おっさん、王女様と再会する
日々の飛行訓練を終えたドルトは、エメリアの身体をデッキブラシでゴシゴシと洗っていた。
埃にまみれていた鱗は、擦るたびにきれいな青銀色に光る。
気持ちよさそうに目を細めていたエメリアだったが、不意に首を持ち上げ西の空を見上げた。
ドルトも釣られてそちらを見ると、一頭の飛竜が向かってくるのが見えた。
「あの飛び方……152号か。ということは……」
「ドルト殿ーーーーっ!」
見覚えのある飛竜の背に乗る人物は、ぶんぶんと手を振っていた。
飛竜兜で顔を隠しているが、その声はミレーナのものだった。
ミレーナはドルトのすぐそばに飛竜を降下させる。
「ドルト殿! お久しぶりです! エメリアも!」
「お久しぶりですミレーナ様。……どうやら随分鍛えられたご様子ですね」
「……そんなに見ないでください……恥ずかしいです……」
ドルトの言葉にミレーナは頬を赤く染めた。
その肢体からはうっすらと隆起した筋肉が見えていた。
美しくしなやかに鍛え上げられた筋肉に、ドルトはほうとため息を吐く。
「いえ、素晴らしいと思いますよ」
「い、いやだわドルト殿ったら……」
「クルル……」
二人のやりとりを見て、エメリアは呆れたように鳴くのだった。
「そういえばドルト殿、ここでの呼び名はなんですか?」
「あ……本名禁止なんでしたね。失念です。失礼しました、竜王女」
「な、なんだか気恥ずかしですね……それで、ドルト殿は?きっと良き名を付けられたのでしょう?竜神とか、操竜人とか、竜王者とか」
キラキラと期待に満ちた目をドルトに送るミレーナ。
ドルトはやや考え込んだ後、ぽつりと呟く。
「……おっさん、と」
「え? 今何と?」
目を丸くするミレーナに、ドルトは照れくさそうに答える。
「だから、おっさんです。そう呼ばれています」
「な、ななな、なんと……!」
ミレーナはショックのあまりか、ふらりと足元をよろめかせた。
ありえない、そんな、ドルト殿ともあろう方を……などとブツブツ呟いている。
「おーい、おっさんよーい!」
そんなミレーナの背後から、飛竜兜を被った男たちが歩いて来る。
黄色兜を先頭に、ドルトが谷で知り合った者たちだった。
「おいおいおっさん、今日は女連れかぁ?」
「なんだよおっさん、隅におけねぇなぁ」
ニヤニヤしながらドルトに絡む男たち。
「ほ、本当におっさん呼ばわり……」
そう呟くミレーナに、男の一人が気づく。
「……ん、アンタもしかして、竜王女じゃないか?」
「おお、本当だ!竜女王とバトルするんだっけか!そういや月末に大会だっけか」
「はぁ……」
困ったように答えるミレーナに、男たちが集まって来る。
「マジかおっさん、竜王女とも知り合いたのかよ!」
「やるなぁ。くそぉ、おっさんのくせによぉ」
「ははは……」
ドルトもまた、男たちにどつかれながら乾いた笑いを返す。
そんなドルトに、ミレーナが小声で話しかけた。
(どういうことでしょう?私、ここへ来るのは久しぶりですし、ここまで名が知れ渡っているとは思えないのですが……)
「あー、それはですねミレ……じゃなくて竜王女、街へ降りればその理由はすぐにわかりますよ」
「?」
「見た方が早いですね。今日は練習するにも遅いですし、街へ行きませんか?」
「はぁ、わかりました」
首を傾げるミレーナを連れ、ドルトらは飛竜に乗り込み、街へと降りるのだった。
「な、なんですかこれは……?」
街に足を踏み入れたミレーナは思わず目を疑った。
街の門にはミレーナとシャーレイの顔が大きく描かれた看板が対になって立てかけられており、その上方には更に大きく、竜王女と竜女王、合間見える!とデカデカと書かていた。
それだけでなく、そこかしこの建物にも似たようなデザインの垂れ幕が下がっている。
「ライダーや住民たちが自発的にやっているみたいです。結構な客寄せになってるみたいですよ。街は噂で持ちきりです」
「なんだかプレッシャーですね……」
「他にも色々な国から資金援助が来てるみたいですしね。皆、楽しみにしているんですよ」
お祭り騒ぎの街中をドルトとミレーナは行く。
はぐれないように、ミレーナはドルトの服の裾をちょんとつまんだ。
「さーいらっしゃい、いらっしゃい!レース記念特別セールだよーっ!」
出店も幾つか出ており、その中の一つに客が集中していた。
そこでは長方形の薄い紙束が、袋に入れられ売られていた。
袋にはドラゴンライダーコレクションと文字が、そして竜とライダーの絵が描かれていた。
これはドラコレと呼ばれるカードゲームで、貴族たちの間で密かに流行しているのだ。
「くっそーまたダブった!」
「シークレットレアがでねー!」
さっそく購入したパックを開けた者たちが、悲喜交々の声を上げている。
「おい、竜王女のNo.72と赤き竜王のNo.21交換してくれ。ダブったんだよ」
「やだよ、竜王女はゴミレアだろ。下手すりゃコモンより安値でバラ売りしてるぜ」
男たちの言葉を聞きながら、ミレーナは不機嫌そうに眉を顰める。
「……なんだかわかりませんが、不愉快です」
「ま、まぁまぁ、たかがカードゲームですから」
慌ててドルトがフォローを入れる。
むすっとするミレーナはふと、目の前の人だかりに気づいた。
人だかりの中心、壇上では真っ赤な騎竜服を着た女性ライダーが、小太りの中年男と共にいた。
シャーレイと月刊ドラゴンライドの編集長だった。
「……本日はお忙しいところ、わざわざありがとうございます。竜女王」
「おーっほほほ!構いませんですことよ?しっかり聞いて、書き留めなさいな。100頁くらい記事にしてもよくってよ?」
相変わらずの高笑いをしながら、シャーレイは編集長のインタビューに答え始める。
「今回の大会ですが、どういった理由で開かれることになったのでしょう? 竜女王は今回の大会に、かなり出資されたと聞きましたが」
「まぁ、基本的には資金稼ぎですわね。我が国は資源に恵まれていないので、興行産業を盛り上げていかねばなりませんの。今回の大会もその一部ですわ」
「なるほど。ドラコレも竜女王の企画だとか。中々やり手ですなぁ」
「おーっほほほ、それほどでもありますけれど! おーっほほほ!」
そんな二人のやり取りを見て、ドルトが呟く。
「へぇ、あの人何も考えてなさそうな感じだったけど、色々考えてるんだなぁ」
「意外とやり手なんですよ。大陸中を飛び回り、色んなアソビを取り入れて新たな興業を発案する……頭悪そうに見えますし、実際あまり良くはないのですが、行動力と面白さに対する真剣さがあるからこそ、その企画は高確率で成功し、利益を生んできたんですよ。幼い頃から一緒に遊んできましたが、いつも面白い遊びを思いついては、皆を引き連れて遊んでいましたからね」
「なんか、ガキ大将みたいな人だったんですね」
「あはは、それ言えてます!」
シャーレイについて、楽しそうに語るミレーナ。
「でもその割に、ここではちょっとのけ者っぽい感じですけど。よく一人で飛んでますよ」
「あの調子ですからね。シャーレイは空気が読めないし、いい意味でも悪い意味でも子供ですから。空気感を重視するこういう場所では嫌われることも多いかもしれませんね。あ、実際のところはそんな悪いコじゃないんですよ?深く考えていないだけで」
悪く言ってすぐ、ミレーナはフォローを入れる。
そんなミレーナを見て微笑むドルト。
「な、なんですか。ニヤニヤして……」
「いえ、良いライバルなのだなと。失礼しました」
「……もう、ドルト殿ったら……」
ドルトの言葉にミレーナは、困ったように、でもどこか嬉しそうに顔を赤らめる。
「あら、そこの二人」
そんな二人に気づいたのか、シャーレイが立ち上がり声を上げた。
顔を見合わせる二人……ドルトとミレーナを見て、シャーレイは手招きをした。
「そんなところでぼおっとしてないで、こっちに来なさいな。あなたたちも一応主役の一角なのだから」
「はぁ……」
「ほら、そんな辛気臭い顔をしているからゴミレア扱いされるのですわよ!」
「誰がゴミレアですかっ!ちょっと待っていなさい!訂正させてあげますからっ!」
シャーレイに煽られ、ミレーナは人混みをかき分け壇上へ進む。
ドルトは溜 ため息を吐きながら、それに続くのだった。
短編を書いてみたのでよかったら読んでみてください。
『会社を辞めたのでのんびりスローライフを送る事にした』
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