王女様、筋トレをする。後編
「……というわけだ。リリアン、これからしばらくミレーナ様を鍛えてくれるか?」
「ふん」
ドルトの言葉に、リリアンと呼ばれた女性は鼻を鳴らす。
鋭い目つきに固く結ばれた口。
一見して不機嫌そうではあるが、別にそういうわけではない。顔付きなのだ。
その体躯は女性でありながら筋骨隆々といった具合で、服の上からでも分かるほどの盛り上がりを見せていた。
これ見よがしに開けた腹から見える腹筋は、見事に六つに割れていた。
「いいだろう。そういう事なら私の出番だ。私がミレーナ様を見事な戦士に仕立て上げようじゃないか」
「お願いします!」
ミレーナはそう言って、リリアンに勢いよく頭を下げた。
それを見てドルトは満足げに頷く。
「ではミレーナ様はリリアンと共に基礎体力を上げてください。それが終わったら改めて谷にいらしてください。私が飛竜の乗り方を指南します」
「はい! 例のドルト殿の考案した乗り方、ドルト流スーパーライディング術もしっかりマスターしておきますねっ!」
「そ、そこまでは言っておりませんが……まぁやる気になられたのでしたらなによりです」
「はいっ!」
ぐっと拳を握るミレーナを見て、ドルトはやや呆れ気味に頷く。
そこまでは言ってないのだがと心の中で抗議した。
「それでは私はエメリアの調整のため、飛竜の谷に行ってきますね。エメリアは最近あまり飛んでいなかったようですしね。本来のエメリアならもっと早く、上手く飛べるでしょう」
「クルーゥ!」
ドルトの傍らにいたエメリアが、そうだと言わんばかりに高く鳴いた。
ドルトはエメリアに跨ると、手綱を引き絞る。
「ではリリアン、後は頼んだぞ」
「任せろ」
「頑張ります!」
ドルトは二人に手を振り、大空へ飛び立っていった。
■■■
「……さて、ミレーナ様の覚悟のほどですが」
しばらくそれを見送った後、リリアンはミレーナに鋭い視線を向ける。
ミレーナはそれをまっすぐ受け止めた。
その済んだ瞳を見て、リリアンは頷く。
「ふむ、どうやらかなり本気のようで……よろしい。私もやりがいがあると言うものです」
「それはもう! 本気ですとも!」
「では早速訓練……と言いたいところですが、その前に筋肉に関する基礎知識を勉強しましょう。スクワットでもしながら聞いていてください」
「スクワットをしながらですか!?」
「はい、一秒たりとも時間を無駄にはできませんので。いいですか? では始め!」
「わ、わかりました!いーち、にーい……」
スクワットを始めるミレーナの前に立ち、リリアンは話を始める。
「筋トレを行うにはまず筋肉の基本性質から説明せねばなりません。筋肉というものは幾らトレーニングしても案外つきにくいものです。そうですね、例えば女性などはいかつい身体になりたくないからとトレーニングを拒否する方も多いですが、それは大きな間違いです。私やドルトのような美しくも完璧な肉体は、天性の才能を持つ者がたゆまぬ努力の末にようやく辿り着く局地なのです。相当鍛えてもセーラ程度が関の山、でしょう。まぁ彼女はその分食べているので駄肉のそしりは免れぬのですが……まぁ基本的には痩身効果があると思っていただいて結構ですので、まずは安心して全力でトレーニングをして下さい」
「にじゅういち、にじゅうに……」
説明の間もミレーナはスクワットを行っていた。
顔は赤くなり、膝はプルプルと震え始めていた。
「あぁ話に夢中になって忘れていました。まずは15回をワンセット、次は腕立て伏せをしましょうか」
「わ、わかりました!」
「ミレーナ様! 姿勢が悪いですよ! お尻は上げる! それに顎を床まで付けないと1回とはカウントしません!」
「は、はい!」
「1セット終わったら100秒休憩、昼までそれを繰り返します! まずは基礎体力をつけていきましょう! それが終わったらランニング1時間。休んでいる暇はありませんよ!」
「は、い……!」
弱々しい返事をするミレーナに、リリアンの叱咤が飛ぶ。
それを見ていたメイドAは、ふむと頷くと厨房へと駆ける。
それからしばらく、一通りの筋トレメニューが終わりリリアンはミレーナにねぎらいの声をかける。
「では休憩としますか。お疲れ様ですミレーナ様」
「……は、はい……」
ぐったりと身体を投げ出しながら、ミレーナは何とか返事を返した。
瞬間、きゅるるるる、と可愛らしい音が鳴る。
「……っ!」
羞恥に顔を高く染めお腹を押さえるミレーナを見て、リリアンは微笑む。
「流石に少し小腹が空きましたね。私の腹筋も食事を求めているようです」
そう言ってリリアンが力むと、その腹が力強く鳴った。
明らかに腹の音ではなく肉のうねるような音に一瞬目を丸くしたミレーナだったが、その気遣いにすぐ気づき、くすくすと笑った。
「……ありがとうございます。リリアン」
「はて、何のことでしょう?」
とぼけるリリアンを見て、ミレーナはまた笑うのだった。
和やかな雰囲気が漂う中、がちゃん! と扉を開ける音とともに入ってきたのはメイドA。
その両手には料理の乗った皿が幾つも積まれていた。
「そう言う事もあるかと思いまして……どん!」
器用にそれをテーブルに運び乗せると、フォークにナイフを誂え、食事の用意を整えた。
それを見てミレーナは、目をキラキラ輝かせる。
「わぁ……」
「さぁどうぞ、お腹が空いたでしょう? たんと召し上がってくださいませ」
「ほう、これは……」
それを覗き込んで、リリアンは唸る。
「むむ……! 身体を構成する栄養素を多く持つ肉や野菜を中心に、エネルギーがすぐに吸収されやすいよう、しっかり煮込んで柔らかくしてある……牛乳があるのもいいですね。見事にバランスがとれた食卓だ。大したものです」
「お褒めにあずかり光栄です。ともあれ、冷めぬうちにどうぞ」
「では遠慮なくっ!」
メイドAの言葉にミレーナは、席に着くと勢いよく食べ始めた。
「ミレーナ様、食事はよく噛まなければ消化が……ッ!?」
注意しかけたリリアンだったが、すぐに気づく。
ミレーナが食事を口に入れる速度は確かに早い。だがその所作は乱れることなく丁寧にして流麗。
しっかりと噛んで味わって美味しそうに、食事にもそれを作ってくれた人にも礼を失っていない、まさしく王女に相応しい美しい食べ方だった
「とても美味しいです!」
屈託のない、心の底からの笑顔。
感謝の言葉を受けてメイドAはぺこりと頭を下げた。
「ありがとうございます。ミレーナ様は本当に美味しそうに食べていただけるので、作った甲斐があるというものです。ただ最近少々ふとましくなっておられるので、やや心配しているのですが。主に太ももの辺りとか」
「うぐっ……う、運動したから大丈夫ですよ!ね、リリアン」
ミレーナの言葉に一瞬、目を丸くするリリアンだったがくすりと笑う。
「そうですね。筋肉を鍛えればその分脂肪が燃焼しやすくなります。ただ食べ過ぎはやはり問題ですので、少々控えめにお願いします」
「は、はい……」
しょんぼりするミレーナの向かいに座るリリアン。
「では、私もいただくとしよう。うむ、確かに美味い!」
「ありがとうございます」
幸せそうに食べる二人を見て、メイドAは微笑むのだった。
いつも読んでいただきありがとうございます。
おっさん竜師、大雨の影響で少し遅れましたが書籍が全国に出回ったようです。
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