おっさんと王女様、谷を攻める
飛竜の谷、頂の一部。
渓谷には風が吹き荒れていた。
「では軽く飛んでみましょうか。ミレーナ様はエメリアに乗ってください。何度も飛んだので、エメリアもよく馴染んだと思いますよ」
「あらエメリアったら、ドルト殿に可愛がって貰ってよかったわね。じゃあ改めて、いきましょうか」
「クルゥ」
ミレーナがエメリアに乗ると、ドルトはミレーナが乗って来た152号に乗り込む。
「あれ、ドルト殿。私と一緒に乗るわけではないのですか?」
「それでも構わないのですが、今回は後ろから見させていただきます。そうした方が良く見えるので。遠慮なく全力で飛んでください」
「む……」
ドルトの言葉に、ミレーナは少し顔をしかめる。
「……ドルト殿の実力は私も十分理解していいるつもりです。ですが、私とエメリア相手に、谷に不慣れなその竜でついてこれるとお思いですか?」
「お心遣いありがとうございます。ですが心配は不要、きちんとついていきますよ」
苦言を呈するミレーナに見向きもせず、ドルトは早々と152号に乗り込んだ。
「……いいでしょう。わかりましたとも、えぇ。加減なんてしませんから!」
「はい、行きましょうか」
ミレーナはエメリアを羽ばたせ、飛んだ。
そのすぐ後をドルトと152号が追う。
「……ふわぁ」
谷の隙間を縫うように空を行くエメリアに乗り、ミレーナは感嘆の声を上げた。
その姿勢はドルトに習い、日々練習した尻を持ち上げ、極端な前傾姿勢。
風を切り裂くような心地よい感覚に、ミレーナは口元を緩める。
「この姿勢……確かにいいですね!」
「クルゥ!」
加えてエメリアの感度の良さは今までとは比べ物にならない。
ドルトの調教により、エメリアはミレーナが命じる必要もなく、自分の判断で谷を最適なルートで飛べるようになっていた。
これにより乗り手の負担は大幅に軽減される。
命令すればその通りに飛ぶのは、勿論だ。
ミレーナはその乗り心地に酔いしれ、全力で飛んでいた……が、ふと気づく。
「しまった! いくらなんでもこんなスピードで飛んだらドルト殿がついてこれな……っ!?」
振り返ったミレーナが見たのは、問題なくついて来るドルトの姿。
しかもドルトには十分に余裕があるようで、後ろを向いたミレーナに気づくと手を振ってきた。
「……さ、流石はドルト殿ですね……でも!」
ミレーナはエメリアの目を見て、頷く。
「クルルルルルゥゥゥゥ!!」
エメリアは高い声で鳴くと、大きく翼を広げた。
谷に吹く突風を翼に受け、ぐん、と速度を上げる。
ちらりと目の端で後ろを見るミレーナだったが、ドルトもまた同じようについて来ていた。
「……上等です!」
ともあれミレーナは、全力でエメリアを飛ばすのだった。
■■■
「はぁ、はぁ……ぜぇ……」
「クゥ……」
バテバテのミレーナとエメリアの隣に、ドルトの駆る152号が悠々と着陸した。
「お疲れ様でした、ミレーナ様」
「ド……ルト……殿……何故……?」
「……何故自分とエメリアの全力についてこれるのか、それで何故息を切らせぬのか、質問の意図はそんなところですか?」
そう言って微笑むドルトに、ミレーナはこくこくと頷いて返す。
既にしゃべる気力もないミレーナに、ドルトは講釈を始める。
「確かに私はここに来てエメリアに乗り、何度も谷を飛んでは身体に覚えこませました。ですが、それはあくまでも私を乗せた飛び方です。体重の軽く華奢なミレーナ様を乗せた場合では最適解足り得ないのですよ」
「軽く、華奢……ですか?」
ドルトの言葉に、ミレーナはほんのり頬を赤く染める。
「? えぇ、そうでしょう?」
「そうですか!ふふ、よかったです!」
ドルトにその理由がわからず首を傾げた。
大柄なドルトとミレーナを比べればその身体は当然軽く、華奢である。
言うまでもない当然の事なのだが、あまりに嬉しそうなミレーナにそれ以上の言及をしなかった。
「それより、後ろから見ていて気づいた事があります。ミレーナ様、エメリアに乗っていただけますか?」
「はぁ、わかりました」
言われるままエメリアに乗るミレーナ。
ドルトもそれに続く。
「騎竜の姿勢ですが、かなり練習したようですね。最後まで姿勢を崩さず安定していたのは流石です。ですが、カーブの姿勢がまだ甘い。もっと身体を傾けねば、コーナーで大きく膨らんでその分速度が落ちてしまいます。……論より一度ご覧になった方が速いでしょう。エメリア、飛んでくれ」
「クルゥ」
ドルトの言葉で、エメリアは翼を広げて飛んだ。
谷へ向かって急降下しながら、速度を上げていく。
「しっかり掴まっていてください」
「は、はい!」
ミレーナはここぞとばかりに、ドルトの背中にギュッと抱きつく。
「はふぅ……暖かくて、おっきぃ……」
ドルトの背中に顔を埋め、幸せそうな顔のミレーナ。
その体制のまま大きく息を吸い、ドルトの匂いを胸いっぱいに吸い込む。
「私に言われるまでもなく分かっているとは思われますが、谷での速さには上手く風に乗り移り続ける事ですが……もう一つ、どれだけ速度を落とさず、外へ膨らまずにカーブを曲がる事も重要です」
「すぅ、はぁ……あ! そ、そうですね!」
ドルトの言葉に、ミレーナは背中に頭を押しつけるようにして頷いた。
「私の見立てではミレーナ様の姿勢はまだ、ぬるい」
「へ?」
ドルトはそう言って、岩壁へと突っ込んで行く。
衝突させるかのような速度、このままではぶつかってしまう、そう思った時である。
エメリアの身体が一気に傾いた。
「ひゃわわわわっ!?」
先刻のような余裕はなしに、ミレーナはドルトに本気でしがみついた。
完全に真横に傾いた状態で、エメリアは岩壁すれすれ、頭をぶつけそうになるくらいすれすれで、飛ぶ。
「きゃあああああーーーっ!?」
悲鳴をあげるミレーナ。
ようやくカーブを終わった。
エメリアはスピードを緩め通常飛行に戻り、先刻の場所へと戻っていく。
「……と、まぁこんな感じです」
「はーっ、はーっ……」
ミレーナはバクバクと打つ心臓を鎮めるべく何度も深呼吸を行っていた。
ドルトはやや驚いた様子で振り返り、言った。、
「……意外です。ミレーナ様なら大丈夫かと思いましたが……怖かったですか?」
「えぇと、いえその……」
顔を上げると、ミレーナは恍惚とした表情で微笑む。
「とっても、凄かったです……こんなの、初めて……」
頬を赤く染め、うっとりとした様子のミレーナを見て、ドルトはドン引きした。
「そ、そうですか……」
「えぇ、確かに言われた通り、ここまで攻めた事はありませんでした。もっともっと、ギリギリのギリギリまで攻める事が必要なのですねっ!」
目を輝かせ、何度も頷くミレーナを見て、ドルトは誤ったかなと思った。
だがそうしなければ勝てない相手なのも事実。
「まぁその、死なない程度に……」
ドルトは自分の言葉に若干後悔しつつ、ミレーナの無事を祈るのだった。
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契約獣頼りの異世界生活
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