おっさん、別れを告げる
それ以降、幼竜の調整は順調に進んでいた。
竜を調教するうえで暴れた時の対処は非常に肝心で、下手な対処をするとすぐに暴れる神経質な竜になってしまう。
具体的に言えば怒鳴ったり、攻撃したり、傷つけたり。
暴れると怒られるという緊張感が、より竜を神経質にさせるのだ。
逆にうまく対処すれば、竜からの信頼は得られ、言う事も素直に聞くようになる。
人間の子供と同じで、怒ってばかりの教師はただ嫌われるが、尊敬できる教師の言う事は聞くものだ。
しかも、懐いた親子竜の様子がもう一組にも伝わったらしく、そちらの方もドルトに対し警戒心を薄めていた。
その点も踏まえて言えば、今回は諸々含めて上手くいった。
ドルトは安堵の息を吐くのだった。
――――そして、八日目。
「よーし、いいぞ! もう少し速く走れるか?」
「ぎゃうー!」
幼竜に乗り、ドルトは街の外周を走らせていた。
周りに観客がいて声もかけてくるが、幼竜は気にする素振りもない。
親竜はその後ろをついてきているが、どこか安心した顔だ。
既に親離れは終わっていた。
「ちょーい、速いってばドルトくーん」
その更に後ろを、もう一頭の幼竜に乗ったケイトが続く。
ケイトの乗る幼竜はまだドタドタと足取りが若干怪しかったが、それでもちゃんと親離れは出来ていた。
ドルトが竜の脚を緩めると、ケイトはようやく追いつき並ぶ。
「ふぅ、すっかり懐いちゃったね。全くドルトくんたら、モテモテなんだから」
「ははは、竜にモテても仕方ないんだがな」
「ほほーう? 本当に竜だけなのかなー?」
ニヤリと笑うケイトだが、ドルトは首を傾げた。
「じゃないのか?」
「さーて、どうだかねぇ」
意味深に笑うケイトに、ドルトはやはり首を傾げる。
ケイトも鈍い方ではあるが、ドルトよりはマシだった。
ゆっくり並んで歩む二人の後ろから、竜が近づいて来る。
「あー! いたいた、おっさーん」
竜に乗ったセーラとローラである。
二人はドルトのところまで駆けてくると、竜を止めた。
竜の様子は特に緊張している様子もなく、良好。
見る限り十分に手懐けられており、人を乗せても人が近づいても、暴れることはないようだ。
毎日ちゃんと乗っていた証拠である。
「飛ばし過ぎ。この子たちは出荷前なのよ。セーラ」
「ちゃんとおっさんの言う通りの速度は守ってますぅー。心配性なのよ、ローラは」
べーと舌を出すセーラだが、ドルトから見ると若干速度を超えていた気がした。
とはいえ誤差の範囲。
戦場では限界を超えて走ることも多々あるし、このくらいは出来てもらわねば困るくらいだ。
弱い竜など、戦場では何の意味をもなさない。
だからドルトは何も言わなかった。
「戦闘訓練も終わっているな?」
「バッチリよ。ね、ローラ」
「えぇ、なんならここで見せようかしら? ねぇセーラ」
「おおっ! それはぜひぜひっ!」
くいついたのはケイトである。
瓶底のような分厚い眼鏡越しにも、キラキラと目を輝かせているのがわかる。
「そういやケイトは竜騎士の戦いを見るのが好きだったな。よく見てるし」
「私、ちっちゃい頃に竜騎士の出てくる絵物語を読んでさ、憧れてるんだよねぇ……白竜に乗った王子様、私の前にも来ないかなぁ」
うっとりとするケイト。
それを呆れた顔で見るドルトに、セーラは声をかけた。
「……で、どうする?」
「あぁ、こいつらにも少しは戦場慣れさせたいしな、やってくれ」
「了解」
二人はそう答えると、互いに向かい合う。
「ひゅーひゅー! いいぞー!」
「ほらケイト、下がってろ。危ないぞ」
ドルトはケイトを引きずるように、後ろに下がる。
竜から降りて幼竜の手綱を強く握りしめた。
「始めてくれ」
ドルトの合図で二人は手にした長棒を構えた。
「んじゃいくよ、ローラ」
「いつでも来なさい。セーラ」
じりじりと間合いを測る二人の様子を、幼竜は興味深げにじっと見ている。
二頭とも騎竜としての適性がありそうだなと、ドルトは思った。
戦場に出る竜は人馴れの他に戦場慣れもさせておかねばならない。
剣が、槍が、弓矢が飛び交う戦場で、パニックを起こして乗り手を振り落とす竜は多い。
しばしにらみ合った後、二人は同時に駆け声をあげる。
「はあっ!」
「てやっ!」
手にした棒にて、セーラは、ローラは互いに打ち合い始めた。
長い棒を槍に見立てての演武。
狙うのは手や足、得物は長棒であるが、それ以外は実戦と差のない、本気の動きだ。
寸止め狙いとは言え、確実に防げるわけではない。
狙いは所詮狙い、外れる事もあれば失敗することもある。
時折竜の身体にも棒が当たるが、竜はそれで暴れる事はなく乗り手を補助するように動いている。
ちゃんと調教が出来ている証拠だ。
二人の竜はすぐにでも戦場で使えそうだった。
「てぇい!」
セーラの長棒が、ローラの首元に突きつけられる。
ローラはお手上げとばかりに、長棒を下ろした。
「いやーよかったよかった。いい戦いだったよー二人とも!」
「ありがとう、ケイトさん」
「いい戦いだったな」
訓練とはいえ、それなりに激しい戦いだった。
にもかかわらず幼竜は戦う二人を見て平静さを保っていた。
むしろ自分たちもやりたいとばかりに、ウズウズしている程である。
騎竜としての素養は十分。
四頭とも、十分に調整は完了していた。
――――九日目、最終調整を終えた竜たちは出立の準備を始めていた。
最後に親竜と首を絡ませ合うと、幼竜はドルトとケイトに引かれていく。
否、もう幼竜ではない。立派な成竜である。
大きく育った我が子を、親竜は姿が見えなくなるまでずっと、見ていた。
「はぁ、何度やっても辛いもんだねぇ。親子を引き剥がすみたいでさ」
「どちらにしろ、いつかは別れるもんさ。それが少し早かっただけだ」
「ドルトくんてさ、結構ドライだよねー。血も涙もないわけ?」
「失礼な。そんな事は……」
ケイトの言葉に思うところがないわけではなかったが、ドルトはそこで口を閉ざす。
実際問題、多くの竜の面倒を見てきたドルトは一頭一頭に執着もしなくなっていた。
確かに、血も涙もないのかもしれないな、と自嘲する。
口ごもるドルトを見て、ケイトは元気づけるようにその背中をぺちぺちと叩いた。
「まぁまぁ、大丈夫だって。ドルトくんが冷たいぶん、私がカバーしたげるから! 私の熱さと混ざってちょうどいい温度になるかもよ?」
「風呂みたいに言うなよな」
「おー、いいねーお風呂、泥だらけだし早く入りたーい」
――――日は落ちていく。
明日には竜たちは、旅立つのだ。
最後にケイトが竜たちを抱きしめて一頭ずつ別れの言葉をかけていくのを、ドルトはただ眺めていた。
どなどなどなー