王女様、筋トレをする。前編
「ドルト殿、あんな事を言ってよかったのですか?」
城に戻ったミレーナは、ドルトに問いただしていた。
その表情は不安そうである。
「私はその、恥ずかしながら一度もシャーレイに勝ったことがありません。いえ、ドルト殿を信じていないわけではないのですが、必ず勝つと言われましても、その……」
消え入りそうなミレーナの言葉に、ドルトはのんびりとした口調で答える。
「大丈夫です。ミレーナ様とエメリアなら、きっとあの人にも勝てますよ」
「それは……けれど……」
ドルトの言葉にも、ミレーナは不安そうだった。
震えるミレーナの肩を手で支え、言葉を続ける。
「それに私がローレライに行っても特に問題はないでしょう。あの方に好きな命令を下せるのなら、この程度のリスクは――――」
「なりません!」
突然、ミレーナは声を上げる。
その目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
ドルトはその迫力に目を丸くした。
「……すみません。軽率な言葉でした」
「いえ、こうなった原因はそもそも私にありますから。そうさせぬよう、頑張るのみです」
目元を擦るミレーナの顔は、本気だった。
ドルトも両手で頬を叩き、気合を入れ直す。
「ではお互い、本気で行きましょう。ミレーナ様には空き時間、全てを使っていただきます。厳しくさせてもいただきます。嫌になったらやめて下さっても結構です。私はあちらの国に行っても問題はありませんから」
少し寂しそうに言った後、ドルトはミレーナの目を真っ直ぐに見る。
「ですがそれをこなせば――――勝てます! 勝たせてみせます!!」
「ドルト殿……!」
「信じて、くださいますか?」
ドルトはそう言って、ミレーナの手を取った。
無骨な掌に包まれ、ミレーナの顔は一瞬で赤くなる。
そのまま無言で何度も頷くのだった。
■■■
「ではこれより訓練を開始します」
「はい! お願いします!」
青い騎竜服に着替えたミレーナは、ドルトの前に立ちビシッと敬礼をした。
隣にいるエメリアも、姿勢を正し、首を伸ばした。
「ミレーナ様は幼い頃から飛竜に乗っていらしたとの事……ですが、騎乗の技術は日々進化しています。先入観に囚われていて勝てません。まずはそれを忘れてください」
「はい! 忘れました!」
元気よく返事をするミレーナ。
そんな二人を、ケイトとメイドAは遠くで見守っていた。
「ミレーナ様、めちゃめちゃ素直ですねー。ていうか盲信? 目がハートになってるぅー」
「いいですね。とても。楽しくなりそうでゾクゾクしてきました」
「あははー、えーさん楽しみすぎ。まー私もそう思ってたけど」
ニヤニヤしながら二人を見守るケイトとメイドA。
その間にもドルトは講釈を続けていた。
「ミレーナ様の騎乗スタイルを見ていて思ったのですが。まず乗る姿勢がよくありません。今の姿勢だと身体を立てすぎているので風の抵抗を受け、身体がよくブレて姿勢を維持するために体力を使うことになるのです」
ドルトの言葉を聞き、ミレーナは自身の格好を思い出す。
ミレーナの乗り方は何の変哲もない自然体で、言われてみれば確かに飛行の際に全身で風を受けていた。
「長時間乗っていると疲れると思ったことはありませんか?」
「言われてみれば確かに……シャーレイはもっと、前屈みだった気がします」
「私がガルンモッサ時代に考案した、早駆けの乗り方を教えましょう。陸竜用のものですが、飛竜にも流用できます。お教えしますのでまずは竜に乗ってください」
「はい!」
ミレーナがエメリアに乗り込むと、ドルトも同じように登り、後ろに付いた。
後ろからミレーナの手足を取り、姿勢を正していく。
「前屈みになり、尻を持ち上げて顔の高さと平行になるくらいにして下さい。で、脇を絞り、太腿に力を入れてぎゅっと鞍を締め付ける……そう、そんな感じです!」
「はい……! くっ、この体勢はきついですね……」
「まだ慣れないでしょうからね。ですがこれを維持するだけで総合的にかなり速くなるはずです。時間が許す限り練習して下さい。最低でも一時間はキープできるように」
「わ、かりました……!」
すぐ傍で講義するドルトの言葉に、赤い顔で返事をするミレーナ。
羞恥によるものか、それとも疲れによるものか、それは当の本人にしか知りえない。
「おやおやえーさんや、あれはセクハラではないのかね?」
「セーフでしょう。ミレーナ様、とても嬉しそうですし」
そんな二人を見て、ケイトとメイドAは好き勝手言っていた。
「おやおやおや、見てくださいなえーさんや。ドルトくん、あんなところを触っていますよ? よろしいんですかねぇ」
「ミレーナ様はドMなので喜んでらっしゃいますよ」
「それはそれで問題なんじゃ……ドルトくんは無自覚だからねー」
「まぁ面白そうですし、ほっておきましょう」
「たしかにたしかにー」
ケイトとメイドAで盛り上がる中、ドルトがケイトに向かって手招きをする。
「おーいケイト、こっちにきてくれ!」
ケイトとメイドAは顔を見合わせた後、ドルトの元へ向かう。
「どうかしたのかにゃ?」
「あぁ、悪いな。ちょっとそこ立っててくれるか?」
「いいけど……」
不思議がるケイトを横に立たせ、ドルトは話を続ける。
「いいですか? もう一つ、あの姿勢を維持できないのは、筋力不足も大きな原因です」
「筋力、ですか……」
「えぇ、ケイトの身体をを見て下さい。しっかりしたものでしょう」
ドルトはそう言って、ケイトの背をばしんと叩く。
「おえー!?」
「……なるほど!確かにです!」
奇妙な声を上げるケイトをまじまじと見つめるミレーナ。
ケイトの腕や脚はミレーナより一回り太く、体格的にもがっしりして見えた。
「ちょっとドルトくん、どういう事っすかー!?」
抗議の声を上げるケイトを無視して、ドルトはその二の腕を摘む。
「太いだけじゃありません。触ってみて下さい。この硬さ、盛り上がり、一般女性のそれを大きく凌駕しています。日々の力仕事の賜物です」
「わぁ……本当だ。私みたいにプニプニしていないのね。すごいわケイト! 鍛えてる!」
二人してケイトの腕を取り、好き放題揉みしだく。
ケイトは思わず抗議の声を上げた。
「ちょっとちょっとお二人さまー!?」
「それだけではありません。ほら、尻はキュッとしており、脚も太い。肩幅も広いでしょう? 少し背丈があるので最優とまでは言えませんが、竜に乗るのにかなり理想的な身体ですよ」
「背中も腰も、改めて見ると鍛えられてますね……それにすごく、大きいです……」
「ミレーナ様もこのくらい鍛える必要があります。まずは身体作り、張り切っていきましょう!」
「はい!」
その間にもケイトは腕を揉まれ続けていた。
「ちょっとちょっとちょっとーーー!? えーさん何か言ったげてー!? これセクハラですよー!?」
ドルトとミレーナに身体を触られ、メイドAに助けを求めるケイト。
「やはり、好き放題言ってるとバチが当たるものですね。気をつけましょう」
「人ごとですかー!?」
だがメイドAは楽しげにそれを見守るのみであり……ケイトは悲痛な叫び声を上げるのだった。