竜王女とおっさん、誤解を受ける
「なんという偶然でしょう!まさかこのタイミングで竜女王と竜王女が揃うとは! 皆様、拍手でお迎え下さい!」
おおおおおおおおお!! と、喝采を浴びながら、ミレーナが壇上に上がる。
ドルトはこっそりと付き人のようにその後ろに続く。
壇上ではシャーレイが両手を腰に当て胸を張り、ミレーナを迎え立つ。
「フ、逃げずによく来ましたわね。竜王女? その勇気だけは褒めて上げても良くってよ」
「誰が逃げるものですかっ!」
ミレーナも負けじと同じポーズで返す。
互いに一歩ずつ前に進み、ぶつかると二人の胸が押し合いむにゅっと形を変え、歓声が上がった
身長の高いシャーレイがミレーナを見下ろして、言った。
「あらあら、前と比べて随分自信があるようね? ちゃんと練習してきたのかしら」
「えぇ、それはもう! あなたなんかには万に一つも負けないわ!」
ミレーナは見上げて言い返す。
闘志に燃える視線をまっすぐに受け、シャーレイは嬉しそうに目を細めた。
「いい目になりましたわね、竜王女! それでこそやり甲斐があるというもの……やはり、その男の影響ですか?」
「えぇそうよ! この方に手取り足取り色々教わりましたから!」
おおおおおおおお!! とまた声が上がる。
あからさまに誤解を生んでいたが、壇上の三人は全くそれに気づいていない様子だった。
「フ、ならば大会当日を楽しみにしています。せいぜい私を楽しませることですわね!」
「吠え面かかせてあげます! えぇぐうの音も出ないほどに!」
「おーっほほほ、吠えるのは構いませんが、負けた時の事をお忘れなきよう! あなたの大切な人は私のモノになるのですから!」
そう言ってシャーレイは、ドルトに視線を送った。
ミレーナがその前に立ちはだかり、二人の視線がバチバチと火花を散らす。
おおおおおおおお!? と更に観客は色めき立つ。
「なるほどなるほどー、お二人の戦う理由、我々にもよぉく理解出来ました! 愛する男を取り合う美女二人! いいですね! 熱いですね!」
「ふぁっ!?」
間に入った編集長の言葉に、二人は戸惑い声を上げる。
「ち、ちが……!」
「何を言って……」
否定しようとする二人だったが、
「おいおいおいおい! モテモテだなおっさん!」
「ナニモンだよおっさん! すげーなオイ!」
「くそぉ!二人ともちょっとファンだったのによぉ!」
「おーい、おっさんなんか辞めて俺と付き合おうぜ!どっちでもいいからさ!」
観客たちの声がそれを打ち消した。
盛り上がりは最高潮に達し、とてもではないが訂正など出来そうな雰囲気ではなかった。
「はぁ、まぁいいわ。ここでの話は所詮は泡沫。盛り上がったからよし! としましょう。フ、そこなおっさんとやら、光栄に思うがいいですわ!」
シャーレイは否定を早々に諦め、むしろポジティブに捉えていた。
「そ、そうですね。それにその、た、確かにまんざら嘘でも……その、ないですし……」
ミレーナは真っ赤な顔で俯いて、ドルトの方をちらりと見た。
「いやぁ、面白いことになって来ましたなぁ。ところであなた、誰でしたっけ? 特別インタビューを申し込みたいのですが……?」
そして事情を知らぬ編集長は、ドルトを小突きながら話しかけてくる。
「……遠慮しておきます」
ドルトはそれをはっきりと拒否し、頭を抱えるのだった。
■■■
インタビューを終えると、辺りは暗くなりかけていた。
人通りも減り始め、街は夕方の喧騒が嘘のように静まり返る。
酒場で男たちが騒ぐ声が遠巻きに聞こえる程だ。
「そういえばミレーナ様はどちらに泊られる予定ですか? 人が増えてホテルはどこもいっぱいですよ」
「心配には及びません。ちゃんと〝A〟に言って予約を取らせていますから……うん、ここですね。ホテルニューキャニオン!」
ミレーナが見上げると、少しぼろい建物にはホテルニューグランドと書かれていた。
ドルトも釣られて見上げる。
「……そこ、私が泊まっているホテルですね」
「んなっ!? そ、そうなのですか? た、たまたまでしょうか……?」
「微妙に安宿なのですが……まぁここしか取れなかったのでしょう」
そう言いながら中に入るドルト。
ミレーナはその後に続きながら、ホテルの予約を頼んだ時のメイドAの不気味な笑みを思い出していた。
ついでに親指を立てていた事も。
「えぇと、一名で予約の方ですね。はい、では312号室になります」
鍵を受け取るミレーナの横で、ドルトが呟く。
「……私の隣ですね」
「ぐ、偶然ですね! あはっ! あははっ!」
ミレーナはぎこちなく笑いながら、ホテルの廊下を進む。
動揺のあまり、右手と右足が同時に出ていた。
「ミレーナ様、そっちには階段が……」
「えっ? なんですって……きゃあっ!?」
ドルトが注意した直後、躓き転びそうになるミレーナ。
それをドルトは慌てて抱き止めた。
「……すみません」
「いえいえ……大丈夫ですか? それより顔が真っ赤ですが……」
「も、問題ありません! ありませんとも!」
「なら、いいのですが……」
まだギクシャクしながらも、ミレーナは階段を登るのだった。
3階、部屋の前に辿り着いたミレーナは、ドルトと自分の部屋を交互に見て真っ赤になっていた。
「では、何かあったらすぐに呼んでください。まぁ心配せずともこの街には偉い方の護衛がたくさん来ているので、そう問題事は起こらないでしょうが」
「ドルト殿もいますしね」
「えぇ、命に代えてもお守りいたします。それでは明日も早いですし、おやすみなさい」
「はい」
二人は別れ、各々の部屋へと入るのだった。
■■■
翌日、ドルトがラウンジで朝食を食べていると、ミレーナが降りてくる。
「おはようございます」
「ふぁ……おはようございます。ドルト殿……あふぅ」
「ははは、随分眠そうですね。あと名前は……」
「そ、そうでした。……こほん、失礼しました」
うっかりドルトの名を出してしまったミレーナが慌てて周囲を見渡したが、幸いにもそれを気にしている者は誰一人としていなかった。
「あまり眠れなかったようですね。大丈夫ですか?」
「む……えぇ、少しその、あはは……」
ミレーナはもごもごと言い淀む。
先日の夜、ミレーナはドルトの隣の部屋という事実に緊張し、目が冴え殆ど寝れなかったのだ。
布団の中でゴロゴロと寝返りを打ち続け、ようやく眠りに落ちたのは空が白み始めた辺りである。
おかげで寝不足だった。
「大丈夫ですか? これから谷で練習ですが」
「問題ありませんとも! えぇ、ご教授お願いします!」
びしり、と敬礼姿勢を取り、ミレーナはドルトに向かい立つ。
気迫は十分、それを感じ取ったドルトは頷くと、飛竜の谷へ向かうのだった。
おっさん竜師、無事に二巻が発売となりました!
是非とも購入いただければと思います! 打ちきりにならないためにも! ぜひぜひ!
よろしくお願いします。