大きなお仕事
「ティーテが来てくれて、本当に助かったよ。危ないところだった」
作業しながら、ルイは感謝を言葉で伝えた。
作るものが今までになく大きいのは分かっていた。その分、素材が増える事も理解して準備した。
泊まり込みするからそのための用具も準備して持ち込んだ。
なのに、実作業に入るまで、補助がいないときちんと作業ができないと気づかなかった。
手順はきちんと考えてきたのに、結局頭の中でしか組み立てていなくて、正しく考え切れていなかった。
頼めるティーテがいて、本当に良かった。
もし、いなかったらクラウに頼んだはずだ。
そうなるとレンドルフも連れて来るしかなかった。
一方で、ここは作業場だ。乳児の環境に相応しいか分からない。
その上、レンドルフには授乳も必要だし、排泄もする。レンドルフのためのものも持ち込まないといけないし、世話にクラウがしばしば補助を離れなければならない。効率がかなり悪いはずだ。
なお、カルカは無理だ。『板をここに持っておく』という作業1つにしても、持久力以前に、背が足りない。
「お役に立つ事が光栄なので、どうぞお気になさらずにお使いください」
と、指示した通りに動いてくれるティーテが答えた。
ティーテは騎士になった人だ。普通より心身ともに優れている。
やはりずっと腕を上げっぱなしは辛いだろうと思うのに、平然としている。本当に問題が無いのかもしれないし、単にルイのために表情に出さないだけかもしれない。
「大丈夫ですよ」
とティーテが言葉を重ねた。
ルイが、ティーテの負担を減らそうと急ぐのを察したのかもしれない。
様子をチラと見ると、真っ直ぐ強い視線と目が合った。
「・・・ありがとう。本当に感謝しています」
ルイの改めての言葉に、ティーテが表情を和らげる。
「・・・私は、集中してしまうと、本当に、長時間その状態を維持してしまうみたいで。ティーテの負担を忘れてしまうかもしれません。本当に、どうか限界になる前に、声をかけてください」
「分かりました。そうだ、ではお昼休憩になりましたら、お声がけいたします。クラウディーヌ様が、食事をお忘れにならないかとても心配されておられましたよ」
「あぁ、うん」
手を動かしながら、ルイは答える。
「よく、忘れてて、声をかけてもらってる」
「はい」
作業の方に気をとられて、そこからの会話は無くなった。
***
途中で動きが必要な場合はティーテに指示をする。
全く無駄口を叩かず、ティーテは指示の通りに動いてくれる。
集中して昼の時間を忘れるところを、ティーテが声をかけてくれた。
そして、ティーテが外で買ってきてくれた。その間もルイは作業を続けることができた。
買い出しから戻って来たティーテは笑んだ。
「ルイ様。ルイ様が主です。一つ提案しても宜しいでしょうか」
改まった口調に少し緊張した。
「うん。なんだろう」
「ここから体力勝負になります。ルイ様は集中のあまり、ご自身の身体に負担を強いている事に気付かれていない、とお見受けしました。そこで、これを野営訓練と仮定し、私が体調管理いたしましょう」
「・・・うん?」
にこやかなのになぜか少しの威圧を感じてルイは首を捻った。
何かティーテを怒らせるような事をしただろうか。いや、無い。
「私は通いの店員ですし、全てを見ているわけではありません。ですから想像も加えての確認ですが、今までほぼ毎回、クラウディーヌ様がルイ様に休憩に声をかけておられたのではありませんか」
「・・・いや、毎回ではない」
集中していない時もあるから。
「クラウディーヌ様が体調管理をなさっておられた。そうでなければ、食事の時間を忘れたり、睡眠時間を圧迫してきたのではありませんか」
「睡眠時間は、体質的に削れない」
眠るのが遅くなれば翌日に響くから。
とはいえ、こんな風に言われて実家の生活を思い出してしまった。
魔道具の作成に打ち込みだすと、生活リズムは狂いがちだ。
ただ、研究室の皆がそんな感じだった。むしろルイはまだマシ。
そのうち、研究室ではなく自室に引きこもって制作に打ち込んだ。その方が集中できたから。旅に必要な道具を作り込んだ。
食事は家族と取るから生活リズムは保たれていたが、時々その時間を忘れてすっぽかし、部屋に持って来てもらった事も何度もあった。
・・・うん?
「思い当たられましたか。良いですかルイ様。ここから2ヶ月、この環境で魔道具の作成に専念される。健康管理が必須です。寝込んでは元も子もありません」
「その通りだ」
ルイもそこは重々承知している。
「ここは野営地です」
ティーテがそう断言してきた。
そんなはずはないだろう、と思うが、あまりに言い切ってくるのでとりあえず聞いてみる。
まるで上官のようにティーテは言った。
「休憩時間の管理を私がさせていただきます。許可をいただきたい」
許可をいただきたいって言ってるけど、命令口調だろう、それ。
「管理って、具体的には?」
「時間が来たらお知らせします。休憩のタイミングと時間を私が決めさせていただきたい。そして完全に休憩していただくために、食事をとりながらの作業は禁止です。2ヶ月間を乗り切るためには、正しい休息が必要です」
「・・・分かった。では、任せる」
「はい」
ティーテに、騎士の忠誠を表す礼をとられた。
こんな状況でそんな礼をしないで。そんな事態じゃないと思うんだ。
しかし、ここまでされたら従う他はない、という気分になる。
ティーテが、買ってきてくれた料理を皿に並べだした。
串焼き肉のサラダとパンとスープ。
ルイも、荷物からカトラリーを出す。しかし1人分しか用意していなかった。
「大丈夫です。購入してきましたのでご安心ください」
「ごめん、ありがとう」
さすが、慣れている。
用意ができたので、いただく事にする。
少しのんびりした雰囲気で、ティーテが尋ねてきた。
「ところで、ルイ様。泊まり込みに意味はありますか? 家に戻って十分休まれた方が健康に過ごせるでしょう」
「少しでも時間をこちらに充てたいからね」
「気持ちは分かります。しかしひょっとして、寝る直前まで作業されるのですか」
「その予定だ」
ティーテは少し考え込んだ。
「・・・私も泊まり込みの方が宜しいでしょうか。私もいたほうが、作業がはかどるのではありませんか」
「うーん。どうだろうな。今日のところで、考えてみても良い?」
「はい。どのようにでも対応いたします」
ルイは情けない顔で見つめてしまった。ティーテが気づいて不思議そうにした。
「どうされました」
ルイは首を横に振って、告白した。
「ティーテに助けられすぎていて、情けなさが募っただけ」
「・・・」
騎士にまでなった人を、こんな風に安月給で働かせてしまって。
「本当に、何か要望があれば、遠慮せず言って欲しい。叶えることができるか、分からないけど・・・」
ルイの言葉に、ティーテが安心したように苦笑した。
「はい。何かありましたら、相談させていただきます」
「うん。頑張るよ」
「はい。ありがとうございます」
***
さて。ティーテとの連携は思いの外うまくいっている。
作業は先に準備してきた事だ。
冷凍庫から着手しているが、内部がさらに箱に分かれている。大枠にも冷やす機能を持たせつつ、中の箱ごとに強弱の違う機能をつける。
また、この店の魔道具は、全てに自動的に魔力が溜まる機能をつける。対象となる魔法石が多いので、その機能だけで組むのに日を取る。
黙々と作業をし、時折、ティーテから休憩指示がきて、指導のもと、少し体を動かしたり揃って散歩に出かけたりする。
なお、結局ティーテも泊まる事になった。
ルイの作業効率を考えた事、それからルイの警備のためでもある。
夜は結界作成具を使うが、それでもティーテは心配したからだ。
「万が一、害意のない者が入ってきたとしましょう。そこに無防備にルイ様が寝ています。魔法石といった高価な品物もある。その状況を目にし、たった一瞬の悪意を抱くものもいるでしょう。それで死ぬことだってある。それを防げるのですか」
と諭された。
「ルイ様。今まで、ヴェンディクス家との契約関係でしたので、決して知らさないよう命じられておりました。今はルイ様の店と直接契約ですのでお知らせいたしますが、ルイ様の知らないところで、様々な危険にさらされています」
告げられた事態にルイは顔色を変えた。
「ご安心を。そのために雇っていただきました。お任せください。必要であればご報告し、強化をご相談いたします」
「それは。店が危険なのか。それとも、外出時?」
「両方です」
「・・・」
ティーテはそれから表情を柔らかくして笑った。
「私は、つまり今、自分の働きを主にアピールしているわけです」
「・・・」
緊張を和らげようとしての振る舞いだと分かるルイは真顔のままだ。
「ありがとう。頼りにしている」
「はい。光栄です」
「本当に、安い給料でごめんなさい」
「・・・そうですね」
とティーテは、意外にも思案した。
「実は、お願いがあります」
「うん」
「この度の働きを評価して、給金でなく、休暇をいただくことはできませんか」
「・・・うん?」
ルイはティーテをじっと見た。
「可能ならば3日間、連続でお休みをいただきたいのです。願えますなら、カルカ様と一緒に」
「え? 何か約束をしたのか?」
「はい」
ティーテは頷いた。
「グラオンにも魔物がでる洞窟があるとの事。一度冒険に行きたいとご希望です。決まれば、『屋台グルメ愛好会』のメンバーから何人か参加するでしょう」
「へぇ。それは良いな、楽しみだ。むしろ私も参加したい」
「3日連続ですよ」
「うん」
「クラウディーヌ様がきっと寂しがられます」
「あ。そうか。さすがにレンドルフ連れで洞窟探検は無理だな」
「ご家族水入らずでお過ごしください」
「うん、そうしようかな」
***
さて、2泊した午後。
ルイとティーテは、『魔道具ルーグラ』に一旦戻った。
やはりメンテナンス依頼が入っていた。
カルカが、「メンテナンンス全てに挑戦したい」と申し出てきた。
きっと役に立ちたいと思っての事だろうが、今、内部構造を歪められたら非常に困る。
「ごめんカルカ、私に時間のある時にしてほしい」
正直に断ると、カルカはシュンと項垂れた。
「今で十分役に立ってるよ。本当に助かっているんだ」
頭を撫でると不満そうにされた。さては子ども扱いが嫌なのかな。
「実験はどうなったの」
「・・・駄目です」
魔道具に組み込まれている魔法石に直接魔力を込める実験だ。
見てみると、確かに空っぽのまま。
クラウが横からルイに教えてきた。
カルカが魔力を込めようとすると、重力軽減版の上に置いて入るものがわずかに浮くらしい。
ルイの目の前で実験させてみる。すると状況が把握できた。
カルカから魔力は流れ込んでいる。しかし弱い上に、魔法石に溜まる前に金属線を伝って機能の発現に魔力が使われてしまう様子。なるほどな。
カルカに、理論をどこまで教えるべきか、迷うなぁ。
余計な情報になってはいけないし。指導とは難しいものなんだな、と実感する。
でも、魔法石を取り外しはしない程度に金属線を緩めた状態で込めてみればうまく行くのか?
しかしそれを教えるには先に教えないといけない事がある。うーん。初歩を教えておくか。
「カルカ。魔法石に金属線を巻いているけど、やみくもに巻いてあるわけじゃないんだ」
ルイは簡単な講義を始めた。
「本当は、これを見るのに数年かかる人もいる。だからカルカが分からなくて当たり前なのだけど、例えばこの『風』だけど、この魔法石の中で流れが決まっている。その流れに沿った形で、金属線を巻いている」
カルカが真剣に耳を傾けている。
「この状態で魔力をカルカが外から加える。金属線に沿って魔力が出ていってしまっている。だから、注意しながら金属線を緩めて、魔法石の角度を少し変えてみよう。それで試してみようか」




