警護
本日2話目
カルカが店に来てくれたので、ルイが魔力を込める時間が不要になった。
カルカは、結局、見本と空っぽの魔法石さえあればどの属性でも高速で魔力を増幅し溜めることができた。
なお、ルイは、カルカが何を行っているのかは教えない。見本と空っぽを1つ渡して、ただお願いする。
次兄カルーグがカルカについて話していたから、最低限の事しか言わないでおこうとクラウと相談して方針を決めた。
今のところ、カルカは魔力がどれだけ溜まっているのかはよく掴めないようだ。
また、自分の魔力自体を魔法石に込める事も、やっていないのでできるかどうか。
でもまだ始まったばかりの上、今で十分有能だ。
カルカは、自分で気づいたら自分で取り組んでいくだろう。
それを待とうと思う。
一方、ルイは注文の魔道具の作成に取り掛かる。
カルカには、時折、ルイが何をしているのかを軽く教えて、見学させる。
やりたい事があったら練習して良いから、言ってくれたらいい、と伝えてある。
カルカは、ルイが無言で金属線を曲げる様に何度も頷いて、ある時、練習してみたいと言ってきたので、とりあえず重力軽減版を練習で作らせることにした。板に沿って配置するし、金属線も真っ直ぐで使うところが多いから、多分作りやすい。
作れたら、家で使えば良い。
うまく作れたら店で売るか、売り物には遠ければ、あと1ヶ月半後にオープン予定の例のレストランに進呈するのも良いかもしれない。
というわけで、少し指導もしながら、店も営む。
指導に時間は取られてしまうが、魔力を込める時間が無くなった利点の方が大きい。
それにカルカがもし簡単なものを作れるようになるのならと思うと、楽しみになる。
***
「本日は、個人的な売り込みにまいりました」
ある日、ルイとクラウは2階の応接室に改まった客を迎えていた。なお、1階はカルカにお留守番を頼んでいる。
向こうには、普段よりキリリと真剣な顔のティーテがソファーに座っている。
一体何事か。
ゴクリ、と緊張さえ覚えるルイたちに、ティーテは重々しく口を開いた。
「実は、こちらのお店で、直接、雇っていただくことはできませんでしょうか。・・・なお、これはロッキーには相談しておりますが、他には告げずに申し上げております」
クラウが安堵したのが分かったが、ルイは緊張を覚えたままだ。
つまり、ヴェンディクス家の私兵を辞めたいと言っているのだ。
そして、実家にはまだ申し出る前。転職活動だ。
「理由を、お聞かせいただけませんか」
「・・・身を固めたくなりました」
「わぁ、おめでとうございます」
と顔を綻ばせたのはクラウだ。ニコニコ前のめりになっている。
そんな簡単な話なのか?
ルイが改めてティーテを見ると、ティーテも真剣な顔のまま、首を横に振って否定した。
「いえ。まだです」
「え、まだ。え、予定?」
「いえ。そのような相手は、おりません」
「・・・?」
クラウが口をつぐみ、不思議そうにする。
ティーテはじっとルイを見つめた。
「十分に報酬もいただき、栄えある地位をいただいていると存じております。今までの恩義もあります。・・・ただ、定住したくなりました」
なるほど、とルイは頷いたが、クラウは首を傾げている。
「様々な憂いを失くし務めるために、独り身でおります。こちらに参りましたのも、他国で長く暮らすことを厭わなかった事と、実際身軽ですので、迷いなく動けた事によります」
クラウも話を聞いて相槌を打った。
「実は、ルイ様とクラウディーヌ様がおられ、レンドルフ様もお生まれになり、このグラオンに長く住む事が確定する今となり、私もこの町で暮らして良いのではと思うようになりました。しかし実際、警護面から、ヴェンディクス家の騎士、と周囲に打ち明けるわけにはいきません。それに配置換えの可能性もあります。・・・一方で、普通の暮らしが羨ましく思えました。もし、こちらの店で直接雇っていただけるなら、周囲にも堂々と勤め先が言える。加えてより堂々とお守りする事ができます。いかがでしょうか、ルイ様」
「なるほど、と思う」
ルイは慎重に考えながら、ひとつだけ頷いた。
これまでにも、カルカにお使いを依頼すると、早い段階で護衛の1人が自然に現れ、会話の流れであたかもそうなったかのように、1人がカルカの傍について守っている。
ティーテがそのポジションに固定で入るという事だ。
「見せ掛けではなく、本当にヴェンディクス家との契約を解消して、こちらの店での契約を望む、という希望なのか?」
とルイは確認した。
「はい。私もこの町に住みたい。家族を持ちたいと願います」
「・・・ヴェンディクスとの契約でも、家族は持てるはず。制限などがあっただろうか。このように話しているのは、ヴェンディクスの家との契約の方が、間違いなく給料などの待遇が良いからだよ」
「制限は、契約としてはありません。けれど実際は、独身の方が任務を遂行できる。家族を持つ同僚もおります。彼らは家族のために、移動や内容の激しいものを避けるようになりますので、安全で転勤の発生しにくい場所の任務を選びがちです。人気が高いので取り合いをしておりますが。私は、今までは選べるなら好きに選んでおりました。しかし今、呼び戻される恐れは取り除きたい」
「今のところそんなつもりも予定もないけど、私たちの店がグラオンから撤退したら、どうするんだ?」
「状況判断いたしますが、それが後年なら、こちらの店との契約を解消し、他に仕事を求めるかもしれません」
「なるほど。そういう事か」
とルイは納得した。
派遣されてきている状態ではなく、正しくこの町で暮らしたいという願いだ。
「希望は叶えてやりたいと願う。けれど実際は、給料の問題がある。ティーテに、充分に払えないと思う」
「・・・私の給料、引いても良いよ」
とクラウが小さく申し出てきたが、ごめんね、多分金額の桁が違う。
「ルイ様。高級店は、警備担当を複数名雇い入れるのは当たり前の事です」
とティーテが真顔で言ってきた。少し怖い。
「今まで雇い入れるべきだったのを、改めるだけとお考え下さい」
「・・・この店は魔道具で守っている」
「外出時は? それに、私どもの不徳の件で申し上げるのが辛いが、その道具で防げない訪問者もいたではありませんか。交渉の余地を与えていただきたい。私はこの町での地位を得たい。仕事については、ロッキーたちとの連携も担当いたします。力仕事も任せていただけます。私が魔道具を作れるか分かりませんが、買い出しなどはできます。私の使い道はいくらでもあります。なお、雇い主の事業を傾けては本末転倒です。給料が下がる事は心得ております」
「うーん」
「私なら、以前から客として馴染みではありませんか。カルカ様と仲良くなり、店ともより懇意となり、腕を見込まれて警備に雇ってもらう、自然な経緯だと考えます。馴染み客が店員になるのは珍しい事ではありません。どうでしょうか。全くの他人ではなく、実力ある既知の者を雇い入れる機会など滅多と無いはず。今、その貴重な機会を提案させていただいています」
「ぐぃぐぃ来るなぁ、ティーテさん」
クラウがしみじみと感心した。
「どうする、ルイ。お世話になってるし、実際、ご実家の力で守ってもらってるんだよね。カルカくんのはご実家担当で良いとして、確かに店としても警備の人いるべきだな、とは思う。実は私がそのつもりだったんだけど、特に今、あまり動けないし」
ルイは眉をしかめて目を閉じた。
「・・・ティーテ。本当に、給料安いよ。絶望すると思うよ」
「絶望したら願いを取り下げます。金額のご提示をいただきたい」
「参ったなぁ。クラウ、ごめんちょっと相談。ティーテ、ちょっと待機」
「はい」
***
ルイとクラウは台所に移動し、コソコソと密やかな相談をした。
「雇っちゃえば良いのに」
「金額がきみの想像の額とは桁が違う話だ」
「私の給料、半分出す」
「要らない。カルカの月々のお小遣い給料5万、きみから出しただろ。とにかく、店としてどれぐらい払えるか相談したい」
「うん」
「私たちの料理屋資金は確保する」
「うん。ねぇ、ご実家の給料関係なく、普通の相場出せば良いでしょ」
「まさか。ティーテに普通の相場なんてあり得ないよ」
「向こうの希望なんだし、町で暮らしたいんでしょ。普通の給料で良いよ」
紙に書きだして悩みつつ、とりあえず一般的なところを出して、話し合いで調整という方針の元、提示を20万エラにした。ごめんね、300万とか言えなくて。
***
「十分です。契約書を取り交わしたい」
「ティーテ。待って。落ちついて。安いはずだ。ごめん。本当にごめんなさい」
「ルイが落ち着きなよ。ティーテさんがこれで良いって言ってるのに。ルイが変だよ」
最も情けない顔をしているルイを除け者に、クラウとティーテが話を進め始めた。
「一般的なところだと思うけど、本当にこれで良いですか」
「はい。一般的です。あとは働きぶりで評価していただきたい」
「うん。あと、警備に必要なものがあったら、私たちに言ってくれたら店から出すことを考えるから、自分で揃えなくても良いものは言ってください」
「ありがとうございます。助かります」
2人が分かり合っている。
そういえばクラウは冒険者をしていたから、こういうのに慣れているのか。
桁が足りないのは知っているので、もう情けない気分にしかなれない。
「私も、この町で普通に暮らしたいのです。多くの人たちに混じり暮らしたい。ですからこれで良いのです」
ティーテが真顔でルイを説得するように話してきた。
どうしてだか悲しい気分で、ルイはそれに頷いた。
こうして、店に、警備担当の通いの店員が1人増える事になった。
***
正式に実家とやり取りし、実家との契約を解消してから、ルイと契約を結ぶ。
ティーテは基本的に店内にいて、カルカの外出についていく。
今まで警備なんて仕事中に考えていなかったので、ルイの負担が減ったという気はしない。ただし、やはり安心してカルカを外に出せる。つまり、カルカの補助だ。
なお、カルカも顔立ちが良いので町を歩くと女の子に取り囲まれるが、あまりに大変そうなときはティーテが救出してやるそうである。
ちなみに、客として来店したロッキーが、この件について、カルカ様との自然な合流方法を毎回考えずに済むので楽になったと言っていた。
本当は、警備担当の人たち全員を、ルイが雇っていてこそ、自活できていると言えるのだろう、とは気づいている。
そう考えると情けない落ち込むような気分になるけれど。
「どこまで店を大きくしたいかによると思うよ」
とクラウは笑った。
警備員1人で十分、立派にやっていると思うよ、と。
慰めではなく、本当にそうなら嬉しいと、思う。
***
さて。
そんなこんなで、ついにウィザティムのレストランの魔道具の作成に取り掛かる日がやってきた。
ルイは旅に使った大きな鞄に道具を入れて、クラウ、レンドルフ、カルカ、ティーテに挨拶した。
「では。2ヶ月間、行ってきます」
「無理しないで、3日に1度ぐらいは帰ってきてよ」
と心配そうにクラウが言う。ルイの健康を気遣っている。
「ありがとう。クラウもレンドルフの事、よろしくね。何かあったらすぐにカルカかティーテを使いに出して知らせて」
「うん」
クラウがやはり不安そうだ。
「行ってらっしゃいませ!」
とカルカは元気よく送り出してくれる。
「ありがとう。カルカ、魔法石頼んだよ。あと、重力軽減版づくり。毎回上達してるから、楽しみにしてるよ」
「はい!」
「体調管理にお気をつけて」
とティーテは教えるように言った。
「うん。ありがとう」
ルイも信頼を込める。通いとはいえティーテがいるから、このレストランの件を、初めから泊まりでいこうと決める事が出来た。
なお、ウィザティムの許可は取ってある。向こうも設備の早い完成を望んでいる。




