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不意打ちカルーグとカルカ

それは突然の事だった。

次兄カルーグが甥のカルカを連れて店に現れた。


店側にいたクラウが、他に客がいるのに驚きを抑えられず、

「えーっ!!」

と叫び、眠っていたレンドルフが目を覚まし泣き声を上げ、慌ててルイが奥から飛び出してみれば、片手をあげる次兄カルーグと、その後ろから出てきて、ニコニコお行儀のよい笑みを浮かべる甥カルカの姿を確認した。

ルイも声を上げていた。

「ええっ!?」


「夫婦は似ていくって本当だなぁ。奥さん、赤ちゃん泣いてるよ」

店内にいた男性客が呆れたようにクラウとルイを見て、注意をくれた。


***


男性客は魔法石の買取だったので、

「次に『雷』2つと『水』1つ、魔力入りをストックしておいてほしい」

という要望を残し、あっという間に帰っていった。

次に魔力を溜めたら、彼のために取り置きしておこう。


「クラウディーヌさん、驚かせてしまい本当に申し訳ありません。私の方に時間があまりなく、会せた方が早いと思って連れてきてしまいました。突然の非礼をどうかお許しください」

「はぁ。構いませんが」

カルーグが騎士の礼をとるが、クラウはやはり状況についていけていない。

ルイも、次兄がいきなり甥本人を連れてきたことを突然すぎると文句を言おうと思うところだが、甥カルカを前に口にできない。

仕方ない。

ルイは諦めて穏やかさを取り戻した。しかし、確認は必要である。


「カルーグお兄様。ようこそいらっしゃいました。カルカも、久しぶり。大きくなったね。・・・ところでカルーグお兄様。カルカが急にこちらに来る事は、セナお兄様たちは勿論ご存知なのですよね?」

「置手紙置いてきた。あとで怒られる予定だ。ルイ、成長期が来たなぁ!」


今は身長はどうでもいい。次兄の問題行動にルイは天を仰いだ。

クラウにチョンと突かれる。

「ルイ。カルカくんが心配そうだよ」

「あ。ごめん」

配慮が足りなかった。


「突然で申し訳ないのだけど、ルイ、クラウディーヌさん。1日、カルカを預かってくれ。頼む」

「え?」

夫婦が口をそろえて疑問を示したのを、カルカ本人が礼をとった。

「ご無理を承知でどうぞよろしくお願い申し上げます」

9歳の子どもにこのように言われると、言葉が出なくなる。


「本当に申し訳ない。事情など本人から聞いた方が早いと判断した。ルイたちも無理なら直接本人にそう教えてやってくれ。その方が本人も納得する。それからさらに心の底から申し訳ないが、私はもう行かなくては」

「えぇっ!?」


「カルーグ叔父様、どうも有難うございます」

「あぁ。明日また迎えに来る。午後の予定だから、それまでルイ叔父さんたちの邪魔にはなるなよ。この店は繁盛して手が足りないと知っているだろう? できる事があったら手伝いを進んで行うように。そうすれば、助手に雇ってもらえるかもしれないな。面接だと思って心するんだ」


困惑する夫婦をよそに、カルーグとカルカが真剣な顔で会話している。水を差すのもためらわれるほどだ。

ルイとクラウで顔を見合わせて、仕方なさそうに頷き合った。

「カルーグお兄様。明日の午後に迎えに来られるのですね」

「あぁ。カルカを頼んだ」


「分かりました。責任をもってお預かりいたします」

「ありがとうルイ。クラウディーヌさん、申し訳ないのですが、どうぞ宜しくお願いします。ではまたな、カルカ」


こうして、次兄カルーグはあっという間に店から去った。


***


カルーグの姿が消えた途端、カルカはニコリと笑う。

とはいえ少し心配そうでもある。9歳の子どもだから、頼りになる大人がいなくなれば当然だろう。


「カルカくん。レンドルフです。よろしくね」

クラウが、抱きあやしていたレンドルフをカルカに紹介すると、カルカはホッとしたようになった。


「弟の小さい頃を思い出します」

「小さい頃って、今いくつ?」

「今、3歳です」

「そっか。仲いいんだね」


「ほっぺたを触っても、よろしいですか?」

「外から来てくれたばかりだから、手を洗ってくれると嬉しい。こっちおいで」

クラウが奥にカルカを連れていく。ルイは感心した。ルイにはあんなに自然に打ち解けるなど無理だ。


クラウとカルカが奥の台所に向かうのを、ルイもついていく。

手をあらわせてタオルを渡して、クラウはレンドルフのほっぺたを触らせていた。

カルカも嬉しそうだ。


ルイはそれを眺めつつ、少し首を傾げた。

本当に、どうしてここに来たいと思ったのだろう。

置手紙とはかなりの強硬手段だ。実家で間違いなく騒ぎになっているだろう。

そう思い至って、ルイは実家に手紙を送っておかなくてはと気が付いた。

今すぐ送っておこう。


***


ルイが6階の部屋から戻ってくると、クラウはカルカを座らせて何やら会話中だった。

ルイも混ぜてもらおう。そしてさりげなく事情を聞こう。


「カルカがこちらに来ている事を、家に手紙を送ったから安心して」

ルイが声をかけると、カルカは申し訳なさそうになった。礼儀正しく育っている。


「カルカくん、ルイ叔父さんと私に、事情を話してよ。ルイ叔父さん今降りてきたから、初めからの方が良いし。大丈夫、怒らないって。そもそもこの人だって、実家出てこんなところで店開いてるんだから」

「はい」

真面目そうにカルカが頷いた。


「ルイ。注文が立て込んでいるから、作りながら聞けるなら作りながら聞いていて」

「・・・そんな聞き方でも良い?」

「はい。・・・あの、作っておられるところを見る事ができるのは、私も嬉しいです」


「分かった。私は向こうのテーブルで作業する。見学しても良いけど、絶対にテーブルの上のものを勝手に動かさないでね」

「はい」


「細かい作業は好き?」

「あまり触れて来ませんでした。このため、分かりません」

それもそうだ。

ヴェンディクス家は騎士の家系だ。幼少時は基礎体力や運動能力の土台作りが多い。


「ルイ。魔法石の魔力を試して貰ったら? 『空』を見本にしたら私も教えられそう」

とクラウが言った。


***


ルイは注文の品を作り、クラウは『空』に魔力を溜めて見せつつ、籠に寝かせたレンドルフをたまにあやしながらカルカの話を聞く。

カルカは、『熱』の魔法石を手にして、クラウの教えに従うようにしながら、話をする。

なお、『熱』を手にしているのは、ルイが指示をしたから。ヴェンディクス家は『熱』と親和性が高いからだ。


***


カルカは、長兄セナの子だ。

10代半ばで結婚した長兄セナの第1子ミラは、女の子だった。ちなみに結婚した年の内に生まれた。

女でも、能力から判断して家督を継ぐことはある。だが男が継ぐ方が多い。代々騎士という家系で、男の方が騎士の能力が高くなりやすいからだ。


カルカにとって姉であるミラは、貴族らしい装いを活かした仕事をしたいと願っている。ルイの2番目の姉がその状態だ。

貴族として、貴婦人たちのすぐ傍で警護に当たる事が出来る利点があり、重宝される。

そしてミラは、カルカがいるから自分は家を継がない、つまり他家に嫁に出る事を夢としている。

着飾って周辺警護をする騎士でありつつ、誰かに見初められて結婚を申し込まれるのが理想らしい。ちなみに現在12歳。

とにかく家を継ぐ気はミラには無い。それはカルカのために平和的な判断でもあった。


また長兄セナには第3子も生まれている。男でまだ幼児だ。

何かの判断や状況で、この子が家を継ぐ可能性もある。


さて。カルカは第2子で男だ。やはり騎士に憧れている。皆はカルカが後継者だと予想し期待している。

カルカも、自分が騎士になって家を継ぐのだと自然と思っていた。

なのに、8歳の時、騎士の適性がないと判断された。

その場にいた皆が驚いて声が出せなかったらしい。


ちなみに、ルイのように王宮でもみくちゃにされたわけではない。

騎士にさせるには慎重さが足りない、と判定された。

運動能力は高い。明朗快活だ。魔力量は家族と変わらない。

人より睡眠時間が短くても毎日無理なく過ごせる体質と言われた。


問題は、騎士となり重要任務を遂行するにはあまりにも短絡的で楽天的という事だった。

まだ子どもだ。慎重さなどこれから身につくのではと驚く周囲を他所に、魔法使いはただ首を横に振り、『適性はない』と告げた。

判定は、出てしまうと受ける側が抗議をしたとしても覆せない。


今、カルカはハッキリと断じた。

「騎士になれないのに、家なんて継げません」

悲しみ嘆く様子が無い。

ルイもクラウも、聞いている方が困惑する。


なお、そんな決まりはない。しかし確かに前例はない。

優秀な騎士の子は優秀な騎士になると言われている。

騎士になれた姉弟が継いだ方がヴェンディクス家としては良いだろう、とルイも判断してしまう。

国の一大事に皆を守るのが騎士の仕事だ。強い事が求められる。


「騎士の適性が無いと出た時、ルイ叔父さんを思い出しました。ルイ叔父さんも騎士の適性が無かったから、魔力を使うお仕事をするって店を開いたんだって。尊敬します」

「ありがとう」

ルイは少し照れくさくなる。しかし、兄たちは美談に作り上げた話を聞かせている気が少しする。


「父上に外に出ると言ったら、叱られました。頑張れって。強い役人になれば良いって。家のことは、まだお祖父様の代なのだから、もっともっと先の話だから、その時に皆で話し合って決めれば良いって」

「うん。その通りだ」

「ルイ」

クラウに注意を受けた。


でも、正直、カルカの状態はルイに比べて何の問題もない。

家を継ぐのはその時改めて話し合えば良い。姉も弟もいるのだから。それでもカルカ、と決まれば自信をもって継げばいい。

カルカは役人に嫌な気持ちを持っているわけではない。優秀な役人になれば良い。

適性が無かった人は今までにもいる。別にカルカだけの悲劇ではない。


「ルイ叔父さんのお手紙で、忙しくて助手か弟子を探していると知りました。ルイ叔父さんがまだお若いから、どんな人が良いのかと困っているし、知らない人は嫌だ、というのも」

「そこまで詳しく内容を!?」

「ルイ叔父さんからの手紙は、いつもお祖父様が私たちを集めて、読み上げてくれます」


ルイは天を仰いだ。

迂闊だ。確かに家族からの手紙はその扱いになる。

悩み事まで家族全員に広く知れ渡っているのか。

いや、ルイにとって父にあたるヒルクは、読み上げて良い内容か判断した上でそうしてくれているはずだ。


「私は、自分が弟子になりたいと思いました。ルイ叔父さんも騎士の適性が無かったのに、立派にお店をしています。尊敬します。私なら仕方なく役人になっているでしょう。なのにルイ叔父さんは、適性がないと分かった時から自分で先生に頼みに行き、魔道具の勉強をしたって聞きました。憧れました」

少し眩しそうに告白されたが、ルイの方は微妙である。

ルイは、役人が無理というレベルで嫌だったから、逃亡するしか道が無かったのだ。


「ルイ叔父さん。どうか私を弟子にしてください。一生懸命頑張ります。お願いします。私なら甥ですから身内です。それに年下です。お役に立つよう励みます」

カルカは目を輝かせて意欲をみせた。

うーん。ルイはクラウと視線を交わした。


ルイが諭すことにした。

「カルカは役人にはなれるだろう? ここで弟子の修業なんてしたら、もう役人には戻れなくなる」

こちらにいた期間分、役人として求められる能力の習得が遅くなるからだ。


王宮は、人の優劣を極端に取り上げる場所だとルイは思っている。

習得が遅れる分、きっと劣っていると分類される。そうなると扱いは酷くなる。きっとカルカは不快な思いをたくさんしてしまう。

そうなる前に、長兄セナの言う通り、初めから役人となるため頑張るのが一番だと、カルカを案じるからルイは思う。


「役人にはなりません。家も継ぎません。私は助手になりたいです」


ハッキリとカルカが宣言する。


困ったな。決断が軽く思えて仕方ない。

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