二人の王女、火花を散らす④
エメリアとゴールデンゴールド号、二頭が崖の上から飛び立つ。
崖から飛び降りるようにして飛び立った二頭は翼を折りたたみ、滑空の姿勢に入る。
羽ばたきはエネルギーのロスが大きい。故に高度がある場合はまずある程度速度を得る為に出来る限り滑空するのだ。
このままでは落ちてしまうのではないだろうか、観衆がそう思う程の長い、長い滑空。
ミレーナもシャーレイもギリギリまで手綱を握ったままである。
そして――――動いた。
二人が手綱を引くと同時に、二頭は翼を羽ばたかせ、上昇を始める。
その動作はまるで、鏡写しかのように全く同じだった。
もちろん速度もである。
シャーレイは真横に並んだミレーナを見て、嬉しそうに笑った。
「やりますわねミレーナ! 無駄のない洗練された動き、ちゃんと私についてこれてるじゃありませんこと? 大したものですわ!」
「そちらこそ! やはり倒しがいがありますね、シャーレイ」
「フ、楽しくなってきましたわ。……ですが、最初の気流は譲りませんわよ!」
そう言ってシャーレイは、ぱしんと手綱を打ち付ける。
ゴールデンゴールド号はそれに呼応するように、速度を上げる。
ミレーナも負けじとエメリアを飛ばす。
飛竜の谷に吹く気流は数多く、その速さでコースの難易度は大きく変わる。
二人が向かうのは当然、一番流れの速い気流である。
エメリアが、ゴールデンゴールド号が我先にと言わんばかりに競り合う。
「く……!」
「この……おとなしく譲りなさいな……っ!」
がちん、がちんと激しく両竜が身体をぶつけ合う音が響く。
それを見ていたメイドAが首を傾げる。
「何故、二人とも競り合っているのでしょう? レースはそれなりに長い……あそこまで意固地ならずに体力を温存していた方がいいと思うのですが」
メイドAの疑問に、ケイトが答える。
「んー、えーさんの言う事は尤もなんだけど、今回ばかりはそうもいかないのよねー」
「どういう事ですか? ケイト様」
「まず飛竜のレースってのはより流れの速い気流に乗り続ける事が重要なのよ。それは覚えてるー?」
「えぇ……移動の際に耳にタコが出来るほど聞かされましたから」
げんなりした顔で応えるメイドA。
アルトレオから移動する馬車にて、ケイトが全員にレースの楽しみ方心得を冊子にして配り、詳しく解説したのだ。
しかも繰り返し、何度も、毎日、おかげでメイドAは飛竜に対して無駄に詳しくなっていた。
「そう! 気流を乗り継ぐと言う事は、それより速くは飛べないと言う事! ミレーナ様もシャーレイ様も相当な実力者よ。あからさまなミスはないでしょう。そしてあの気流は風の吹く範囲が狭く、一頭ずつしか入れない。故に最初に気流に入った方が圧倒的有利! だから二人とも、あんなに無理してポジションを取り合っているのよー!」
ドヤ顔で言い切ったケイトの分厚い眼鏡がキランと光る。
メイドAは無表情のまま、乾いた拍手を送った。
「さすがお詳しい。見事なまでの竜ヲタクです」
「いやぁ、それほどでもあるけどー」
照れるケイトにメイドAは大きなため息を吐いた。
「……はぁ、全くケイト様はあまりからかっても面白くないですね。ダメです。全然ダメ、つまらない女です。はぁ」
「まさかのダメ出し!? ひどー!」
メイドAの冷たい言葉に、ケイトはショックを受けるのだった。
「激しいぶつかり合いです! しかし体格はゴールデンゴールド号の方が上。徐々にではあるがエメリア号押し出されていくーーー!」
拡声器を握り締め、叫ぶ編集長。
激しいぶつかり合いに盛り上がる観衆たち。
解説の通り、エメリアは徐々に押されていく。
そして――――
「おおーーーっとぉ! エメリア号ふっとばされたーーー!」
がちん! と強くぶつかり、エメリアは大きくぐらついた。
気流へ侵入するための軌道から外れ、そのポジションをゴールデンゴールド号が奪い取る。
「おーーーーっほっほっほ! これで私が操竜ミスをしない限り二度と前に行くことは叶いません! そして私に操竜ミスはないッ! 私の勝ちですわミレーナ!」
勝ち誇り、高笑いするシャーレイ。
エメリアは完全にバランスを崩し、ほぼ真横を向いている形となっていた。
風に流される木の葉のようにゆらゆらと揺れるエメリア。ミレーナには立て直す様子もない。
「エメリア号体勢を立て直せないーーー! それどころか更に崩れていきます! このままでは落竜してしまうぞーーーっ!?」
エメリアの身体は更に傾き、殆ど半回転してしまっていた。
逆さになりかけたミレーナを見て、観客たちは目を覆い、所々で悲鳴が上がる。
そんな中、ドルトは腕組みをしたまま動かない。
ミレーナがこの程度で落ちるはずがない事を知っているかのような顔だった。
それに応えるようにミレーナは前を向き、手綱を握りしめた。
瞬間、エメリアの身体が半回転し、ゴールデンゴールド号の真上に滑り込む。
「なんと!?」
その行動に真下にいたシャーレイは目を丸くする。
曲芸じみたその動きに大きな歓声が上がる。
「おおおーーーっ!? バランスを崩したかと思われたエメリア号、なんと逆さまの状態で飛行状態を維持しています! そのままゴールデンゴールド号の真上に位置取ったァーーー!」
ミレーナの大技に観客席は大いに沸く。
セーラとローラが手を取り合い、ケイトは絶叫を上げて喜ぶ。
よし、とドルトが小さくガッツポーズをした。
上下逆さま、こうなってはシャーレイも妨害することは出来ず、ただ見上げるのみである。
「ここまでは互角、と言ったところですか」
「……フ、面白いですわ」
ミレーナの言葉にシャーレイは不敵に笑って返す。
だがその頬には一筋の冷や汗が伝う。
それも一瞬、轟と強力な風が吹きつけ、二頭の速度が一気に上がる。
気流の中に侵入したのだ。
「二頭同時に侵入したァーーーっ!!」
編集長の絶叫は、二人の耳には聞こえなかった。
新作です。よかったら読んでください。
おっさん転移、異世界でゲーム知識とDIYスキルで辺境スローライフを送っていたら、いつの間にか伝説の大賢者と勘違いされていた件
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