結論と結果
「単刀直入にいこう」
と、6階の部屋、お互い持ってきた食事の皿をテーブルにうつしながらカルーグは言った。
「はい」
ルイはカルーグを見て返事をしたが、カルーグは目もくれない。時間優先だと理解した。
「カルカは使えるという事か」
とカルーグが言った。ルイの表情から読み取ったのだろう。
「はい。店として欲しい。ただカルカにとってそれが良いのかと迷います」
「なるほど。将来性は?」
「店の? カルカの?」
「両方だ。いただこう」
「いただきます」
軽く礼を取ってから食事を摂りだす。
なお、クラウは万が一のためにと料理を大目に作ってくれていたようだ。とはいえ、きっと台所で足りなくなった分を作り直しているはず。後でお詫びとお礼を言おう、とルイは思う。
「店は繁盛しています。ただ、クラウディーヌに打ち明けたのも先日ですが、私たちが40歳になった頃、クラウディーヌの生家に移り住み、私たちはそこで料理屋をしたいと考えています」
ルイの言葉にカルーグは少し動きを止めてルイを見つめたが、無言でうなずき先を促す。
「その時、息子か弟子かに店を引き継ぎたいです。なお今の時点で、月々の収入は十分あります。もっとも、一般の人々の暮らしとして、です」
「あぁ」
カルーグは相槌をうった。
「本当に忙しくて手が足りない。カルカには才能があります。魔法石の魔力を増幅し、空に流し込みます。無意識でしょう。喉から手が出るほど、欲しい」
「普通では無いのか?」
「私は聞いたことはありません。考えられない速度で魔力を込めます。カルカが来てくれれば本当に助かります」
「無意識でやっているのか」
「はい、おそらく」
「なるほど」
カルーグはため息をついた。
もう皿は空だ。
「カルカはヴェンディクス家を継ぐ可能性の高い男児です。役人に進ませた方が良いと、理性では思います。けれど、店としては欲しい」
「分かった。つまり弟子にしたいという話だ」
ルイは食事の手を止め、じっと見つめた。
ルイは食事中だが席を立ち、用意した封書を取り上げた。
「今言った内容を、懸念も含めて書き出したものです」
手渡すと、カルーグはためらいなく手で開封し、中に目を通した。
ルイも上着のポケットに手をやり、クラウがルイに渡してきた紙を広げて自分で目を通す。
「そちらは?」
「クラウディーヌからの意見です」
「見て良いか?」
「はい」
クラウの紙には、『もしカルカを店で預かるという話になった場合、これらを希望する』という内容が書いてあった。
ルイは紙を渡し、自分の食事のために着席した。
「クラウディーヌさんは現実的だ」
「いつも助けられています」
素直なルイの言葉にカルーグはルイを見て、安心したように笑んだ。
「把握した。私の意見を言う」
「はい」
「カルカにはヴェンディクス家の環境は合っていないと考えている」
ルイは驚いたが、先ほどのカルーグのように無言でうなずくのみに留める。
「私見だが、カルカは自由にさせてやる方が良い。だがカルカは跡継ぎだ。自然、他の者より周囲が気を配り指導を行う」
同意できる。ルイは頷いた。
「カルカと、宝物当て遊びをした時だ。他の家族もだが。カルカは見事、全て外した」
ルイは瞬いた。
「全てハズレだけを選ぶ。普通ではない」
「はい」
「誰かが笑って教えた。『カルカは、当たりだと思ったものを外して選べばいい』。すると、その次は全て当てた。6つのうち3つを全て」
素晴らしい。
「だが、そのうちカルカが混乱しだした。当然だ。当たりだと思うものを外せば当たる。ではコレは、当たりと思ったのか、当たりではないからコレが当たりだと考えたのか。・・・結果、ぐちゃぐちゃだ。ただの凡人になった。あれも才能だったと思えるのだが。無意識の。・・・そのまま育てられれば良かったのにと、個人的に惜しんでいる」
「・・・」
「惜しいと思う事は他にもある。失われたと思うものも。・・・私が言いたいのは、よかれと思う周囲の指導が、カルカには余計なのでは、と。例え多くの者に最善でも、カルカには合わないのでは。ルイがカルカを要らないのなら、カルカに諦めさせるだけだった。だがルイも助かるのだろう。知っての通り、カルカはこちらの方に強く興味を示している。それに、役人には向いていないと思う。カルカは行動的すぎる」
カルーグは、クラウの紙に再度目を遣った。
「ルイの懸念はもっともだ。カルカの将来を考えてこそ。だが・・・恐らく、カルカは、ずっとここに留まりはしないだろうと、私は思う。カルカは騎士に憧れている。強い。強くなる。きっと外に出たくなる。ならば、今は好きにルイの店を手伝えば良い。外の暮らしも知れる。その後はまた進みたいものを見つけるだろう。・・・ルイ、店を辞めたいと言われる覚悟をしておけ。継がせようとは今から思うな。カルカがこの店にいるのは、僅かな期間になるかもしれない。ただ、決して役人に戻りたいとは言わないだろう。断言できる」
***
ここでの話はまとまった。
2階に降りるために立ち上がりながら、カルーグは辛そうに心の内を吐いた。
「騎士となり、一度でも、一緒に外を周ろうと約束していた。多くの遺跡や魔獣の話を聞かせた。なのに、まさかこうなるとは」
珍しい様子に、ルイは励ました。
「騎士でなくとも、例えば冒険者でも良いのです。クラウディーヌだって遺跡での仕事をした事があるのです」
「そうだな」
と、カルーグはルイを見て笑った。
「ルイは、新しい方法を一番知っているのかもしれない」
***
「カルーグ叔父様!」
2階に戻った途端、カルカが立ち上がって傍に寄ってきた。
クラウも立ち上がり、ルイを見てくる。
「カルカを、預かろうと思う」
とルイはクラウに言った。
「と、いう事だ」
カルーグの言葉に、カルカの顔がパァと輝く。
「カルカ、クラウ。まず、期間限定で」
ルイの言葉に、クラウはじっとルイを見つめてから、
「うん。分かった」
としっかり頷いた。
「それから。カルカの自立も養うために、世話人は入れない。無理なら、無理だと自覚してもらおう。カルカ。クラウディーヌは私の妻だ。きみの母でも世話人でもない。そこをきちんと理解して、1人の大人として店に来るなら、私は大歓迎だ。是非来て欲しい」
「はい」
カルカは勢い良く返事をし、クラウは頷きを返して来た。
「警護も必要だけど、暮らしに支障ないように、一緒には住まない。でも実家に手配してもらう」
「そっか。警護は心配だから本当にお願い。ルイの時みたいに何かあったらと本当に心配だよ。絶対お願いしたい。住まないのは分かったけど、ちゃんと挨拶とか交流もしたい」
クラウの目が真剣だ。ちょっと本気の仕事モード。昔、会った頃みたいな。
「うん、そうだね」
とルイもしっかり頷いた。
一方、カルカは目を輝かせてカルーグに尋ねている。
「今日からですか!?」
「いや。お前が家を説得できたら、という話だ」
カルーグは教える。
「私も時間の許す限り、少しは加勢できる。ただ、ルイはその時間を取れない。カルカの人生だ。自分で強い意志を示せ。良いか、ルイ叔父さんは全て自分で準備し、1人で説得に成功した。お前もやれ」
「はい!」
カルカは喜びに生き生きとし、ルイとクラウを笑顔で見て、しっかりと躾けられた礼をした。
「ありがとうございます、ルイ叔父さん、クラウディーヌさん!」
ルイとクラウは見合わせ、それから頷き合ってカルカを見た。
「待ってるよ」
とルイは言い、
「頑張れ」
とクラウは言った。
カルカは、未来の憂いなど全くない、晴れやかな顔をしていた。
***
カルカがカルーグに連れられて実家へと帰っていってから。
ルイはクラウに、カルーグとの話し合いの詳細を伝えた。
「クラウが無理だと思ったら、絶対我慢しないで。カルカにも分からせないといけない。そうなったら、世話人を派遣してもらうか、改めて進路を考えさせる」
「または、カルカくんの自活能力アップを図るか」
と、クラウは肩をすくめた。
「もしかしてすぐ旅立つかもっていうなら、一般的な生活を自分でできるようになった方が良いね。貴族の事は教えられないけど、普通の事なら教えられる。カルカくん、お上品なんだけど、結構活動的だし好奇心旺盛だね。中身は私たちの小さい時と変わらない、って思った。結構、私の実家あたりで育ってたら、悪ガキになってそう、普通に。馬鹿にしてるわけじゃないから、怒らないで聞いてね」
クラウの意見にルイは笑った。
「で、家の説得って大丈夫なの?」
「分からない。カルカの頑張り次第。私からも手紙を送る事になった。夕方頃」
「私も書こうか?」
「良いの?」
「勿論。多い方が効果ありそうだしね。一緒に送って」
「うん」
ルイは心から嬉しくなった。クラウがクラウのような人で、本当に良かった。
***
カルカが家の説得を完了したのは、5日後の事。
その3日後には、カルカは今度こそ荷物を持って、カルーグに連れられて『魔道具ルーグラ』の見習い店員となった。
***
一方。
まだカルカが実家との交渉中の時。
聖剣の取り戻し依頼をしている『アンティークショップ・リーリア』で変化が起こった。
ジェシカから話を聞いたクラウは慌てるままに店に駆け戻り、その勢いのままルイに報告した。
「シーラさんが! シーラさんが、ルイ!」
奥で様子を見ていたレンドルフが驚いて泣いたので、ルイはそちらに慌てた。
「クラウ、静かに!」
「ごめん、無理!」
ルイがレンドルフを抱き上げてあやすも暴れるので、クラウに受け渡す。
ルイはやっと話の方が気にかかった。
「シーラさんに何か?」
「帰ってこない」
「え、まだ?」
「違う、そうじゃなくて。シーラさん、メリディアの王子様のところに、お嫁に行った!」
慌てているからか表現が妙だ。しかし言いたいことはよく分かった。
え?
待って。
ルイは一時思考停止し、それからハッと己を取り戻した。
「待って。つまり上手く行ったのか?」
あの、結構まずい感じだった関係が、急に動いたと? 言っては悪いが、結構信じがたい。
「そう。そうなの。そうだったんだ。もう遠い人になっちゃうから、直接挨拶もできないからお詫びしておいてって。ジェシカ店長は会ってて、私たちに伝言って」
「えぇ、それ、本当に? 実は誘拐されてたりは無いよね!?」
「え、なんで。誘拐!?」
「捜索を始めないように、嘘の情報を」
「いや、シーラさん、一回だけ店に戻って来たんだって。無理してジェシカ店長に直接説明に戻ってきてくれたって。あとは大勢の人が来て、シーラさんに必要なものを持ち運んでて。ルイ、ルイ、これ手紙、早く読もう。私とルイ宛て。サリエさんも居なくなってる。シーラさんについて行った」
ルイは顔色を変えて、急いで封を開けた。
クラウはレンドルフをあやしながらも、まだ慌てたままの勢いで話してくる。
「ルイがあげた『銀』も、王宮に持って行った」
「まさか」
「ほんと。シーラさん、あれすごく大切にしてるって。好きな人から貰ったものだからって。あ、ルイの事じゃないですヨ、と言ってた、ジェシカ店長」
「当たり前だ」
「早く手紙読んで!」
***
親愛なる ルイ様、クラウディーヌ様
時間がなく、短い手紙となりますこと心よりお詫び申し上げます。
メリディア王家の王子と婚姻を結ぶことになりました。手続きでしばらく王宮から出れない様子です。
お世話になりました事を心から厚くお礼申し上げます。
例の件、引き続き。
どうかジェシカを、どうぞ宜しくー
***
初めの字は整っていたのに、後半は殴り書きだ。
「最後の署名もできなくて、封筒にもジェシカ店長が入れたんだって。本当に時間無くて、でも、私たち以外にも、できるだけ多くの人にって、お客さんに『ジェシカをよろしく』ってたくさん手紙書いたって言ってた」
顔を見合わせる。
もっと詳しく知りたいけれど、知りようがない。




