副長、ため息を吐く
ガルンモッサ国立競技場、その司令室。
金装飾の燭台が幾つも置かれ、高級そうな調度品が並んでいる。
ぴかぴかに磨き上げられた大理石には、立派な竜の彫刻が刻まれていた。
豪華に彩られた室内で椅子に座って月刊ドラゴンライドを読むレビル。
読み進めていくうちにその肩は次第に震え、突如立ち上がったかと思うとそれを真っ二つに破り裂いた。
「なんだこれはっ!?」
破られた紙が無残に舞う。
レビルはそれを踏みつけ、大声で喚き立てる。
「あの無礼者ども……取材を受けてやった恩を忘れおって!こんな小さな記事など誰も見ないではないか!」
踏みつけた紙の片隅には小さく、『同日、ガルンモッサでも陸竜のレースが開催される模様』と書かれていた。
雑誌の後ろのさらに隅っこ、誰も気にしないような位置だった。
レビルはぐぬぬと歯嚙みをし、声を荒げる。
「副長!おい貴様!副長はどこへ行った!」
「ハッ、副長殿は体調不良でお休みされていますが……」
副長の代わりに近くにいた部下を怒鳴りつけるレビル。
部下の返事に怒りをあらわにした。
「なにぃ!?この非常時に体調不良だと!?そんな事を言ってる場合か!すぐに呼び出せ!」
「し、しかし本当に死にそうな顔をしておりまして……」
「大丈夫かどうかは俺が判断する!いいから引っ張ってでも連れて来いっ!」
「は、はいっ!」
レビルに言われるがまま飛び出す部下。
しばらくすると、言われた通り副長を連れて来た。
「ゴホッ、ゴホッ……何でしょうか、レビル様」
副長の顔はひどく青ざめていた。
頬は痩け、目の下にはクマができ、虚ろに淀んだ顔はまるで死人のようだった。
そんな副長を前にしても、レビルは同情など一切する様子はない。
「今日は大会前日だぞ!?何をゆっくり休んでおったのだっ!」
「す、すみません。本当に限界だったので本日お休みを頂いて、明日への英気を養おうと思いまして……」
「馬鹿もん!日頃から自己管理が出来ていないからそういう事になるのだ!それでもガルンモッサ竜騎士団の副長かっ!全くもってたるんどる!」
「申し訳ございません……げほっ、ごほっ!」
咳き込む副長だが、レビルは冷たく見下ろすのみだ。
「チッ、体調不良のフリか。同情などせんぞ」
「フリなどと……滅相もありません。本当に調子が悪く……」
「ふん、言い訳はいい。そんな事より仕事だ。これを見ろ!」
レビルは月刊ドラゴンライドの破れた頁、小さく書かれたガルンモッサレースの記事を副長に見せた。
「これは……?」
「以前取材に来た連中がいただろう?奴ら、あれだけ大きく頁を取って宣伝しろと言ったのに、この有様だ!ふざけておる!」
憤慨するレビルに副長は尋ねる。
「はぁ……それで、私は何をすればよろしいのですか?」
「抗議に行って来い!今すぐにだ!」
「しかし、確かここの編集部はアルトレオにあるはず。今から行っては明日の大会に帰って来れません」
「ならば手紙を書け!奴らが謝罪文を載せるように、そしてこれ以降は真面目に記事を取り扱うようにだ!一通程度では連中の頭では理解出来んだろうからな。猿でもわかるように百通だ!明日までに出しておくのだ!」
「無茶です!レビル様!」
抗議の声を上げたのは、副長を呼びに行った部下だった。
レビルは自分の前に立ちはだかるその部下を鬱陶しそうに睨みつけた。
「……なんだ貴様は」
「ハッ、今年ガルンモッサ竜騎士団に入団した者です。名は」
「そんな事は聞いておらん!なぜ一介の新人風情が偉そうに俺に抗議をするのか、それを聞いておるのだっ!」
部屋に響く大声に部下は、肩を竦ませ萎縮した。
しながらも何とか言葉を返す。
「……失礼しました。私は入団してすぐ副長殿の下に配属され、色々と仕事を任せて頂いております。だから知っています。副長殿は連日家にも帰らず睡眠時間も三時間程です。それでもまだ働こうとするので、私が半ば無理矢理休んで貰ったのです。それでも休んだのは今日だけなのです!ですからどうか、そのような雑務で副長殿を疲弊させるのはやめていただけないでしょうか?」
「……雑務、だと?」
部下の言葉に、レビルのこめかみに青筋が浮かぶ。
ブチ切れる寸前の兆候、それに気づいた副長が止めようとした。
「貴様ァ!歯を食いしばれッッッ!」
バキィ!と鈍い音が室内に響く。
副長は間に合わず、レビルの拳が部下を思い切り殴り飛ばした。
倒れ臥す部下にレビルは怒鳴り散らす。
「雑務だと!?何も知らぬ新入りが何を抜かす!恥を知れ!」
頬を抑えて倒れる部下に副長は駆け寄り声をかける。
「おい!大丈夫か!?」
「……平気です」
そう言って部下は立ち上がり、レビルを睨みつけた。
「レビル団長、お言葉を返すようですが、そもそも今回のレースですが竜騎士団が先頭切ってやるような事だとは到底思えません。竜騎士団の本来の仕事は国防です。それこそ、このような瑣末事で団を疲弊させるのは問題だと思いますが!」
「貴様ァ……!」
部下の、至極真っ当な反論を受け、レビルの顔は真っ赤になっていく。
どん!と机を勢いよく殴りつけるが、部下は全く怯えていない様子だった。
そらが気に入らないのか、レビルは拳を震わせる。
「クビだ!貴様のようなやる気のない奴は辞めてしまえ!」
「えぇそうさせて貰います!あんたのような人の下で誰が働けるか!」
「後悔するなよ!そんなザマでは他でやっていけられるははずがない!あとで泣きついてきても、絶対に受け入れないからな!」
「頼まれても戻りません!……副長、お世話になりました」
「う、うむ……」
ヤケクソ気味に頭を下げる部下に、副長はただ頷くしかない。
部下はすぐに頭を上げると、さっさと司令室を出て行ってしまった。
「おい!貴様にかけてやった教育費、弁償して貰うからな!」
それを見送りながら、レビルは更に罵声を浴びせる。
部下は振り向きもしなかった。
「……ふん、これだから最近の若いもんはたるんどる!おい副長、仕事はやっておけよ。それと言うまでもないが、明日は休んだりしたら許さんからな!」
「……はい」
項垂れながら副長は優秀で、しかし融通の利かなかった部下を惜しむのだった。
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