二人の王女、火花を散らす
飛竜の谷、渓谷の中をミレーナ駆るエメリアが飛んでいた。
その周りには数頭の飛竜、そしてライダーたち。
抜きつ抜かれつ、有利な位置を取り合いながら、竜の群れは岩壁を躱しながら飛翔する。
大会間近、ドルトの指導の元、ひたすら一人で飛んでいたミレーナだったが、本日の訓練は谷のライダー相手と一緒に走る事。
ミレーナ様は随分上手くなりました。ですがレースは乱戦。思うように位置取れるとも限りません。レベルの近い者同士で飛ぶ事も重要です。
しかしこれは一対一の戦いです。ドルト殿とやればよいのでは……?
ははは、私の事を買い被りすぎですよ。色々な者とやれば、その分経験値も貯まります。……それに。
それに?
そろそろ勝ち方を覚えるべきです。
ドルトは笑って言った。
そんなわけで開催された、合同訓練。
ドルトが仲良くなった谷のライダー十人程で行われていた。
飛竜の群れが雌雄を決するべぬ谷を舞う中、一頭の飛竜が抜きん出た。
「へっ、遅いぜ竜姫!」
飛び出してきたのは白兜の男。
白兜が駆る飛竜は翼を大きく広げ、さらに速度を上げていく。
勝ち誇り振り返る白兜だが、そのすぐ後ろに続くミレーナは憐れむような顔をしていた。
「……なんだァ?」
疑問の表情を浮かべる白兜、だがすぐにその理由に気付く。
白兜の下方から突如、強い上昇気流が吹いたのだ。
「ぎゃあああああああああーーーっ!?」
気流は翼を広げた飛竜を捉え、そのまま空高く舞い上げた。
ミレーナは遥か彼方に吹き飛ばされる白兜をちらりと見る。
「飛竜は気流の発生に気付いていたはず。あなたが急かさなければ躱せたでしょうに」
エメリアはミレーナの言葉の通り、気流を完全に読み切っているかのように飛ぶ。
後続の飛竜も同様に、である。
だが気流を読むことに関してはエメリアが上手のようで、ギリギリのラインを突きながら後続の飛竜と距離を離していく。
「流石ねエメリア。よく風を読んでいる」
ミレーナはエメリアの首を撫でながら、そう呟く。
ドルトの調教により、エメリアは谷に吹く風をミリ単位、秒単位で感知できるようになっていた。
それによりコース取りの正確さも向上し、複雑に吹き荒れる乱気流の中も、その影響を最小限にして飛ぶことが可能となったのである。
「うおおおおおおーーーーーッ!」
そんなミレーナとエメリアの背後から猛追するのは青兜の男。
青兜駆る飛竜は、その巨体を生かし気流を無視して突っ込んできたのだ。
「そこまでだ竜姫!それ以上の独走は、この青の閃光が許さんッ!」
ミレーナの上に出た青兜は、下を見てニヤリと笑う。
「先刻の白兜のような下手はせぬ!ここに位置取れば、上昇気流をまともに受けるのはお前だからな!」
「……なるほど、考えましたね」
相手の上を取るのは非常に有利とされている。
上昇気流はもとより、吹き下ろしの風を受けても下の飛竜がクッションになるからだ。
ミレーナはそれを振り切るべく、気流を躱しながらも速度を上げる。
それを嘲笑うのように、追う青兜。
「無駄無駄無駄!お前の動きなどバレバレよっ!」
更に上から、どう操縦するかも覗かれてしまうのだ。
ミレーナはしかし、動じる様子はない。
「……動じぬか、流石は竜姫。だがいつまでそうしていられるかな!?」
ミレーナの動きをトレースしながら、青兜は飛行を続ける。
そんな青兜だったが、不意に身体が大きく揺れた。
「風の影響はないはず……馬鹿なっ!?」
立て直そうとする青兜だったが、一度傾きかけた重心はそう簡単には戻らない。
悪戦苦闘しているうちに、ミレーナとの距離が徐々に離されていく。
必死に追いつこうとするが離れたことで気流の影響を受け始め、それも容易ではない。
「ぬおおおおおおーーーーーっ!?」
それでも無理やり進もうとする青兜だったが、吹き下ろしの気流に飲まれ、谷底へ落ちていった。
「あらら……大丈夫かしら」
ミレーナがちらりと下方を見ると、青兜は何とかバランスを立て直しつつあった。
あれなら落ちてしまう事はないだろう。……尤も、追いつく事もないだろうが。
青兜はミレーナの操縦に気を取られ過ぎていたのだ。
相手の操縦を見て、飛竜を動かしていてはどうやっても絶対に遅れてしまう。
相手が並みのライダーであれば少々ズレていても修正は余裕だが、相手はドルトが厳しく教えていたミレーナである。
一瞬のミスが命取り、気付いた時には時間切れだ。
「さて、と」
気を取り直してミレーナは前を向く。
ゴールまではあと少し。後方とは差をキープしており、このまま行けばミレーナの勝ちである。
油断せず最後のコーナーに突入するミレーナ。
ほぼ真横にまで竜の身体を傾け、岩壁に鼻先が擦れそうになる程の最短、最速、会心のコーナリング。
完璧、そう呟くミレーナの後ろにぴったりと、巨大な影が付いてきていた。
影の主はドルトだった。
「やはり来ましたね、ドルト殿っ!」
「見事です、ミレーナ様。並み居るライダーをものともしない」
「それはもう!ドルト殿のご教授のおかげですっ!」
ミレーナは振り向かずに言った。
「全員、彼らの事はそれなりには鍛えていたんですがね。流石は竜姫と言ったところですか?」
「な……そ、そんな風に呼ばれると、照れてしまいます……」
顔をやや赤く染めながらも、ミレーナは速度を落とす事はない。
操縦にも乱れはなく、冷静そのもの。
ミレーナは精神的に少々危ういところがあったが、それも見事克服していた。……少なくとも、飛竜に乗っている際は。
ドルトはそれを見て嬉しそうに頷く。
「心に乱れもないようですね。では今度は技量のほど、しっかり見せていただきますよ……!」
「はいっ!」
二人は気流に乗り、更に加速していく。
後続の飛竜の群れは気流に乗り切れず、ぐんぐん離されていった。
殆ど減速する事もなく、コーナーもぶつかる寸前のギリッギリ。
命知らずのライディングを、残されたライダーたちはただ見送るのみだ。
「いやぁ……あいつらマジで頭いかれてるわ」
「命が惜しくないのかね……」
「飛竜の谷には命知らずが集まるもんだが、奴らは規格外すぎるよな」
呆れ顔でライダーたちは、追いつくのを諦め速度を緩め、ダラダラと流し始める。
その中の一人がふと、下を向く。
「おっと、そういえば規格外がもう一人いたっけか」
谷底すれすれ、地を這うように飛ぶのは金装飾に彩られた飛竜。
その背に乗るのは真っ赤な飛竜服を纏ったシャーレイだった。
ガラガラと落ちてくる落石を、上も見ずに躱しながら飛んでいた。
「谷底は障害物も多いし、落石の数も上の方とは比べ物ならん。練習とはいえあそこまで低く飛ぶとはなぁ」
「しかも最大風速、最高難度の気流だぜ?よく乗りこなせるもんだ」
「まぁ女は軽くて柔軟性があるから、竜も動きやすい。単純な速度やコントロールでは男は敵わんぜ」
ライダーたちはシャーレイが飛んでいくのをぼんやりと眺めていた。
「……その二人についていくおっさんは何者なんだ?」
ライダーの呟きが、茜色の空に消えていった。
新作書きました。よかったら読んでみてください。
堕ちた大地で冒険者〜チート技術と超速レベルアップによる異星無双〜
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