おっさん、おっさんたちと戯れる
「なぁ青兜、少しいいか」
「おう、なんだい。おっさん」
ひとしきり谷を飛び終えたドルトは、同じく崖の上に降り立った青兜に声をかける。
ドルトは飲み物を飲む青兜の傍らにいる飛竜に近づき、目を凝らした。
「……やっぱりだ。その飛竜、先刻の落石で軽く翼を打ったようだな。湿布を貼った方がいい」
「そうなのか? 違和感は感じなかったが……」
「乗り手にそう感じさせない、いい飛竜なんだよ。後ろから見ればよくわかる……ちょっと失礼」
ドルトは飛竜の横に行くと、腰のポーチから湿布を取り出した。
飛竜の翼に湿布を張り、テープでしっかりと固定する。
その手際の良さに青兜は口笛を吹いた。
「ん、まぁこんなもんか。暫くは無理させない方がいいぜ」
「ありがとうよ。……ちっ、世話をするつもりが、俺の方が世話になっちまったな」
「いやいや、俺はここの事は何も知らないからな。助かってるさ。これからも頼むぜ」
「……こっちこそ」
ドルトと青兜はそう言って、固く手を取り合うのだった。
「おいおいおい、何やってるんだよ青兜」
そんな二人の後ろに飛竜が一頭、その背には白色の騎竜兜を被った男。
「新入りかぁ? その割には歳食ってるけどよ」
「ちゃんと面倒見てやってるんだろうなぁ!?」
更に二頭、それぞれ乗っているのは黄色と緑の騎竜兜を被った男。
三人は飛竜から降りると、青兜に声をかける。
「なぁ青いの、ちゃんと上下関係を叩き込んでやったんだろうなぁ?」
「そうとも! この世界、舐められた奴は終わりだぜ。速い奴が正義なんだ」
「まずはビシッ! と速さを見せつけねぇといけないぜ。新入りには谷の恐ろしさを教えてやらんとな」
三人の言葉に、青兜は首を振って返す。
「いやぁそのつもりだったんだがな。負けたよ。ボロボロに。このおっさん、見た目によらず相当速いぜ」
「なんだと……?」
それを聞いて三人の表情が変わると、話しかける相手をドルトに変えた。
「どうやら少しはやるようだな、おっさんとやら」
「だがその体格では風の抵抗も大きく受ける、それに重くて飛竜も速度が出んだろう」
「大方、青兜に勝ったのはまぐれか何かだろうよ。だが調子に乗られては困る。言っておくが青兜は四天王で最遅! 言うならば面汚しよ! おいおっさん、俺たちが谷のルールってやつを教えてやるぜ! 親切丁寧にな!」
「お、おう……」
三人はドルトを取り囲むと、口々に声を上げた。
そして――――
「く……っ!なんて速さだ……!」
「バケモンかこのおっさん!?」
「ヤベェ! パネェ!」
谷を一周、ドルトと共に飛んだ三人だったが、あっさりと叩きのめされ地に伏していた。
「あーあ、だから言ったのに」
それを呆れ顔で見下ろしながら、青兜が言った。
ドルトは三人には一瞥もくれず、彼らの飛竜の様子を見ていた。
「こっちは胃腸が弱ってる。消化の良い柔らかい草を食べさせた方がいいな。あとよく噛ませる事。こっちは特に足腰が弱すぎる。その巨体を地上で支えるのは足腰だ。飛竜だからって疎かにしていいわけじゃない。こっちは片目がの視力が落ちてるな。レンズを入れた方がいいかもしれん」
「おいおい、なんでそんな事がわかるんだよ。テキトーこいてんじゃねぇぞコラ!」
白兜の男がドルトに食ってかかるが、それをもう一人が静止する。
「い、いや。でも確かに俺の飛竜は最近下痢気味だったぞ!?」
「俺のも……飛び立つ時や着陸の時にちょっとフラついてたかも……」
「そういや俺のもなーんか見えてない時があったような……いやいやいや、ありえねーって!」
そう言って男が飛竜の片目側に回り込み、ハンドサインを出す。
飛竜は男を見てはいるが、見えてはいない様子だった。
「まーじかー! つかなんでわかったんだおっさん!?」
「いやぁ、普通に分かるだろ」
「わっかんねーーーよ! しかもちょっと一緒に飛んだだけだろ!? わかるか! 怖いわ!」
「大したことはないと思うんだけどな……」
ぽりぽりと頬を掻くドルトの周りで、男たちは盛り上がる。
「な! すげーんだよこのおっさん! そう言えば前に来た竜医とちょっと雰囲気似てねーか?」
「よせよせ、あんな奴の事を思い出させるなって。寒気がしてくるぜ」
「うむ、あのイカレと比べればこのおっさんはまともな方だ」
「つーかよ、飛んだら腹減ったぜ。メシでも行かねーか? おっさんもよ。見てくれた礼に一杯奢ってやるから。麓にはちょっとした街もあるんだ。ここの酒は一味違うぜ?」
「へぇ、そりゃ楽しみだ」
飛竜に乗って降りていくドルトたちを見送りながら、黄色兜の男は舌打ちをしていた。
「……チッ、おっさんだかなんだかしらねーが、俺は認めねーぞ」
■■■
飛竜の谷の麓には街があり、多くのライダーたちが行き来きしていた。
例に漏れず、街中でも彼らは顔は隠している。
出店も数多く見受けられ、比較的栄えているように見えた。
「へぇ、思ったより繁盛してるじゃないか。お、陸竜も結構いるな」
「輸送用さ。ライダーってのは基本金持ちばかりだからな。色々入用なんだ。……まぁ入れよ」
案内された酒場に入ると、昼間からライダーたちが顔を赤くして飲み交わしていた。
ドルトたちに気づいた中の一人、髭もじゃの男が声をかけてくる。
「おお! 兜どもじゃねぇか! そいつは新入りか?」
「あぁ、めっぽう竜に詳しいおっさんだ。ライドの腕もヤバい」
「がっはっは! そりゃ兜ども、お前さんらがショボいんだよ! 新入り狩りばかりやってるからだぜ! 俺が鍛え直してやろうかぁ!?」
「うるせぇクソじじい!」
大笑いする髭もじゃの男に悪態をつきながら、ドルトたちは端のテーブルについた。
ウエイトレスが来ると、口々に注文を言う。
「俺、バーボン」
「レモンリキュール」
そんな中、遅れてきた黄色兜の男がテーブルに勢いよく腰を下ろした。
「お、黄色いの、遅かったじゃねぇかよ。一体どこ行って……」
「――――ワリィワリィ、こいつを買ってきてたのよ」
どん! と黄色兜がテーブルの上に置いたのは、大きな酒瓶である。
ラベルには、酔いつぶれて倒れた竜の絵が描かれていた。
それを見た他の兜たちがざわめく。
「おまっ! それ竜殺しじゃねぇか! 何買ってきてんだよ!」
「へへ、良いだろ。新入りに奢ってやろうと思ってよ。飲むよな、おっさん」
黄色兜の男が挑戦的な笑みを浮かべ、ドルトに酒口を向ける。
「……ありがたいね」
ドルトはそれに動じることなく、手にしたグラスで応える。
「ちょ、おいおっさん待てって! そいつは――――」
慌てて止めかけた青兜の頭を、髭もじゃ男がぐいと掴んだ。
「いいじゃねぇか。おもしろそうだ」
そんな男たちの視線を受けながら、トプトプと音を立て注がれる「竜殺し」。
これはアルコール度数120%の原酒で、火を近づければ燃えるような代物だ。
竜ですら一口飲めば火を噴いて倒れるような酒、その名は偽りではなく、本物である。
グラス一杯に満たされたそれは、表面が気化し、ゆらりと揺れる。
明らかに危険なそれを見て盛り上がるギャラリーたち。
黄色兜はニヤリと笑う。
その中心でドルトは――――
「美味そうだ」
そう言って、ぐいと一息に飲み干した。
ごくごくと喉を鳴らす音だけが、静寂の酒場に響いた。
「……ふーぅ」
長い一息を漏らすと、ドルトは空になったグラスを置いた。
おおおおおおおお!! と、周りの男たちが沸く。
「ば、バカな……!」
黄色兜が後ずさるのを、髭もじゃの男が肩を掴んで止める。
「おいおい、どこへ行こうってんだ? 次はお前さんの番だろう?」
「そうだそうだ!」「逃げてんじゃねぇぞ黄色いのー!」「腰抜けにライダーは務まらねぇよなぁ!?」
「く……ぐぐぐ……」
周りからの煽りを受け、黄色兜は覚悟を決めたように目を見開いた。
ドルトの手からグラスを奪い取ると、そこに同じだけの量を注ぎ入れる。
「おらぁ! 見晒せボケどもォォォォォ!!」
そして一気に飲み干して――――倒れた。
「あらら……」
ドルトは呆れたように目を回した黄色兜を見下ろす。
そこへ入ってきたのは髭もじゃの男である。男は黄色兜をひょいとつまむと、肩に担ぎ上げた。
「がっはっは! 無茶をする小童どもだ。楽しませて貰ったわい!」
そう言って男は「竜殺し」を手に取る。
ドルトはやや顔を赤くさせながら、好戦的な笑みを浮かべる。
「なんだいじいさん? アンタも俺と飲み比べするのか?」
「坊主、好きな飲み物はあるか? アルコール以外でだ」
だが帰ってきたのは意外な問いだった。
ドルトは拍子抜けといった顔で答える。
「……? ミルク」
「おう、ちょっと待っていな」
そう言うと髭もじゃの男はカウンターからミルクを取ってきた。
グラスにミルクと竜殺しを注ぎ入れ混ぜると、ドルトに渡した。
「ミルク割りだ。こいつは基本、割って飲むものだ。竜殺しをストレートで飲むなんざ、無茶をするぜ」
「へぇ、そうなのか」
言ってドルトは、それを軽く飲み干した。
口の中で味わったドルトはその味に驚き目を丸くする。
「……確かに、こっちの方が美味い」
ドルトの言葉にキョトンとする髭もじゃの男だったが、すぐに噴き出し大笑いし始める。
「がっはっは! 面白ぇ男だ! 気に入ったぜ! 皆の衆、今日は奢りだ! 楽しんでいけや!」
「おおおおおおおおおお!!」
盛り上がる酒場の中心で、ドルトはちびりと酒を傾けた。