れ顔であったが。
その上ドルトも自分の城にいるので、ミレーナがこちらに来る理由はほぼ消えていた。
それでも礼を欠かすことなく、頭を下げる。
「は、お褒めに預かり光栄ですわ」
「ふむ、それにやはりアルトレオの竜は素晴らしい。先日他国の竜を買ってみたが、鱗の一枚一枚、色艶が違う。それに動きもよい。爪や牙も立派じゃし、ワシのような素人でもすぐに分かる程じゃ」
現在、城下ではミレーナから竜を受け取った竜師たちが、その具合を確かめていた。
身体能力、知能の高さなどで構成される竜の評価は全て、Aランク。
他国の竜ではBがせいぜい、ごく稀にA評価がある程度だった。
これはアルトレオが竜の好む山脈が多い地で、なおかつ乾草も栄養が豊富な事もあるが――――実はその血統も大きく影響していた。
アルトレオの竜は今よりはるか昔、すべての竜を従えて世界を征服した神竜の末裔とも言われている。
故にアルトレオの竜は強く、賢い。
それは当然の事……そう思ったミレーナだが、王の話に一つ気になる点があった。
「他国からも竜を買っているのですか?」
「む、あぁ、まぁの。少し試しに買ってやっただけじゃ。だがやはりアルトレオの竜とは比べ物にならんわい」
「まぁ、それはそれは嬉しく思います」
相槌を打ちながら、ミレーナは未だ竜の脱走が続いているのだと察した。
でなければわさわざ質の劣る竜を買うはずがないと。
そして、逃げ出す数は更に増えているのだと。
来る途中、いつもの癖で覗いた竜舎の中は竜の気配がかなり薄くなっていた。
数が減っている証拠である。
「アルトレオではそうはならんのか?」
「生憎と、優秀な竜師がおりますので。今回調整が間に合ったのも彼らによるところが大きいですわ」
誇らしげにミレーナは胸を張る。
だが王は首を傾げた。
「竜師……ふむ、そうか。優秀な竜師が必要なのか」
「えぇそうです。竜を管理するならば、優秀な竜師の存在は必須と言ってよいかと」
もう遅いですけれども、とミレーナは心の中で付け加える。
優秀な竜師は当のガルンモッサ王から暇を出され、今やアルトレオの竜師となっていた。
「あい分かった! 色々ご教授いただいて礼を言うぞ。どうじゃ、お礼にどこか旅行でも」
「すみませんが忙しいですので」
今度はきっぱりと、ミレーナは断った。
――――その翌日、王は竜騎士団長を呼び出された。
「のう団長。そう言えば以前、優秀な竜師がどうとか言っておったな。あれは今どうしておる?」
「は……?」
何事かと訝しむ団長に投げかけられた言葉は、ある意味謎だった。
団長は思わず疑問の声を漏らす。
何を今更、一体何を言っているのだと思いながらも、その後を問う。
「ドルト=イェーガーの事でございますか?」
「名前など知らぬ」
「……解雇した者の事であれば、彼でしょう。田舎に帰って畑を耕すと言っておりましたが」
「おぉそうか! 実はな、奴をまた雇い入れてやってもよいかと思っておるのじゃよ」
「それは……連れて来いと、そう言う事ですか」
「うむ、今から書状も用意しよう。しばし待つがよい」
言うと王は、紙を取り出しさらさらと文面を刻んでいく。
書き終えた王はその出来栄えに満足げに唸る。
「うむ、よい出来栄えじゃ! 更にガルンモッサの王印も押しておこう。ふふ、これを見れば慌てて帰ってくるであろう!」
「……受け賜わりました」
「頼むぞ。下がってよい」
「はっ」
ようやくドルトの重要性を理解したかと、団長はため息を漏らす。
だが遅きに失したと言わざるを得ない。
一度管理を外れた人間を探し当てるのは、かなり難しい。
それにあんな扱いを受け、素直に戻ってくるだろうか……疑問はあるが、王命である。
やらざるを得ない。
「ドルトの田舎か……確か昔聞いた事があるが、ここからはかなり遠かったはず。歩いていればまだ帰郷していないだろう。そもそもあいつは気まぐれな男だ。まっすぐ帰っているとも思えないし……そうだ」
団長はいい事を思いついたとばかりに竜舎へと急ぐ。
竜舎の扉を開けると、団長は竜に餌をやっている初老の男を見つけた。
「竜師、少しいいか」
「は……? へぇ、何か」
気の抜けた返事を返され、団長は眉を顰める。
彼は城の竜師から雇われた日雇いの労働者。
一応竜師という体ではあるが、上から言われるがままに餌をやり、掃除をし、言われた事をして帰る。
しかも全く現場に出て来ない人間に言われた事をして、である。
気力も体力もやる気もなく、満足な仕事が出来ているとは言えなかったが、それでも今の竜舎を一番知る人物だった。
「小飛竜は今、使える状態か?」
「はぁ、まぁ一応」
「一頭借りるぞ。見せてくれ」
「へぇ、ではこちらへ」
竜舎の二階へと上がる二人。
金網を張った小屋の中には小さな飛竜がいた。
――――子飛竜、そのサイズは大鷲より少し大きいくらいだが、れっきとした竜である。
小飛竜の用途は主に伝令で、小さいとは言え竜の硬い鱗と戦闘力、機動力にて、外敵に襲われることなく確実に知らせを伝えるのだ。
小飛竜は団長らを見ると、退屈そうにくるると鳴いた。
その中の一匹、古株の竜に団長は目を付ける。
「108号がいるな。確かこいつはドルトの事をよく知っているはずだ」
そう言って団長は一枚の布切れを取り出す。
ドルトのニオイがたっぷり染み込んだ衣服だ。
捨てるかどうか迷っていたが、取っておいてよかったと団長は思った。
小飛竜はそれに鼻を近づけると、嬉しそうに翼を羽ばたかせた。
「きゅるるる!」
「よし、ニオイを覚えたか? じゃあこいつをドルトの所まで運んでくれ」
「きゅーっ!」
団長が金網を開けると、書状を括りつけた小飛竜は真っ直ぐに飛んでいく。
小飛竜はぐんぐん遠くなり、すぐにその姿を消してしまった。
――――ところ変わってアルトレオ。
城の片隅に作った畑で、ドルトはセーラの監修のもと、畑仕事に精を出していた。
セーラの指導は厳しくも厳しかったが、ドルトはそれを何とかこなしていた。
畑仕事にも慣れて来て、案外向いているかもと思い始めていた。
セーラとしてはまだまだまだまだであったが。
「ん?」
ドルトは畑仕事の手を休め、ふと空を見上げる。
それに気づいたセーラが声をあげた。
「こんらー! サボるんでねぇっぺさー!」
方言にて、である。
どうやらセーラは農業関連で怒ると方言が出るのだと、ドルトは学習した。
そしてサボっていたわけではないと、空を指さす。
「いやほら、あそこ」
「んだ? 何も見えねぇけんどもよ」
セーラはドルトの言うがまま、空を見上げた。
しかし何も見えない。
だがその時風が吹き、白い雲が風に流されて太陽を横切る。
すると逆光で隠れていた何かの姿が見えるようになった。
「小飛竜だ」
「きゅーーーい!」
ドルトが気づいたのとほぼ同じに、小飛竜《108号》は鳴き声をあげた。
そしてまっすぐ、ドルトの元へと降りてくる。
「おー! お前、108号じゃないか。久しぶりだな」
「きゅい、きゅーい!」
高い声で鳴くと、108号はドルトに擦り寄る。
「あら可愛い。小飛竜ね。どこから来たのかしら」
セーラの言葉は普段のものに戻っていた。
「こいつもガルンモッサのだ。まさかお前まで逃げて来たんじゃないだろうな……」
「きゅい!」
拒否するように鳴くと、108号は首元をドルトへと突き出す。
そこには丸めた書状が括り付けられていた。
「おっ、手紙だ。俺宛か?」
「いやいや、んなわけないでしょ。王印が押されてるわよ? ミレーナ様宛てじゃない?」
「ふむ、それもそうか。じゃあセーラ、持って行ってもらえるか?」
「わかったわ。あ、それまでに地面を均らしておくのよっ!」
「へいへい」
そう言うとドルトは鍬を担ぎ、畑仕事に戻るのだった。