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ぐるぐる迷う

本日2話目

「本当にどうしよう」

とルイはクラウに告白した。

ちなみに、7階のクラウの部屋だ。


今日は家族に加えてカルカと過ごした。

なお、夕食は普段より早めに変えた。カルカに合わせたからだ。

5階には風呂もつけているから、ルイが使い方を教え、風呂上りもルイが世話をした。基本的に何でもよくできる子だが、まだ9歳で世話人がついているのが通常だ。1人で全てさせるのは無理だろうと判断したから。

何の荷物も持って来ていないから身長が伸びる前のルイの衣服を貸した。さすがに9歳の子には少し大きい。

ちなみに次兄カルーグは、通常手段ではなく、契約した魔獣を駆使して半日でカルカをここまで連れてきたそうだ。突然来たのを、二つ返事で飛び出したという。うーん。


入浴後は読書の時間らしいが、ここには子ども向きの本はない。

代わりに、5階の窓からの夜景を一緒に眺め、グラオンについて話をした。

魔法石が多くとれる。屋台が多くて賑やか。他の町より暑い。ここに来た時、ルイはコインの偽造をしていた悪い人たちを捕まえた。

トリアナを出た事の無かったカルカは、他国メリディアのグラオンの話をワクワクして聞いていた。もっと知りたいと思っているのが見て取れた。


夜の10刻になったので、カルカが、そろそろ眠ります、と言ってベッドに入った。

ルイも柔らかく頷きながら、ふと思いつき、5階に魔法石と魔道具のサンプルを運び入れた。

早起きするだろうカルカが、明日の朝、眺めていられるように。

絵本でもあれば良かったが、他に子どもの喜びそうなものを思いつかなかった。


好きに見てくれて構わない。サンプルは内部が見えるように蓋を外しておく。

ただし、内部に触れるのは禁止。歪めば正常に機能しなくなるからだ。


途中でクラウが様子を見に降りて来て、自作のウサギのぬいぐるみをルイに渡して来たので、ルイの判断で勝手にカルカの枕元に置いてやると、カルカは不思議そうにしたがお礼を告げた。造形が面白かった様子だ。

突然の宿泊で寂しいだろうかと思っての事だったが、心配は無いのかもしれない。


しかし突然9歳の息子が出来た気分。

長兄セナたちもカルカを心配しているだろう、と想像した。カルカは皆の心配を理解しているのだろうか。


就寝の挨拶を交わしてから、ルイはクラウのいる7階に。

クラウはレンドルフに授乳していたが、驚く事ではないので相談を始めた。


***


「弟子に欲しい。でも駄目だ」

ルイは呻くようにクラウに告白した。


「カルカくん、まだ猫被ってるかもしれないけど、お行儀良くて性格も素直な良い子だね。私の子どもの時、皆あんなのじゃなかった。あんな子いるんだなぁ。心が洗われるよ」

クラウは毎日近所の悪ガキとケンカしていたそうだから。比較対象が酷すぎるのではとルイは思ったがそこは口に出さない。


「それにホームシックが無いってすごいね。ねぇ、本当に今日はルイが傍にいてあげなくて大丈夫なの?」


クラウは貴族の家の男を誤解している。9歳で1人で眠れないなど笑われるだけだ。たとえホームシックにかかろうが、それを人に見せないプライドを持っている。

と説明すると、

「ふぅんー」

とクラウは言った。女性だから余計に分かってもらえない気がする。


それよりも。

「本当に弟子に来てくれるなら大助かりだ。今すぐにでも欲しい。でもカルカは役人になるべきだよ。正しい未来が変わるんだ。カルカならきちんと役人になれる。人より起床時間が長いんだ。これからあの子は伸びるよ。騎士でなくても、家も継ぐかもしれない」


「うーん。でも、カルカくんは本当にこっちに積極的だよね。ルイも悪いよ、目をキラキラさせて喜んじゃっててさ、適性あるってバレバレだった」

「だって、本当に嬉しかったんだ・・・」

ルイは項垂れた。


昼食後、カルカは『雷』を選びそれを右手に、空っぽの『雷』を左手にし、魔力を込めようと集中した。

ルイも注文の魔道具作りにとりかかったが、今度はカルカの様子と、その手の中に見える魔法石の状態に注目した。


どうやら、カルカは、すでにある魔力の増幅が得意だ。

カルカ自身の魔力は人並みなのだろう。とはいえ、貴族で代々受け継がれている資質の影響で、普通の人よりは多い。家族の中において人並み、という意味だ。


空っぽの魔法石に自分の魔力を直接込めるのは、少なくとも今は無理なのかもしれない。それはまだ分からない。

だが、片方に見本を持ち、片方に空っぽを持ち、魔力を充填しようとした場合、カルカはまず見本の魔力を増幅させている。それをカルカがもう片方の魔法石に流している様子だ。多分本人は、自分が何をやっているのか分かっていない。

ルイには、見本の石の濃度が高まり時に光を放ち、それから徐々に通常濃度に戻っていくのが見えた。そして、徐々に戻っていくのに合わせて、もう片方の空っぽに魔力が溜まるのも。


正直、騎士には不要な才能だ。

だが、魔法石に魔力をいれて販売もし、加えて魔力を入れた魔法石を使って魔道具を作るルイには、本当に素晴らしい才能だと思う。


魔法石の種類で可否の偏りがある可能性はあるが、少なくとも『熱』と『雷』は、見本がある限り、尋常ではない速度で魔力を溜める。欲しい。本気で店を手伝って欲しい。


それに、目視では分からない様子だが、カルカは魔力が溜まっている魔法石を持つと、その種類ごとに違った感覚を持つ可能性がある。『熱』なら熱く、『凍』は冷たく、『雷』なら刺激を。ひょっとして高濃度だからかもしれないが。


それでも、相手はまだ9歳。

大きすぎる分岐点だ。


悩むルイに、クラウは腕の中の赤子に話しかけた。

「やれやれ。レンドルフー。お父さんがすごく悩んでるよ。どうしよう?」

「本当に、本気で」


「悩むって事は、魅力的だからだよね」

「そう。無理だったら断れば済む話だった。ひょっとしてカルーグお兄様もそのつもりで連れてきたのかもしれない。私たちには、無理なら本人に直接教えてって言っていたから」

「そっか。そうかもね」


それにしても、とクラウはため息をついて首を傾げた。

「あんなに優秀な子なのに、騎士になれないって分からない。ならせてあげれば良いのに」

「駄目だと言われたら引くしかないんだ。私も不思議だけど断言されたのなら、何か問題を起こす未来でも幻視したのか・・・」

「そんなのあるの?」

「判定方法は詳しく分からないけど、その時の本人の様々な情報が明らかになると言われている」

「ふぅん・・・」

クラウが不満そうだ。

「一種の試験なんだ」

とルイは重ねたが、やはりクラウの不満顔は変わらない。


クラウはどこか辛そうに腕の中のレンドルフを見た。

「ねぇ。もしレンドルフが、騎士になりたいって言ったら? この環境で生まれた時点で、もう無理なんだね」

「・・・実家に頼めば適性検査は受けられるけれど。子どもの頃から培っていくものだから難しいだろう。クラウは騎士になって欲しいの?」

ルイは駄目だったが、クラウは女性にしては強い。そのように育てれば、資質はあるかもしれない。


「別になって欲しくない。なんかね」

クラウの言葉に、ルイは少し首を傾げた。

そんなルイにクラウは言った。

「その子がなりたいものに、なれれば良いのにね」

「・・・うん」


「ルイはさ。騎士は駄目だったけど、魔道具の店って思って、頑張ってなったんだね」

「そうだね」

「それは、でも、ルイの実家では珍しい事だよね」

「そうだね。ひょっとすると、初めてのケースかもしれない」

騎士か役人にしかならない。結婚して、相手に沿った暮らしをする先祖もいたけれど、それまでは騎士だったりしたのだから。


「・・・カルカくんの気持ちも少し分かるよ。騎士になれなくて、役人しか選べないのは可哀想だね。ルイがいたから、ルイの方が良かったんだと思うよ。だからあんなに前向きなんだよ」

「でも、私がいなければ役人になっていた。カルカは優秀だ。役人で良いと思う」

「まぁ、生活と家は安全だよね」

「うん」


「・・・カルカくんがさ、跡取り予定じゃなかったら、ルイはどうしてた?」

「分からない。それでも役人を進めるとは思う。私みたいに育っていたら、引き取るべきだと思っていたけれど」

「そっか」

「クラウは、万が一にもカルカが助手か弟子になったら?」

「私?」

クラウがキョトンとする。聞いてきた。

「どうしてそんな質問? カルカくんは役人になれって説得するんでしょう?」

「・・・参考に」

「もう、ルイ」

クラウが呆れた。ルイは目を伏せた。


「まぁ良いよ。私ね? んー・・・。ルイの助けになる人は、本当に必要だと思う。ルイが心配だから。ただ、カルカくんは貴族の家の子だし、そう、子どもだから、気を遣う。ほら、一人でできない事もあるでしょ。子どもが増える感じになる。私、まだやっと母親になれたところで、子育てが良く分かってないから心配。それに、カルカくんの面倒まで見れるのかも不安。レンドルフの子育てがどうしても私の中心になるから」

「・・・世話人が来たら?」

「あー。その方が、楽かもしれないけど余計に気を遣いそう。だって貴族の人なんでしょう?」

「うん」

「そっちの方が無理。難しいね。カルカくん一人の方が気は遣わないかもしれない。子どもだから」

「そうか」

ルイはため息をついた。


「何、ルイ。結局どうしたいの」

「・・・カルカの将来のために、役人にするべきだ。だけど、私は来てもらえたらいいのにって思うよ。考えたら、カルカみたいな存在ってないんだ。血縁者で年下で、才能もある」

「困ったなー。明日カルーグさんに相談するしかないけど」

「期間限定とか無理なんだろうか・・・」

「あぁ、お互いお試し期間良いよね。やっていけるか分かるね」

「ただ、その期間分、カルカの本来の勉強が遅れる・・・」


「あぁもう! はい、レンドルフ持って!」

授乳が終わり、クラウがレンドルフをルイに渡してきた。苛ついているようだ。申し訳ありません。

「寝るまで抱いててね」

「はい」

怒られた気分でルイは頷く。


立ち上がり背伸びしたクラウはビシッとルイに指令を出した。

「明日、カルーグさんまた絶対時間無いよ。だからルイの希望とか全部紙に書きだしなさい! 明日までの宿題だよ!」

「はい」

ルイは叱られたように項垂れた。


「それからね、人の都合なんて考えてたらキリが無いよ。本人に聞かないと分かんないんだから。だからまずルイの希望と理想を書いて。気になる点があるなら、相談点として分かりやすく書いといて! 私に確認したいこともそこに書く!」

「はい。奥様」

ルイの返事の仕方にクラウは眉をしかめたが、言いたいことは言ったらしく、そこで指示は終わった。


なお、クラウも宿題をすることになった。


***


さて翌日。

レンドルフが泣いているので、『アンティークショップ・リーリア』にルイが行くことにした。ついでにカルカも連れていく。カルカは外出に目を輝かせた。


「いらっしゃいマセー! 可愛いお客様デスね!」

ジェシカが両手を上げて歓迎を示した。


「今日は、この子が込めた『熱』も売ります。念のため質の確認を」

「はーい。大丈夫デス!」

ジェシカがニコニコして、あっという間に現金をカウンターに置いてくる。

昨日の午前、テストでカルカが『熱』に魔力を込めた。ルイの目から見て密度にも問題なかったが、確認のためにと売りに来た。問題なかったようだ。


連れてきたカルカは、自分が魔力を込めたものが売れた事に喜ぶかと思いきや、店内の様子の方が珍しくキョロキョロしている。

「あ! ルイ叔父さんのところにいた魔物と同じ! 流行っているんですか!?」


ルイは無言でカルカを見やった。今の発言で、この子とルイの関係がバレた。

うーん。確かに、騎士にするには軽率すぎる気が。秘密が守れなさそうな気が。

普通は迂闊に無駄口を叩かないようしつけられているものである。


「あ、これデスね。少し預かっているのデスよ」

とジェシカが言った。

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