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カルカと

とりあえず、1泊だが、客室の5階をカルカの部屋だと教えた。


「何時ぐらいに寝てるの? そういえば睡眠時間が短くて良いんだっけ」

とクラウ。1泊とはいえ母代わりにならなければと思っているのだろう。


「夜の10刻頃です。夕食の後は小休憩し、入浴後は読書をして、寝ます」

「ふぅん」

普通のような、とクラウも思ったのをルイは察する。


「朝が早起きです。朝の6刻頃です」

「9歳の子には早いのかな?」


「普通は8刻か9刻ぐらいだそうです。眠らないと大きくなれないと言われて、目が覚めてもずっとベッドの中で待機していました。けれど適性で、人より短い時間でも大丈夫な体質だと判明したので、起きて本を読んでいても良いと言ってもらいました。ただ、寒いので結局ベッドにいます」

少し恥ずかしそうにしながらも、カルカはハキハキと答えた。

「ふぅん」

とクラウは聞いているが、ルイは首を傾げる。

それはすごく暇では? ルイなら暇だ。


「カルカ。グラオンはトリアナより暑いから、早めに起きても体が冷える心配はない。子ども用の本はここにはないけど、何かしていて構わないよ」

「え。ありがとうございます」

カルカが少しキョトン、としながら礼を言った。


ルイはまた首を傾げた。

睡眠時間が短くて良いという。だったら、他の人より物事の習得に有利だとルイは思う。


ルイはしっかり眠らないと駄目だから、徹夜して後悔したりしてきたのに。羨ましい。


「普通より早起きという事だけど、本当に、それで、眠かったりボウッとなったりしないんだな?」

「はい」


ルイは正直に言った。

「人より長く起きていられるなんて羨ましいよ」

「そうですか」

カルカは驚いた。


この反応に、ルイも内心で驚いた。

「そうだよ。本だって読めるし、私の場合は魔道具を作る時間が増える。家族と過ごす時間も。とにかく羨ましい」

「そうですか」

カルカが嬉しそうになる。

ルイはまた首を傾げるところだった。


どうして実家ではこの利点を誰も指摘しなかったのか。

確かに子どもは睡眠が必要だと言われている。

でもカルカは結局起きている。

だったらいっそ活動時間にしてしまった方が良いんじゃないのか?


「カルカは、騎士以外になりたいものは?」

ルイは聞いてみた。

「ルイ叔父さんの助手になりたいです」

と答える。


「もし、私の話がなかったら、カルカはどうしていたと思う?」

カルカは少し答えに迷い、

「役人になると思います。それしか知らないから」

と言った。

なるほど。


ルイは念のために聞いた。

「本当に、役人に未練は無い? 私たちは手伝ってくれる人を切望している。クラウディーヌは、店の事は向き不向きでできることに限りがあるんだ。でも、いてくれるだけで私は元気を貰えるから本当はそれで十分なんだけどね。ただ、忙しくて手が足りないのも本当なんだ。弟子は向いている人しか欲しくない」

「・・・はい」

カルカの顔が引き締まる。


「役人に未練は無いのか?」

ルイは真っ直ぐにカルカを見つめて尋ねた。

「・・・ルイ叔父さんのお店を、手伝いたいです」

真っ直ぐ、カルカも見つめ返してくる。


ルイは目を閉じた。何度聞いてもこの答えになる。

ただ、しっかりしていてもカルカはまだ子どもだ。目の前のものに飛びついているだけなのでは。


迷う。

長兄セナの、大事な息子。

人生が大きく変わるのに。


ルイは目を開けた。とりあえず1つを決意した。

「テストしよう。私の、助手、弟子、呼び方はどちらでも良いけど、それにカルカが向いているかどうか」

「はい」

カルカが緊張して答える。

クラウも真剣な顔でルイを見つめていた。

クラウには、後でしっかりルイの考えを話そう。今はカルカがいる。


「今、クラウから、魔法石に魔力を入れる方法を教えてもらっているだろう?」

「はい」


本気のテストだ。とりあえず。

どちらに転ぶのがカルカにとって良いのか、ルイにも判断がつかないからだ。


ルイは立ち上がり、店側の棚に並べている魔法石から3個をとってきた。

『雷』『熱』『凍』。

奥側に戻り、カルカの前にそれを置く。


「これには魔力が高密度で入っている。それは分かるかな」

「持って良いですか?」

「どうぞ」


カルカが、クラウの指導により持っていた『熱』を机の上に置き、ルイの持ってきた3つをそれぞれつまみ上げた。

「カルカが今持っていた『熱』との違いが分かれば良いんだけどな」


そう言われたカルカは『熱』を取り上げ、光に透かすようにしてみたり、手のひらに転がしてみたりした。

「暖かいです」

「私の場合は、中身が入っているか見れば分かるんだ」

事実なのでルイは口にした。

カルカは凝視した。だが、カルカの様子が変わらないので、どうやら見ても分からないようだ。

カルカのハキハキした性格なら、何か掴めたなら報告するに違いないから。


しばらくして、諦めたようだ。

未練がましく右手の魔力入りの『熱』を見てから、カルカは練習中の『熱』を余っている左手でつまんだ。

改めて見比べている。


方法はどれでも良いけれど、違いが分からないとここでは無理だ。


「分かったら教えて」

時間がかかると思ったので、ルイは魔道具の作成に戻る事にした。


***


「お昼にしよう。ルイ。カルカくん」

クラウの言葉に、ハッとルイは顔を上げた。集中しすぎていたらしい。

クラウはしきりの扉を開けて、店側から顔を出していた。2階で昼食の準備をしてくれたのだろう。


カルカを見れば、未だにじっと2つの赤い魔法石を見つめていた。


無理なのかもしれない、と冷静にルイは思った。


だったら、仕方ない。むしろそれで良かったと思う。

役人に戻るべきだと事実を告げるだけ。


・・・。

あれ?


「カルカ。どう?」

ルイは立ち上がり、声をかけた。

カルカは真剣な顔をして、それから残念そうに首を横に振った。

「分かりません・・・」


クラウが心配そうに歩いてきた。

視線でクラウの発言を制したルイは、次の瞬間、思わず両手でカルカの両方の手首をつかんでいた。カルカが動こうとしたからだ。

カルカは驚いたが、ルイは確認のため柔らかく掴んだまま凝視した。両方の手の平に、真っ赤な魔法石。


「欲しい」

「え?」

動揺してカルカがルイを見あげる。


ルイは両手首から手を放す。

「突然掴んでごめんね。驚いてしまって」

「はい」

カルカは、ルイが何を言うのか集中した。


ルイは、己の行動に慎重さを心がけながら、カルカの右の手の平を指差した。

「こっちが、私が渡した見本だね」

カルカが入れ替えていなければ。

「はい」

カルカが戸惑いながら素直に返事をする。


ルイは、次にカルカの左手首を持った。

「こちらが空っぽだった方だ。すでに魔力が充填されている」

驚いたようにカルカが魔法石を凝視する。

聞いていたクラウも驚いて、カルカの手のひらを見つめてきたが、残念ながらクラウは充填程度が分からない人だ。


困った。

ルイは右手でカルカの頭を軽く撫でた。

撫で回したいぐらいだが、そうすると変な期待を持たせてしまう。駄目だ。


どうしようか。


「分からないのは置いといて、教えてもらってすぐに魔力をこんなに込めるのはすごい」

冷静を装いながら、自分の声は浮かれている。

カルカが、すがるようにしながら期待に口元をほころばせた。


カルカは言った。

「あの、初めは、右の方が暖かいな、重いなって、そんな風に思ってたんですが、どんどん自信が無くなってきて。もう全然分からなくなって。それって、左にも魔力が入ったから分からなくなってしまったんでしょうか!?」

嬉しそうに、期待して尋ねてきた内容に、ルイは驚いた。


待て。ちょっと待て。


ルイが驚きのあまり、無言で机に置かれている『凍』を取り上げてカルカに渡そうとしたところを、クラウが呆れたように止めた。

「ご飯作ったよ。冷めたらもっと不味くなるから早く食べて」

「・・・うん」

「・・・あの。美味しく、ないのですか・・・?」

恐る恐る、カルカが尋ねてきた。


「食べれば分かるから」

クラウが苦笑した。


ちなみにルイはギクリとした。いくらなんでも、ストレートで失礼な質問だと思ったのだ。

相手の機嫌を損ねる可能性のある発言。このような発言は控えるべきだと9歳なら分かっているはずだが。

カルカは王宮で生きる予定の者なのに、危うい。

すでに心から打ち解けている? クラウは大丈夫だとすでに見て取ったのか?


クラウは、ルイに目をやり、クスリと笑った。ルイの驚きを察したらしい。心配は無用だ。


それからクラウはいたずらっ子のように笑んできた。ルイがカルカの成果に浮かれたのも見抜かれたようだ。


筒抜けで恥ずかしい。頼もしいけれど。

ルイは頬を染めた。

敵わないな。


***


昼食だ。

「苦手なものってあったかな。あんまり2人とも真剣に集中してるからさ、もう勝手に作っちゃった。私が子どもの頃好きだったものを選んでみたんだけど」


パン。スープ。蒸し焼き鳥肉。サラダ。スクランブルエッグ。外で買ってきたらしいゼリー。

できる限り気合を抜いて作れる料理だとルイは察した。クラウは気合いを入れると味が壊れがちになる。それを防ぐためだ。


「実はトミュリが苦手です。キーリも」

「あぁ、子どもは苦手だよね。私も苦手だった」


「今は食べられるのですか?」

「うん。頑張って食べられるようになったの」

クラウが笑うのを、カルカが尊敬したように笑う。


根が素直だ、とルイは思う。自分が9歳頃は、すでに性格が歪んでいたものを。

明るく育っているようだ。人好きのする質は天性のものだろう。


騎士の適性が無かったなんて嘘だ、とルイも感じてしまうほど、前途が明るく見えるのに。


ひょっとして、すでに明るくルイの弟子志望に転向しているところが、楽観的で短絡的なのか?


なお、魔道具作成は地道で華やかさも無い。

ルイのようにむしろ人嫌いで引きこもり体質の方が向いていると思う。


そのあたりカルカは分かっているのかなぁ。


***


午後。


テストを再度確認したいと告げて、今度はカルカに『水』の空の魔法石を持たせてみた。

午前は『熱』で成功したが、ヴェンディクス家はもともと『熱』への親和性が高い。他の種類も見た方が良い。

それに、もしこれで魔力を溜めてくれたら、午前のお客様の注文品の作成に成功したことにもなる。そうなればルイがとても嬉しい。


「はい」

とカルカは真剣に返事をした。


しかし今度はしばらくして、作業に集中していたルイに恐る恐る声をかけてきた。いつの間にかテーブルの傍に来ていた。

「集中しているのに邪魔をしてごめんなさい、ルイ叔父さん」

「え。あぁ、うん、大丈夫。どうした?」


「あの。この魔法石で、魔力が一杯の魔法石を、参考に持たせてほしいのです」

「・・・あぁ、ごめん。『水』は今、魔力が充填されているのがないんだ」

「そうですか・・・」

「今の状況を見せてもらえるかな」


カルカが差し出した『水』は、魔法石の周りに魔力が漂っているような気もしたが、中には全く入っていなかった。


「見本がある方が良い?」

「はい。どういう状態が完成なのか、分からないので・・・」


「そうか。それはそうだね」

納得した。ルイはうなずいて、立ち上がる。

「どうせなら選ぼう。おいで」


ルイはカルカを連れて店側に出る。

そして、正面の棚から取り上げたケースごとカルカに見せた。


「さっきの赤いのが『熱』だ。次は違う種類を試して欲しい。あ、無色透明は『空』で、これにはクラウが魔力を込められるから避けて。別のを込める人が欲しいから」

「はい」

カルカは顔を引き締めて、青に黄色が混じっているのを選んだ。


「『雷』だ」

とルイは教える。

「『雷』ですか」

とカルカは呟いて手のひらを眺め、

「ピリピリしますね」

とはにかんだように嬉しそうに笑った。

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