ルイ、自分の店の方向性を考える
正しい礼をしてから、ルイは瓶詰2つを荷物に入れて店を去った。礼の際にはマスクも取った。様々な事を教えてもらったので敬意を払うべきだ。
知らなかった。
冒険者ギルドが有名なだけで、他のギルドもあるのだとは。
例えば、今の店は、このエリアのギルドに入っているらしい。共同で瓶を購入するから、個人で買うよりも安く入手できるとか。
ちなみに、ルイが冒険者ギルドだけを知っていたのは、親しい龍の影響だ。
魔王討伐の後、龍のグランドルは、女勇者アイスミントと冒険者になって世界を周った。ルイはその時の話を龍から聞いて冒険者ギルドの存在を知った。昔に兄に頼んでギルドに連れて行ってもらったのは憧れたからだ。
そして、他は知らなかった。
帰り際、店主はもう一つ教えてくれた。
あの店主は、貴族に長く使えた執事で、主人の支援を受けて、好きな店を営んでいるとの事だった。
つまり、あのエリアは、貴族の影響が強い場所のようだと、ルイは察した。
***
誰に、どんな魔道具を売りたいか。
当たり前のことだけれど、きちんと話せるほどに考えていなかったな、とルイは思った。
木々残る公園で、花壇をつくる大きな石の一つに腰かけながら、ルイはぼんやりと賑わい行き交う人たちを眺めている。
ちなみに結界作成具は使用中だ。売るはずだったが保留にする2つがまだ残っているので、夜はそのうち1つを使えば良い。
ルイは、冒険者の役に立つものを作りたいと思っていた。
というか、役立つと思っていた。
けれど、自分は王国騎士団が使うイメージで魔道具を作っていた。
つまりだ。
「私は結局、国に、騎士に、役立つものを、作りたかったんだろうな・・・」
魔力分解装置は、騎士団が効率よく魔力を集めることができるように。
結界作成具は、騎士団がより強固に守られるように。
自動複写装置は、書類が迅速に片付くように。
通信具は、連絡がより簡単に高性能にできるように。
音声記録装置は、音による証拠を簡単に使うことができるように。
それは、すべて祖父や父や、兄や姉たちを、その仲間の騎士たちを見て、助けになると思っていたもので。
騎士になれなかった自分は、せめて魔力を活かしたいと、魔道具を作る方向を選んだのだ。
家にいては役人以外の道はない。受け入れることはもう無理だった。
だから、家を出た。町で仕事に就きたいと思った。
多分、無意識の希望と、現実で考えた希望が少し違っていた。
その違いに気が付いたのが今だった。
でも。
やっぱり私は、魔道具を売って暮らしたいという気持ちは変わらない。
誰に? 価格は?
先ほどの瓶詰の店のように、富裕層を相手にするのか。
または、露店のように、一般の者を相手にするのか。
私が作りたいのは、どういう魔道具だ?
そして、売れると思うのは、どういう魔道具だ?
ルイは店を持ちたい。開発もして、そこで暮らしていきたい。この町に住むのだ。ここを住処にする。
その中で、旅にも出るだろうし、途中で別の町に引っ越したくなるかもしれない。
けれどそれにも資金は必要で、つまり、ここから作る場所がルイを支える場所になるのだ。間違いなく。
何なら、売れるだろう。
この道中で、唯一売ることができたのは、結界作成具だ。
売った相手は、2軒とも道具屋。これはルイが道具屋を選んで持ち込んだからだ。
あれは、原価を割る欠点さえなければ、先ほどの店主にも提案できる品物だと思う。
つまり。
「店相手に、魔道具を売る店・・・?」
そこから始めても良いかもしれない。
それから。
ルイにとって一番うれしいギルド特典は何だろうか。
魔法石は、露店であれほど売っているから、別に良い。
次に必要なのは、球形のガラス瓶と、金属板と、金属線、ネジ、ゴム・・・。
金属板と金属線、これをまとめて安くしてもらえるとかなり嬉しい。ついでに加工もしてもらえるとものすごく嬉しい。
とはいえ、こちらに選ぶ余地があるのかもわからない。
どのギルドに入れるのかも確認しなくては。
そして。
結界作成具を、店相手に売ろうと思うルイが、理想とする店の場所はどこだろう。
ルイは目を閉じてイメージした。
店が相手だから、多分自分が売り込みに行くのだろう。
とはいえ、他のものも少しずつ増えていくと思うし、増やしたい。
店内に客はあまりいなくて構わない。店には時折何人かが訪れて、そのうちの何人かが買っていく。
・・・つまり、ルイの理想とする店は、1つの品物の価格が高い。
数日で1つぐらいでも良いと思うから、1つの品物が売れた時の利益も大きいものだ。
それを理想とするなら、やはり、賑わいからは少し外れた場所が良い。
***
ルイは再び歩いた。
賑わいから少し外れた道を選ぶ。
できれば、安心できる雰囲気の中にあると良いけれど。
ただ、店は1階が良い。古くて構わないからその分広くあってほしい。でもそれは理想だから、とにかく夜に簡易テントが中で広げられる空間と、あと少しの広さでも構わない。
ウロウロ歩くがなかなか無い。
こういう、空き店舗を探すのってどうすれば良いのだろう。
そういえばそもそも、先にギルドに話をつけるべきなのだろうか。
だが、店の場所を先に決めたい。早く居場所を決めたい気持ちが強いからだ。
早くしないと、もう夕暮れだ。
ため息をつくようにしてからルイは立ち止って周囲を見回した。
建物が影になって暗くなり、窓から灯りが漏れ始める。
あれ。そうだ、1階から灯りが見えないところを確認して行けば少しは効率が良いかもしれない、と気が付いた。
気が付いてみれば、2筋先に、どこからも灯りのついていない家があるのが目に留まった。
安定した暮らしの中にポツンと昔を懐かしませる、まるで小屋のような建物だった。
***
傍に近寄る。交差する通りの、角に建っている家だ。近寄って見てルイはガッカリした。
誰かが住んでいる。
多分、まだ誰も帰っていないのだ。
残念。
他の高いつくりの建物の中で、この家だけは2階止まりだった。そして酷く古い。
他の建物は土の壁が普通なのに、この家は木造だ。
もしかして、そもそも住居とは別の目的で建てられたものかもしれない、とルイは思う。
だとしたら、寝泊まりをしない建物だとしたら、万が一にも話してみれば店として使わせてもらえるような可能性は・・・ゼロではない。
わずかな可能性を求めて、ルイは、誰かがここに帰ってこないか、じっと待った。
***
「何の用だい」
とルイに声がかかったのは、もう夕方も終わりすっかり夜になっての事である。
ちなみに途中で、ルイは夕食を食べに町に戻った。屋台では無く、戻る途中に食堂があったのでそこにした。
戻って来てみても灯りはついていなかったので、いつまで待とうかと考えながら待っていたのだ。
「初めまして」
とルイは緊張して挨拶をした。
その老婆は疲れているようで首を竦めた。
「見も知らない人を泊めるほど親切じゃないよ」
「いえ、違います。そうではなく、あの、この建物に住んでおられるのですか」
どう話せば、失礼でなく、かつ、時間を取らずに話ができるのだろう。焦る気持ちだが、一方で落ち着かなければ、と思う。
「そうだよ。見りゃ分かるだろ」
ルイはその言葉に肩を落とした。寝泊まりしている家だった。
老婆が怪訝な顔をした。
「なんだい。住みたかったのかい」
「・・・ひょっとしてと期待したもので。申し訳ありません」
「残念だったね。ここはずーっとアタシの家だよ」
「はい。失礼いたしました」
ルイは礼をとって、地面に降ろしていた荷物を持ち上げた。もう遅いから、今から野宿の場所を探しに行こう。
老婆からは無言だったが、もともとルイが勝手に待っていただけだから返事をされないのも当然だ。
もともと望みは薄かったけれど残念だったな、とルイがまるで反省するように歩いていくと、後ろから、
「待ちな。茶だけ飲んでいきな」
と、すでに開いた距離でもハッキリ通る大きな声で、老婆が呼んだ。
命令のように明朗な口調で、ルイはピタリと足を止めて振り返った。
***
「アンタ、名前は」
「ルイです」
「そうかい。アタシはバートン」
「バートンさん。この度は突然お待ちした上に、このように招いて下さり有難うございます」
「なんだい急に。アンタ、金持ちなのかい。まさか貴族様じゃないだろうね」
「・・・」
実はそうです。でも旅ではそういう事をいうと狙われると教えられたので肯定に迷います。
ルイの目がわずかに泳いだのを見て取った老婆バートンが、少し眉をしかめてから口の端を歪めるように笑った。
「貴族様かぃ。まぁこんなところにようこそおいで下さいました」
「え、あの、ご迷惑であれば、ここで退出いたします」
ルイは慌てて立ち上がろうとした。
「なんだい、言われたくないのかい。分かった、じゃあ貴族というのは聞かなかった。それで良いんだろう?」
「はい。それに金持ちではありません」
ルイの様子に、老婆は器用に片眉を上げて、大仰に肩を竦めてみせた。
「じゃあ、どうぞ、お茶ですよ。で、アタシは今から夕食なんだ。手早く行こう。アンタ様は、この家みたいなのを探している、それで良いのかい?」
老婆バートンが、ゴツン、とカップをテーブルの上に出した。並々とお茶が入っていた。湯気が出ていて熱そうだ。いただこう。ルイはマスクを外した。
非常に熱い。
そっとまだ温度の早く下がる上澄みを意識して一口飲んで、ルイは話した。
「店を、出したいと思っているのです。それで探しているところです。この町、グラオンには今日着きました」
「おやまぁ、それはまた。今日着いてもう店ですか。露店は? 露店では無くて、こういうようなところに、店を?」
老婆バートンはジロジロとルイを観察しつつ、不可解だという顔をした。
ルイは、頷いてから話した。
「はい。あの・・・作業もしたいので、部屋が必要だと思いまして。ならば、初めから店を持ちたい」
「ふーん。部屋ねぇ・・・。それはアンタの勝手ではあるけど、親切にも教えてやると、露店の方が賑わっている。なのに店で良いんだね」
「はい。魔道具を売るので、部屋が良い。新しい魔道具を作るためには、露店では困る。部屋と露店両方を持つのは無理です」
「なるほどね」
老婆はバートンが、自らは立ったまま熱いお茶を一口飲み、少し考えるように視線を宙に向けている。
「アンタは、この家みたいなのが良いんだね?」
「はい。できれば人の多い道からは少し離れた、1階を探しています。寝泊まりに困らない分の広さは最低限欲しい。空き部屋自体を、どう見つけて良いのか分からないでいます。どこかご存知ですか?」
ルイはじっと老婆バートンを見つめた。
老婆は少し考えるようだった。
「アンタ、明日もこの町にいるね?」
「はい」
「・・・ルイ。あんた、店代にどれぐらい払える。家賃だよ」
「家賃。家の代金の事ですね」
「・・・妙な言い方を、今したね。売るんじゃないよ。アンタは借り代を払うんだ。借りるのにどれだけお金を払えるかって話だ」
「金を払うのに、買えないのですか」
ルイは少し驚いたが、そうか、宿屋みたいなことか、と思い至った。
老婆は苦虫をかみつぶした様な顔をした。
「・・・まぁ良い。今から住所を書いてやる。アンタの希望が叶いそうな場所を教えてやろう。明日そこに行ってみな。明日のこの時間、アタシと商談だ。いいかい?」
目を輝かせたルイに、老婆バートンは、指でぞんざいにルイの顔を指して、
「アンタ、そのヒゲ汚いね」
と文句を言った。