二人の王女、火花を散らす②
大会前日、飛竜の谷はレースの噂でもちきりだった。
待ちゆく人々はその手に月刊ドラゴンライドを持ち、勝敗の行方を予想し合っていた。
「なぁおい、竜姫と竜女王、どっちが勝つと思う?」
「竜女王が有利じゃね? なんせあいつ、最近ずっと飛んでるだろ」
「いやぁ竜姫もすごいぞ。一緒に飛んだことがあるが、あれはマジで狂人だ。命がいらないタイプだ」
「竜女王も大概だぜ? 谷底で見てたが、マジキチだったわ」
「どっちが勝つかねぇ。楽しみだなぁ」
そんな事を言いながら、男たちはテーブルに雑誌を広げ、談笑を続ける。
ふと、その中の一人が目を落とす。
雑誌の片隅にはガルンモッサでの竜レースが開かれる旨がちんまりと書かれていた。
「あー、そういやガルンモッサでもなんか大会やるんだっけ? 賭けレース」
「興味ねー。それにどうせ八百長だろ?」
「言えてる! ぎゃははは! 見る価値ねーよな!」
「それより明日の場所取りだけどさー……」
そう言ってまた、男たちの興味はミレーナたちのレースに戻るのだった。
■■■
数日前に発売された月刊ドラゴンライドの発行部数はなんと通常の五倍、増版に増版を重ね、ついにその発行部数は五万部にまで達していた。
「やりましたね、編集長! 五万部ですよ! 五万部! 読者からの反響もスゴいです! 葉書もたくさん来ていますよ!」
ドラゴンライドの記者が沢山の葉書を手に、編集長に話しかける。
彼らは取材の為、数日前から飛竜の谷にいる。
葉書は編集部ではなく、宿へ届けられるよう手配しているのだ。
編集長もまた、葉書を読みながら答える。
「うむ、やはり俺の読みは正しかったな。竜姫と竜女王のレース、盛り上がるとは思ったが、正直言ってここまで売れるとは計算外だった。……ぐふふ、うれしい悲鳴ってやつだな」
「すごいっすよね! 僕もこの業界長いですけど、これ以上売れた雑誌ってない気がします! もしかしてもしかすると、聖書より売れてるんじゃないっすか?」
キラキラ目を輝かせる記者を見て、編集者は呆れたようにため息を吐く。
「馬ァ鹿、ありゃ大陸全土どころか世界中で読まれてるんだ。比べるだけ空しいってもんだよ」
「……そっかぁ、そうですよねぇ……はぁ」
がっかりした顔の記者。編集長はその背中をバシンと叩く。
「だから、馬鹿かお前は! 比べるところが間違ってるんだよ! 確かに聖書の方が沢山の人間に読まれてるかもしれん。金を生んでるかもしれん。だがよ、俺たちの作った本は聖書なんかより全然面白いだろう? 少なくとも、俺たちはよ?」
編集長の言葉に、記者は前を向いた。
沈んでいた目は光を取り戻していた。
「それは……そうっす! 俺は月ドラの方が、聖書より絶対面白いと思うっす!」
「だろう? 売れるのは大事だが、全てじゃあない。製作者側が楽しんで作らないと、んなものは面白くねぇ! 面白くねぇもんを作っても価値はねぇ。編集者ってのはは面白い本を作ってナンボだ!」
「おぉ……そうっす! その通りっすよ編集長! 金の事しか考えてないかと思ったら、めちゃめちゃいいこと言いますね!」
「はっはっは、そうだろう?」
大笑いする編集長を見て、記者はふと思い出したようにつぶやく。
「……あれ? 編集長って、自己満足で作るな、ちゃんと読者が買いたくなるものを作れって……とか言ってなかったっすかね? さっき言ってたことと矛盾してないです?」
記者の言葉に編集長は、ニヤリと笑って答える。
「俺は売れるものを作るのが楽しいんだよ」
「えー……」
どこか納得がいかない顔の記者を尻目に、編集長は嬉しそうに空を見上げる。
日が昇ってから暮れるまで、毎日毎日飛び続けるミレーナとシャーレイ。
二人ともほぼ一日中である。
記者もその様子を見上げて言った。
「どっちが勝つと思います?」
「さぁな。長年レースを見てきたが、今回ばかりはわからん」
そう答えながらも、編集長は嬉しそうだった。
「……ま、わかっているのはどちらにしても、売れるって事だ。忙しくなるぞぉ……! ぐふっ! ぐふふふふっ! おい、インタビュー記事考えておけよ! どっちが勝ってもいいように、両方のをな!」
「わっかりましたぁ!」
編集長の不気味な笑いに、記者は元気の良く返事をするのだった。
■■■
最後の飛行訓練を終え、夕暮れの渓谷でドルトとミレーナは互いに見つめ合っていた。
「これまでよく頑張りました。素晴らしい成長、嬉しく思います」
「ありがとうございます。それもドルト殿のご指導あったればこそ、です」
ぺこりと頭を下げるミレーナ。
顔を上げたその表情は、自信に満ちたものだった。
しっかりした訓練を積み、確かな経験値を積んだ表情を見てドルトは頷く。
「良い顔になりましたね。自信に満ちた表情です。これならこの勝負、必ず勝てますよ」
「……はい!」
ドルトの言葉にミレーナは、力強く頷いた。
「おーっほほほ!」
そんな二人の耳に突如、高笑いが聞こえてくる。
声と共に谷底からせり上がって来るのは腕組みをしたシャーレイだった。
金髪縦ロールの髪が風になびき、バサバサと揺れていた。
二人を見下ろせる位置で止まり、その足元では飛竜が体勢を維持すべく羽ばたいている。
ミレーナは戦意に満ちた顔でそれを見上げる。
「シャーレイ……!」
「フ、必ず勝つ、などとは相変わらず大きな口を叩いてくれますわね。昔はもっと慎ましやかな性格でしたのに」
「あの頃の私とは違います。それをこの戦いで教えてあげますよ」
睨み合う二人の間に散る火花。
ふと、シャーレイは髪をかき上げると、視線をドルトへと移した。
「随分と慕われていますこと……正直言って、ただの中年にしか見えませんが。まぁえぇ? それなりの実力者であるのは認めなくもないですけれどもね」
「それなりではありません!ドルト殿は大陸最高、いえ、大陸史上最高の竜師です!」
「み、ミレーナ様、流石に言い過ぎです……」
全力で言い返すミレーナに、ドルトは困ったように言った。
「余程信頼しているようですが……忘れていませんわよね?この勝負に負けたら、その男は私のものになるんですわよ? ね、ゴールデンゴールド号」
「クルルルル……」
ゴールデンゴールド号と呼ばれた飛竜は、どこか熱っぽい目でドルトを見つめている。
「クルルルル……!」
そんなドルトの前にエメリアが立ち塞がった。
今度はこちらで散る火花。
ドルトは乾いた笑いを浮かべるのみである。
「フ、まぁよいでしょう。やる前から終わった時の事を話すなど、無粋が過ぎましたわ。この話はまた後で」
「それはどうでしょう?この話、二度とする事はないと思いますけれど」
「おーっほほほ、中々言いますわね!良いです!それでこそ私が戦う相手としてふさわしい!ゴールデンゴールド号!」
シャーレイの命令で、ゴールデンゴールド号は翼を羽ばたかせる。
ばさり、ばさりと空高く上昇していく。
「それでは明日! 楽しみにしていますわ! おーっほほほ! おーーーーっほっほっほ!!」
高笑いをしながら飛び去っていくシャーレイを、ミレーナは真剣な面持ちで見送っていた。
新作です。
伝説の魔女の遺産を相続して、大量の魔道具でぶらり旅をする話です。
のんびりした話なので、疲れた時にでも良かったら読んでみてください。
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