判断
本日3話目
カウンターの内側だが見える場所に、見覚えのあるガラス箱が置かれている。
『銀』だ。ルイが王子様に献上し、王子様は手を触れることなくシーラに下賜した魔物たち。
ジェシカがガラス箱を見ながら、教えてくれた。
「シーラが貰ったものなのデスが、長く戻れないかもしれないのでと、世話を頼まれました。基本放置で良いのでとても楽デス」
5日前は見なかった気がする。
ルイは尋ねた。
「シーラさんはご不在なのですか?」
「はい。クラウさんのご依頼の件で、昨日に出掛けましタ。目一杯おしゃれして」
ジェシカの返答にルイは頷いた。王子様を訪問したと今の情報でよく分かる。
しかし『シーラさん個人のご進展はありましたか』などとジェシカに聞くわけにもいかない。シーラ個人に相談を受けた事だからだ。
別の事をルイは尋ねた。
「その魔物は毎日綿を作るのですが、そこで世話をされるのですか?」
「はい。ダメでした?」
「光と水をやり続けると、綿を作ってくれるのですが。その場所では太陽の光が当たらないと思いまして」
「え! 部屋の灯りではダメなんですネ!」
「はい」
ちなみにカルカは興味深そうにルイとジェシカのやり取りを聞きつつ、店内をさらに見回している。
「とはいえ、綿を期待しないで良いなら、その場所でも良いと思います」
「ダメですダメです! シーラはとても大切に綿を取っているンデス!」
「そうでしたか」
意外だ。
「クラウさんに聞いたから、裁縫に綿を使うって言ってマシタ。すでに作ったみたいデス」
「そうでしたか・・・」
これ以上ルイが聞いていていいのか不安になってきた。
「ふふー。プレゼントですヨ! シーラは顔が赤くなるので分かります! あ、これは秘密ですヨ!」
「・・・分かりました」
秘密とはこのように本人の知らないところで広まっていくのだなぁ。
「ところでルイ様。紹介して欲しいデス! ルイ様のご親戚デスか? 似ていますネ」
「カルカ=ヴェンディクスと申します。ルイ叔父様の甥です。どうぞ以後お見知り置きください」
上品さと気品を兼ね備えて、カルカが騎士の礼を取ってみせた。
しかしルイは微妙な気分になった。
カルカが騎士に憧れてきたのが良く分かった。ただし、微妙になったのはそれが理由ではない。
軽率すぎる。
普通はルイが紹介するものだ。なのに自ら名乗り出た。
しつけは必ず受けている。なのにこう振る舞ったという事は、このようにして良いとカルカが判断したからだ。
例えば9歳頃のルイの兄姉たちがこの場に居合わせたら、きっとこのようには振る舞わない。自分を連れる目上の者に対して失礼な行為だと教えられている。
家名まで名乗って良いのかの判断は、目上の者に任せるべきだ。万が一にも名を知られたくない者相手だとしたら、勝手に名乗るのは大問題だ。
それに、ヴェンディクスの家名はメリディアでも有名だ。
そしてカルカは直系も直系。調べたなら、重要な人間だとすぐに分かるだろう。
なのに易々とバラしてどうするのか。ルイよりも重要な生まれなのに。
独自判断が多いのか?
どんどんカルカの事が心配になってきた。
もしそうなら王宮では必ず問題が出そうな気がする。話を聞いて後で問題が起こるほどの場所だ。
だとしたら役人にはさらに向いていない。比べるなら騎士の方が、まだ連帯感や他の能力から大目に見てもらえそうだ。
ルイの心配をよそに、カルカは店内の目についたものをジェシカに質問して答えを得ている。
子どもらしい行動ではあるが、ルイはどんどん心配になる。
活発。
騎士になら向いているが、役人には向かない。
そして、騎士にはなれない。
結構難しい。
***
少しグラオンで過ごしただけなのに、すでにカルカはすっかり前向きだ。
『アンティークショップ・リーリア』の帰りに、ルイは露店を通り、安くて良質な空っぽの魔法石を買っていく。
うっかり何を大勢の前で話すか分からないので、事前にカルカには、
「今から店に戻るまで、勝手な行動と発言は禁止。私の後についてきて」
と頼んでおいた。
「はい」
キリリと答える様は頼もしい。
ルイは、すっかり懇意になっている店を巡り、空っぽの各種魔法石を大量に買い込み、店内に戻った。
賑わう町にカルカは頬を上気させていた。
***
店に戻ると、メンテナンス依頼が入っていた。
今では多くの人が、ルイの作った魔道具をレンタルしてくれている。月々レンタル代金が収入になるのでとても有難い。
一方で、メンテナンス依頼が突発的に入る頻度は上がっていく。
なおメンテナンスは無料。ただし、妙な故障が見つかれば有償だ。明らかにものをぶつけた衝撃で内部構造が崩れている時などがこれにあたる。
以前に、何も考えずいつものようにメンテナンスだと預かってみれば、このパターンがあり驚いた。
それ以来、預かる時に有償の場合があると伝えている。とはいえ1,000エラに抑えている。その後もずっとレンタル費を払ってくれるからだ。
というような事を簡単にカルカに説明して、ルイは奥でメンテナンス修理に取り掛かる事にした。
毎日使ってくれているものだから、早めに着手するように心がけている。
カルカが見学したいというので、ルイは希望通りにさせてやった。
蓋を開けて確認する。魔法石の取り換えだけで済むようだ。
「『凍』が足りなくなりそう・・・」
ポツリ、とルイは独り言を零してしまった。カルカに聞かせようとしたものではない。
なのにカルカはハッと立ち上がり、店側に行ってしまった。
「クラウディーヌさん。『凍』の魔法石、お借りしていいですか?」
店側から、会話するのが聞こえた。
「え? うん。どうするの」
「足りなくなるって、ルイ叔父さんが。だから、魔力を込める事が出来れば良いなと思って、試したいのです」
「ふぅん。オレンジ色だよ」
「はい」
ルイは無言で聞いていた。
カルカが意気揚々と右手を握りしめて奥に戻ってきた。嬉しそうにルイを見てくる。
まぁ、良いか。それに、本当に助かるから。
立ち上がり、棚から『凍』の空っぽのを渡す。ついでに2個渡してみた。勿論、1つ目に成功したなら、2つ目に取り掛かってもらいたいからだ。
そうだ。
思いついて、ルイは指示を与えてみた。
「1つめ、魔力が入ったと思ったら、2つ目に変えてやってみて」
「はい!」
ワクワクした様子を見つめながら、これで本当に成功したら、もう弟子に貰いたいと自分の希望を兄たちに打ち明けるしかないな、とルイは思った。
その方が、カルカにとっても良いのではないかという気が、してきて仕方ないのだから。
今の行動だって、本来は先に、ルイに試して良いのか確認をするべきだろう、とも思うのだから。
***
メンテナンスは、魔法石を魔力が十分に入っているものに変えるだけだったので、さほど時間はかからなかった。
要は入れ替えの時に内部を歪ませないように慎重でなければならないだけ。
起動させて様子も確認する。うん。問題ない。
チラリとカルカを見る。
あれ。
おかしい。
立ち上がって傍にいく。カルカは無言でルイを見あげた。
どう教えようか迷う。
空っぽはそのまま。魔力入りの『凍』の密度は恐ろしいほど高まっている。
「今、どんな感じ?」
「右手だけ冷たいのです。魔力が入ったか分からず、2つを入れ替え試しています」
「分かった。では2つある事は忘れて、1コだけに集中してみてくれる? 」
「どっちで試せば良いですか?」
「どちらでも良いよ。状態は同じだ」
「少しは入ってますか」
「残念ながら、今は」
「・・・」
カルカは悔しそうに眉を潜め、1つを選んだ。
その様子に反省した。ルイは詫びた。
「昨日の今日なのに、私が悪かった。私が調子に乗ってしまった。1つずつで試すべきだったのに。本当に申し訳ない」
驚いてカルカがブンブンと首を横に振る。
「いいえ」
頭を撫でてやる。カルカが必死なのが分かったからだ。
役に立ち、店に必要だと認めてもらいたがっている。
努めて穏やかに声をかける。
「メンテナンス分を向こうに持って行く。カルカはそれ、頼んだよ」
「はい」
真面目な顔でカルカは頷いた。
うーん。困ったな、とルイはまた思った。
***
「これ、メンテナンス分、終わったよ。こっちに置いといて」
「うん。早いね」
「交換だけで済んだからね」
「ねぇ、レンドルフと上にいってきて良い?」
「うん」
「ついでに昼食も作ってくる。カルーグさんっていつくるのかな?」
「午後かな?」
***
奥に戻る。
カルカが見つめてきたので、ルイは確認に傍に寄った。声を出して呼ばないのは、確証がないからかな。
「できてる。成功だ」
ルイは褒めた。
ただし、初めから魔力が入っていた方は増幅されたままだ。初めに想定した2個分を先に増幅したのだろうか。2個も用意したので焦って移せなかったのか。
ルイは、左手の魔法石を、もう1つに交換した。
「はい。これもよろしく」
「・・・はい!」
カルカは気合を入れたらしい。右手の方が、ピカリと光る。
見る見るうちに空っぽに溜まっていくのを目の当たりにする事になった。
***
「知り合いの家具屋さんに、打ち合わせに行ってくる。カルカ、悪いけど店番を頼めるかな。お客さんが来たら、お客さんには待ってもらって、上にクラウを呼びに行って。2階か7階にいるはずだ」
「はい」
にこやかにカルカは返事をした。緊張や恐れは無いようだ。
「頼んだよ」
ルイの方が心配になるが、外出した。
ここまでやっておいて『やっぱり使えない、向いてない』なんて説明は無理だな、と気付きつつ。
***
『マイズリー家具屋』にて、レストランについて打ち合わせ、店に戻ったのは昼過ぎだ。
店頭にはカルカが立っていて、にこやかにルイを迎えてくれた。
なおルイには頭の痛い事に、女の子たちが店の正面のガラス窓からカルカを覗き込んでいた。そうだった。こうなる事を失念していた。
自然と仏頂面になってしまったのを、カルカが気づいて、
「問題があったのですか」
と尋ねてきた。
本当にストレートだな、とルイはむしろ感心する。普通こうなのか。ルイが極端に警戒心が強いだけ?
「いや。助かったよ、カルカ。店番ありがとう。打ち合わせは順調だよ。ところでクラウは降りてきた?」
「一度。お客さんが来たので来てもらいました。お昼の準備はできたから、ルイ叔父さんが戻ってきたらお昼にしようと言っておられました」
「そっか。・・・ところで、カルカは、正面の彼女たちは、気にならない?」
「可愛いですね」
にこやかに笑い、カルカは目を向けたついでに窓の外の子たちに向かって手を振った。
キャーッと声が上がった様子だ。
ルイはウッと嫌悪感を抱いたが、自分の性格の方に問題があると自覚はある。咎められるはずはない。
「さて。お昼にしようか」
「あ」
カルカの声に、何だろうと外を見るのと、扉につけた鐘がガランとなったのは同時だった。
次兄カルーグがいた。
「昼、ご馳走になれると有難いんだ。すまない」
「・・・ようこそ。カルーグお兄様。今日はどのぐらいこちらにいることが可能でしょうか」
真顔でルイは尋ねた。
「どれぐらい欲しい」
「2刻は」
「分かった」
真剣な表情で、兄弟で頷いた。
***
時間は無い。
ルイとカルーグは6階のルイの部屋で食事をする事にした。
クラウとカルカは、2階で食事をしてもらう。
カルカは自らの処遇の話し合いに食事の席を別にされたのだと察し、反論したそうだった。それをカルーグが抑えた。
「私は味方だと知っているだろう、任せろ、カルカ」
「・・・はい。頼りにしています、カルーグ叔父様」
随分信頼されているなぁ。
2人の会話を聞く一方、こっそりとクラウがルイの上着のポケットに折りたたんだ紙を入れてきた。クラウの要望書だと思う。
ルイは、口の動きでクラウに伝えた。
『ほしい。良い?』
クラウは仕方なさそうに笑み、頷いた。




