若き騎士、反省する
大会十日前、ガルンモッサ国立競技場メイン会場は、人海戦術の甲斐あってようやく完成した。
その光景を見下ろしながら、レビルが言う。
「ふん、だから言っただろう。やれば出来る、と」
「そうですね……ごほ、ごほっ」
その隣には、痩せ細った副長の姿。
無茶なスケジュールでの不眠不休、何度も倒れ、医者に止められながら自分も作業に参加した副長の顔色はひどく青ざめていた。
だがそんな副長の働きなどレビルが気にかかるはずもない。
レビルは不機嫌そうに副長を睨みつける。
「貴様も何だそのやる気のない顔は! えぇい、こちらまで気が滅入るわ! 去ね!」
「すみません……ごほっ」
副長は言われるがまま、レビルの元を去るのだった。
建物が完成しても、まだ副長の仕事は終わらない。
今日は各国の要人が建物を視察に来る日だ。
副長はその案内をする必要があった。
待ち合わせ場所に行くと、すでに全員が集まっていた。
「ようこそおいでくださいました。歓迎いたします」
「うむ、今日は一日、よろしく頼みますぞ」
要人の一人、白髭の男が副長と握手を交わした。
この男は大国レイフに古くからいる外交長、ガルンモッサと何度もやり取りをしてきた者である。
副長もこの外交長には世話になっていた。
「こちらこそよろしくお願いします。……ごほっ」
「ほっほっほ、風邪かの。養生せいよ」
「はい。では行きましょう。皆様方、私に続いてくださいませ」
副長は要人たちを引き連れ、会場へと向かう。
石畳で舗装された道を歩いていくと、巨大な建物が見えてくる。
「おお、立派な建物ですなぁ」
「昔あった闘技場を改装しました。外壁も塗り直し、有名な芸術家が作ったモニュメントも幾つか並べております」
「ふむ、これは素晴らしい! 時代を先駆ける若手芸術家の作品ばかりですな!」
「このシンボルマークのデザインもよいですな。むむ、あの有名なピクソが描いたものか! 流石ですなぁ」
なお、そのモニュメントはレビルがスヴェン紹介の芸術家に、ほぼ無理やり寄贈させたものである。
例によって無料で、当然ごねられたが王族であるレビルに逆らえるはずもなく、彼らは泣き寝入りするのみだった。
それを知っていた副長は、愛想笑いを返す他ない。
正門を抜け、建物の中へと入る。
内部通路は大理石が敷き詰められており、シンボルマークが刻まれた旗があちこちに、左右にはずらっと垂れ幕が下がっていた。
「ほほう、中々趣のある垂れ幕ですな。こちらもピクソのデザインですかな?」
「ちょ! ま、まだ触らないで下さい!」
慌ててそれを止める副長。
内部はまだ骨組みだけの場所も多く、そこは吊り下げた旗や垂れ幕で隠されているのだ。
触ろうとした者は残念そうに手を引っ込める。
「む……すみませんのう」
「いえいえ……こちらこそ、幕が落ちてきたら大ごとですので」
「ははは、そうですな」
「えぇ……は、はは……あまり場内のものには触らぬよう、お願いします」
副長は何とか胸をなで下ろす。
要人たちが会場の安普請に気づかぬよう、副長はビクビクしながら進む。
通路を外に出ると、視界いっぱいに会場が現れた。
周りにはすり鉢状に無数の椅子が並び、眼下では練習で竜を走らせている。
「ほほう、これは素晴らしいですな!」
「うむ、これだけ立派な施設、どの国にもないでしょうな」
「ありがとうございます」
要人たちの称賛に副長は頭を下げた。
無理、無茶な仕事ではあったが、それでもなんとか成し遂げた。
レビルはついぞよくやったの一言もなかったが、それでも認めてくれる者はいるのだ。
自分の頑張りが報われる思いだった。
「近くで練習を見たいのですが、よろしいですかな?」
「……もちろんです。では下に降りましょう」
一行は階段を降り、グラウンドへと降り立つ。
どどどどどどど!と土煙を上げて爆走する竜の群れに、一行はおおおと感嘆の声を上げた。
「素晴らしい!我々文官はあまり竜が走るのを見る機会はないですからなぁ!一度間近で見て見たかったのですよ!」
「私もです!実は娘が大の竜騎士ファンでして。後でサインでも貰えたらと」
「喜んで頂けて幸いです」
副長の顔に、久しぶりの笑顔が戻りつつあった。
と、その後ろからまた、土煙が向かってくる。
練習中の竜の一団、先頭の竜には、短髪の青年が乗っていた。
副長は青年を指差して言った。
「あの者はが、今のガルンモッサで最も速い乗り手です。若く気は荒いですが、有望株なんですよ」
「おおっ、では是非彼のサインを……」
朗らかに話す副長たちに、土煙は一向に収まる気配なく突き進んでくる。
「おーい、どけどけどけーーーっ!」
青年が声を上げる。
危険を悟った副長は、全員の身体を掴み後ろに飛び退いた。
「あ、危ない!」
あわや、というところで竜に轢かれる事はなく、全員無事。
副長は痛む身体を押さえつつ立ち上がると、走り去る青年に声を荒げる。
「おい! 何をしているマルコっ! 危ないだろうが!」
「えー? なんすか副長」
マルコと呼ばれた青年は、不満そうに振り返る。
副長に呼ばれるまま、竜を歩いて向かわせるマルコ。
「降りろ!」
「へいへい……」
マルコはダルそうに竜から降りると、頭をボリボリと掻いた。
そして要人らをじろりと睨め付けた後、副長の方を向く。
「ちょっと副長、部外者を連れて来ちゃダメじゃないっすか」
「馬鹿! この方々は視察に来て頂いたのだ! それに今日は客が来るからと朝礼で言っただろう! ダメなのはお前の方だ!」
「えー、そんな事言ったかなぁ……」
とぼけるマルコだが、彼はそもそも朝礼には出ていない。
たまに出ていても、半分寝ている為聞いておらず、故に記憶などしているはずがなかった。
「でも、竜の訓練中に部外者立ち入り禁止なのは基本っすよねぇ」
「それを気をつけろと言っているんだろうが! バカか!」
あくまでも自分の非を認めないマルコ、それが故に白熱する副長。
言い争う二人に、レイフの外交長が声をかける。
「ま、まぁまぁ副長殿、私が無茶を言ってしまったのも悪かったのです。ここは穏便に……」
「……そうですね。お見苦しいところをお見せしました。おい、お前も謝るんだ!」
副長がマルコの頭を掴み、一緒に下げた。
だがマルコは無言で不服そうにしているのみである。
「ほら、謝れマルコ!」
苛立ち叱咤する副長に、マルコは諦めたように深いため息を吐く。
「……チッ、うるせーな。反省してまーす」
マルコは小声で、だが吐き捨てるように言った。
その場の全員が耳を疑い、唖然とする中、マルコは竜に飛び乗り走る。
「そんじゃー練習があるんで!」
そう言って、マルコは走り去る。
呆気に取られていた副長だったが、すぐに正気を取り戻し、顔を赤くしていく。
「この……ばかもんがぁーーーーっ!!」
そして、竜の尻尾に向け大声で怒鳴り上げる。
真っ赤な顔で声を荒げるが、マルコは素知らぬ顔だ。
何度も叫び限界を迎えた副長は呼吸を整える。
「はぁ、はぁ、げほっ……うっ!?」
が、突如胸を押さえて倒れた。
すぐに要人たちが集まり、副長の身体を起こす。
「ふ、副長殿!?」
「大丈夫ですか!? すぐに人を!」
自分を心配する声に、副長はなんとか返そうとするも、声が出ない。
副長はすぐに気を失い、医者の所へ搬送されたのだった。
■■■
見学が終わり、各国の要人たちは集まり話し合っていた。
内容はもちろん、先刻の事件についてである。
「やれやれ、ガルンモッサの竜騎士というのはひどく礼節を欠いておりますな。あのマルコとかいうのが筆頭というのですから、その程度も知れるものです」
「えぇ、以前からひどいとは思っていましたが、これほど落ちているとは……のうレイフの」
「ふむ……」
レイフ外交長が顎髭を撫ぜながら、重々しく頷く。
その場の誰もが同意すると思われた、だが彼は口元に笑みを浮かべた。
「ほっほ、なぁに若いもんはいいのう。血気盛んで、頼もしい事じゃわい」
快活に笑う男を見て、全員が目を丸くする。
まさか肯定するような言葉が返ってくるとは思わなかったのだ。
「お主らだって若い頃はあんなもんじゃったぞ?」
「う……」
追加で発せられる男の言葉に、全員が全員口ごもるしかなかった。
何せ、彼らはみな若い頃からこのレイフ外交長に面倒を見て貰った者たちばかりである。
まさに言われるがまま、若き日の自分たちを思い出していた。
そのうち苦笑が漏れる。
「……はは、貴方には敵いませんな」
「全くです」
彼らの言葉を聞いて、男はカッカと笑う。
「そうそう、ワシら老人の役目は彼らの成長を見守る事……さぁて、大会が楽しみじゃのう」
男は全員に、手にした酒をふるまう。
先刻までの淀んだ空気はいつの間にか、穏やかなものに変わっていた。
要人たちは皆、ガルンモッサに残り大会を待つことにした。
新作書きました。ぜひ読んでやってください。
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