いろいろたくさん
ところで、聖剣についての話はあれ以来無い。きっと時間がかかるのだろう。
シーラのその後の報告もない。
頻度が激減したとはいえ、『アンティークショップ・リーリア』には魔法石を売りに行く。レンドルフの様子を見て、クラウが行ったりルイが行ったり。
ただ、午前中は店頭にはジェシカが立っているから、シーラと会う機会が無い。必要だったら出て来るだろうから、特に連絡する事もないのだろう。
家でクラウと会話していたら、
「ルイに普段見せないところを見せちゃってるから、きっとシーラさんも恥ずかしがってると思うな」
とクラウは言った。
納得。
クラウも思案している。
「こっちの定休日に、ジェシカ店長たちと女子会したいんだけど、無理に顔合わせの場を作っても可哀想なのかなぁ」
「うーん・・・。もう少し様子を見て動きが無かったら、聖剣がどうなりそうかをシーラさんに尋ねようかな」
クラウは笑った。
「どっちが本題か、本当に分からないね」
ところで、クラウは聖剣を取り戻すことを迷っている。前回、ルイがメリディアへの忠誠を求められたからだ。
そして、聖剣を取り戻すと『勇者』としての責任もやってくると分かったから。
とはいえ、万が一『勇者』が必要な事態になったら、辞退なんてできないだろう。有無を言わさず、聖剣を与えられて『戦え』と言われる。その方が心配だ。
そんな事態にならないよう切望するのは変わらないけれど、万が一が起こり得るなら、やはりクラウは聖剣を手元に持っておくべきだ、とルイは考える。
なぜなら、聖剣を持つことでクラウの能力が『勇者』クラスに伸びるから。今のクラウは、ルイの家族にさえ負ける。
だから、クラウはまだ戸惑っているが、ルイは聖剣を取り戻したいと願う。
実家にも手紙で相談済みで、ルイはメリディアに忠誠を誓う事を決めた。その方がクラウを支えると思うからだ。
***
ところで、実家への手紙にて、ルイの助手についての悩みも打ち明けたのだ。
すると、こんな回答があった。次兄カルーグからだ。
〝弟子の件、ちょっと待っててくれ。改めて連絡する”
カルーグは、基本的に実家にはいない。色んな遺跡に派遣されて、毎日楽しく管理の仕事をしているからだ。
偶然家に戻っていたのだろうか。
それにしては、父や祖父の激励の返信からかなり時期がずれて返事が来た。
ひょっとして、実家からではなく、どこかの町の貴族用の魔方陣を使って送ってきてくれたのかもしれない。
・・・という事は、わざわざルイの手紙は実家の家族全員に転送されている?
正直よくわからない。
まぁ改めて連絡があると書いてあるから、待っていればいいか。
と思っていたら。
ある日、改めて手紙が来た。
〝男と女。どっちが良い? 年上と年下、どっちが良い? むしろ甥で9歳はどうだ”
ルイとクラウで、じっとその手紙を無言で見つめた。
アァウ、とレンドルフが抱き上げろと主張してきた。
いそいそとルイがレンドルフを抱き上げた。
変な顔をしてルイを見つめつつ、クラウは尋ねた。
「9歳の甥って誰?」
「セナお兄様の、2人目の子カルカ・・・ただ、長男」
「それ、ヴェンディクス家の跡取り・・・賢そうな礼儀正しい甥っ子ちゃん!!」
「よく覚えてるね」
「そりゃ、次の跡取りなんだなって思って見ちゃったから、さすがに印象に残った」
ヴェンディクス家は人が多いので、子どもの数も多い。ただし、ルイの父ヒルクの直系となるとグッと数が絞られる。
「どういう事?」
とクラウ。
ルイはうーん、と唸った。
「考えられるのは、カルカが私の二の舞になっているって事かな」
うん。甥のカルカは、カルーグに相談していたのかもしれない。ルイがグランドルに打ち明けていたように。
「えーどうする。9歳。あの子をここで預かるって話よね? 子ども」
「まさかカルカ1人でここに来ないだろう。世話の者が来るはずだよ」
「えー。どうする。ちょっとカルーグさん、急だよぅ」
「うーん」
ルイも突然の打診に困惑が優る。
「ただ、カルカが私のように困っているなら、力になりたいと思う。本当に、私は毎日辛かった。14まで我慢できたのはグランドルのお陰なんだ。でもカルカの場合それがカルーグお兄様なのだとしたら、私より酷いと思う。カルーグお兄様は実家にはたまに帰るぐらいだろうし、グランドルのような特別な地位を持っていないから、行き届かない事が多すぎる」
「どうしてカルーグさんなの。お父さんとかお爺さんとか?」
「私だって、父や母や兄より、グランドルに打ち明けていた。相談しても心配させるだけだと子どもだって分かる。泣いたりされるのを見るのは、辛いよ。その意味ではカルーグお兄様は実家にはたまにしか戻ってこないから、少し遠い存在なのかもしれない。打ち明けやすかったとか」
「うーん・・・。全く別の理由だったり? 跡を継ぐのは嫌だ! とか」
「そんな事あるかな? あ。でも騎士の適性が無いと出たのかもしれない。だったら相当辛い」
適性は8歳の時点で判断される。可能性はある。
「ねぇ。カルーグさんの手紙短すぎるよ! もっとちゃんと教えてもらって」
「うん」
頷いてから、ルイは尋ねた。
「クラウは、カルカがこの店で働くのは、良い? 世話人も、何人まで許せる?」
「えー・・・。本当に想像つかないよ」
クラウも困惑に嘆くような声を出した。この状況だから仕方ない。
「でも事情が本当にあるなら、預かってあげた方が良いならちゃんと考えるよ。私だって鬼じゃない」
「うん。ありがとう」
「ルイこそ、助手を探してたのにカルカくんが来るので良いの? 下手したらルイ1人のスピードが落ちる可能性があるからね」
「・・・うん。そうだね」
とりあえず、詳しく聞いてみることにした。
事情と、それからカルカ本人の意思、助手になる気は本当にあるのか、という事。
次兄のカルカに対する意見と、ルイの助手になりえそうかも詳しくと求めた。
***
さて。
ルイの方は、普通にお客さんが来て新しい注文があったり、メンテナンスの依頼があったり。
ただ、レストランのウィザティムにとりあえず2ヶ月分を入れたから、新しい注文は突然4か月半待ちになってしまった。皆は驚いたが、それでも注文をしてくれる。
とても有難いけど、やはりとても申し訳ない。
助手が必要だという思いが日増しに強くなる。
カルカは当てにできるのだろうか。緻密なものが好きな性格だろうか。
一方、息抜きとして、突発的に2階で夕食会を始めだした。
クラウが以前のように自由に歩き回れなくて我慢しているようなので、気分転換に。
近所の別の夫婦を誘う。子育てのアドバイスがもらえるし、単純に楽しい。
それに作った料理についての意見ももらえる。料理の腕は磨きたい。
なお、クラウのスープは大人気だ。一方、他の料理は、皆が思わずといったように不思議そうに首を傾げたりする。
ついにルイは、魔力の関係でクラウはやる気をもたずに料理した方が味的に良いのだ、と教える羽目になった。
クラウが相当なショックを受けていた。辛い。
けれど、確かにスープは材料投げこんで適当に煮込んでる、と自分で納得していて、それから割り切ったようになった。
スープみたいに気負わずに美味しく作れたらいいな、と言っている。たぶん数をこなせば、その状態に近くなれるんじゃないかな、と思う。
料理屋はやっぱり目標になっている。
日常の中で長期的に腕を磨いていく事が出来るのは、未来の夢のために丁度良い。
***
さて。ウィザティムのレストラン。
初めに会ってから半月後の打ち合わせにおいて、オープンが半月ほど後ろにずれこみそうだと教えられた。
ウィザティムは、ルイが参考用に書き出した価格を見ても驚かなかった。想定内らしい。
一方で、ルイはウィザティムのリストに驚いた。冷蔵庫一つとっても、クローゼットほどの大きさがあった。
ルイは真剣に検討して話をした。
「これは、現場で家具屋さんに外枠を作ってもらって、現場で私が機能を組み込むしかありません」
「えぇ。作っていただけるなら、こちらは問題ありません」
「では、その方向で、マイズリー家具屋さんたちと相談します」
「お願いします。それで、オープンまでに冷蔵庫、冷凍庫、食料保存庫は必須です。できますか?」
「泊まり込みでの作業は可能ですか?」
「そうですか。考えておきます。むしろ泊まり込みでしたら、もっと早くできますか。いえ、実はオープンギリギリに間に合われるのも困るのです。プレオープンするにしても、使い勝手を把握し、食材もそろえる必要があります」
「ごもっともです」
ルイは考え込む。
この人と、マイズリー家具屋と組んで仕事をしたい。それはルイの欲なのだろう。多少無理をしてでもやり遂げたい、という気持ちに傾く。
ルイが空けた予定は2ヶ月。オープン前の1ヶ月間。残り1ヶ月はオープン後になってしまう。無駄な時間が出ないよう、マイズリー家具屋に相談し、ルイが取り掛かるまでに外側を仕上げてもらわなければ。
「この3種類で、さらに優先順位はありますか?」
「では冷凍庫を。氷が溶けるのは辛い」
ルイは、リストに掛かれた冷凍庫の希望内容を再読した。
「製氷機能もお求めですね。これだけ大きいものですから、製氷部分と他の部分を分けて作らせていただくことはできますか?」
「その方が早いですか?」
「その方が正確に機能を持たせることができます。制作速度は・・・」
「納期に間に合うなら、分けていただきたいが」
まとめて作った方が良いのか。いや。
「納期的にも、別の方が良いです。ものが大きいので調整に時間を取ります。この部分は氷用と決めた方が、効果の確認も早くできるので良い」
「シャーベットも作りたいのですが。本当は、急激に冷やす部分と、ゆるやかに冷やす部分と、保つ部分に分けてある方が理想だ」
思いの外、一つ一つに注文が多い。料理人が店の機能として求めるものだから当然なのだろう。
時間さえかければ全てできる。だが時間は限られている。見極めが重要だ。
「ご提案ですが、冷凍庫をご希望のものを作り上げる。一方、冷蔵庫と食料保管庫は初めは外箱だけ。冷蔵庫は、一般的に氷を入れて冷気を保ちます。こちらもそれで対応する。その上で、冷凍庫の完成次第、順次冷蔵庫、食料保管庫ととりかかるという案はいかがでしょうか」
「・・・あぁ。なるほど。それでも良いか」
「こちらの都合で恐縮ですが、ウィザティム様の制作期間として確保したのは今、2ヶ月間です。オープン前の1ヶ月、オープン後の1ヶ月。その後ですが、他の方々からすでにご注文をいただき、予定が詰まってきています」
「なんと」
「オープンまでに冷凍庫は必ず。オープン1ヶ月後までに冷蔵庫と食料保管庫も必ず作り上げます。寝泊まりさせていただいても、必ず」
「分かりました」
「もし早く終われば、他のご希望のものも。けれど無理でしたら、改めてご予約のご注文をいただきたいのです。本当に申し訳ありません。私1人しか作る者がおりません。改善したいと考えていますが、まだ模索中で・・・」
「なるほど。・・・分かりました。初期はこの3つさえ約束してもらえば、あとは順次注文しましょう」
理解がもらえた。
申し訳ないという気持ちがやはり出てくる。同時にとても有難い。
「ありがとうございます」
「いや、こちらこそ。よろしく頼みますよ」
***
「私がもっと使えれば良いのにー」
クラウが嘆いている。クッションを潰すという八つ当たりをしながら、結局は拗ねているのだ。
「クラウのお陰で、レンドルフがすくすく育ってるよ。家族で過ごすのが私の夢だから、すごく頼りにしてる」
「ルイ優しいー。うー。でも確かに、レンドルフは私がいないとね」
「男には授乳できないからね。実はちょっと不満だ。泣いてるから抱き上げるのに私だと余計泣く」
「あはは。お乳が欲しかったんだよ」
「カルカくんは助手してくれるのかなぁ」
「どうだろう・・・」




