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いろいろな予定と準備

「おかえりなさい」

「ただいま。レンドルフー、ただいま」

赤子用の籠も店に移動させて店番をしていたクラウに出迎えてもらった。


「お疲れ様。大丈夫だった?」

クラウが心配そうに近づいてくる。頬にキスをして、ルイは抱きしめてみた。

「・・・どうしたの。無茶を言われた?」

「ううん。ちょっとクラウの補給」

「なんだ」

と、少し呆れたように笑われる。

でも馬車であんなシーラを見ていたら、クラウに会った途端酷く愛おしくなった。普段からだけど。


クラウからキスを貰ってから、ルイはレンドルフの様子を見た。

・・・まだ赤子なのに、形見の話をされるとは思いもしなかった。とルイは思い返す。


隣のクラウは報告をしてきた。

「なんか、クシャミしてるの。心配」


「え。そうなの。熱は?」

「いつもと変わらないと思う」


「きみが熱があったり・・・は無さそうだね」

「うん。店が埃っぽいのかな・・・」


「今までは大丈夫だったのに? 風邪気味なのかな」

「ちょっと暖かくしてるんだけど」


初めての子育てで、本当に手探りだ。

祖母がいてくれた時は色々聞けて頼りになった。クラウも実の祖母のように慕うほどになった。けれど、母ほどではなくとも、祖母にも勤めがあるから、可能な限り居て、トリアナに戻っていったのだ。


そこからは町の人にも相談している。ただ、人によっていろんなことを言われるから何が正しいのか分からない。

だから、ルイとクラウは祖母の指導に基づく事にした。バートンに言わせるとちょっと過保護だそうだ。多くの子と孫に恵まれていても祖母はやはり貴族だから、方針が町の人から見ると過保護なのだろう。


ルイはレンドルフにそっと触れてみた。基本的に赤子の体温は高い。ルイにとっては熱の判断がしづらい。クラウはいつも抱いているから、何となく感覚的に察する様子だが。さすが母親だと思う。


「大人しく寝てるし、熱も無さそうなら様子をみようか」

「うん」


2人で、起こさないように音量を下げて会話する。


「店は、お客さん誰かきた?」

「うん。メンテナンスの依頼が2つあったよ」

「2つ? 誰?」

「エナさんと息子さんが、ユートリアさんの分も一緒に持ってきた。『メンテナンスだと早くしてもらえるの?』って。1つが3日後、もう1つは4日後にはできるって答えてる」


クラウがしきりの扉を開ける。奥、2つの作業台のうち、手前の方にメンテナンス分の2器が置いてあった。両方とも冷凍庫だ。


「うん。それで大丈夫。ありがとう」

「・・・魔法石の交換なら、私もできれば良いのにな。便利だから無いと困るって」

「分かった。できるだけ急ぐ」

クラウは役に立てない事を無念に思っているが、交換にも繊細さが求めらるし、他に不具合がないかもチェックするからルイの仕事だ。


それより、冷凍庫が2つ。つまり同じ組み合わせの魔法石が2セット必要だ。


ルイの体質が改善した結果、自動で魔力を貯める装置を使っても、魔力は以前の濃さには溜まらない。

100%溜まるという点では同じだが、密度に違いがある。


その点では前は楽だった。高濃度のものが勝手に溜まる状態だったのだから。『アンティークショップ・リーリア』にも、毎日3個も魔法石を売っていたし。

お陰様で繁盛していて、収入面では何の問題も無いのだが。


しかしルイ以外の人をいれないと、本当にメンテナンスの魔力補給も間に合わなくなる。

どうすれば良い。


ルイはチラリとレンドルフを見る。

息子に期待をかけて良いものか。でも良いとしたって、まだ生まれたばかりだ。


「聖剣はどうなったの?」

とクラウに尋ねられる。


ルイは思考を切り替えて、訪問の様子を教えた。

つまり、王子様は渋っているのだが、シーラの提案で『貸し出し』を検討してくれそうだ、と。


「あと。シーラさんの恋愛相談についても、一応できるアドバイスはしてみたんだけど・・・」

「うん」

クラウは聞く姿勢を見せている。


「王子様の方は、シーラさんを持て余している、かも・・・。短時間だったから分からないけど」

ルイが思うには、なんとなく。


クラウが困ったような悲しそうな顔になり、咎めるようにルイを見つめた。


***


ところで。

バートンの紹介による、レストランを開きたいというウィザティムがやってきたのはその3日後のことだった。

午後に1人でやってきたので、クラウに店番を頼んでルイとウィザティムは2階の応接室へ。


ウィザティムは前回の食事の御礼だといって、自ら作ったというタルトを持参した。

クラウが喜ぶだろうから、とても嬉しい。


今回、ルイは慎重にルイの店側の状況を伝えてみた。


大変魅力的な話で、是非作らせていただきたいと願う一方、まず厨房のような設備を一式ルイが作ることは効率的ではなく難しい。

ルイは、魔法石の魔力を使って、何かの機能を持つ道具を作る。

例えば料理をするなら火力台が必要だ。だが、普通の火力台は本当の火を使う。だからルイには普通の火力台は作れない。火の扱いと魔法石の扱いは違うから。


「そうですか。ではどの範囲を頼みましょうか。食料保存庫や冷蔵庫、冷蔵庫。これらは問題はないのでしょう?」

「はい」

「そうだ、乾燥させる道具は?」

「乾燥させるものは、何でしょうか?」

「洗った食器です。あとは、洗濯した布をすぐに乾かしたい」

「なるほど・・・。食器は魔道具で作る事ができます。布は方法を考えさせてください。・・・ところで、ウィザティム様。レストランの開店はいつを予定されているのでしょうか?」

「3ヶ月後です」


そうか・・・。


「実は、注文が2ヶ月半先まで詰まっているのです。順番に作成しております」

そして、これ以上は作成スピードを上げるのは無理だ。

突発的なメンテナンスにも対応する余地は残しておかなければ。それにルイにも家族との時間は必要だ。

もしここで無理をしても、そのスピードを今後求められると困る。店としてここは軸を持っておきたい。


「なんと。困りました」

「出来上がり次第、少しずつお渡しという形ならご協力できるのですが・・・。優先順位を決めていただく事は・・・?」


「グラオンはイーディーに比べて暑い。冷蔵庫と冷凍庫は必ず欲しい。食料保存庫もです」

「よろしければウィザティム様のご注文としてある程度予定を確保いたします。着手が2ヶ月半先の予定ですので、着手前にご希望が変わっていないか確認させていただきます。なお、ご希望のサイズや機能により制作に必要な日数や金額が変わります。どうされますか」

「では、予定の確保をお願いします。サイズは、業務用ですから大きいです」


ウィザティムはルイが話す全てに前向きだった。

とはいえ、やはり納期の問題があるので、ウィザティムは次に、欲しいものとそのサイズや機能を書いたリストを持ってくると言った。


***


本日の仕事は終わり、夕食にて。

「3ヶ月後かぁ・・・。大丈夫かな」

ルイの報告を聞いてクラウが感想を漏らした。

「どういう意味?」


「んー? 頓挫とんざしなきゃ良いけど。なんでもやりたがってるみたいで、不安だなって思った。収集つかなくならないかな。あと、それだけお金は払えるのかな。ルイ、お金の話はした?」

「まだしてない」

「え。嘘」

クラウが驚いて食事の手を止めた。

でも、大きさや機能がきちんと決まっていないので金額の出しようがない。


クラウがマジマジとルイを見つめて言った。

「魔道具って、普通の道具より高いでしょ。それを知らないで話を進めてると怖いよ。ルイの方も、参考になりそうなものの値段のリストを用意しておいたら? 見せた方が良いよ。そもそもその人、お金持ちなのかな」

「隣町イーディーの、有名レストランのシェフなんだって。独立してグラオンに店を持つって。・・・あ!」

ルイは立ち上がった。

「思い出した。タルトをいただいたんだった」


冷蔵庫から取り出して、ルイは芝居がかってみせた。

「イーディーの有名レストラン、人気シェフのウィザティム様が作ったフルーツタルトでございます」

「わぁい!」

子どものように両手をあげてクラウが喜んだ。

ァ、とレンドルフが声を上げた。自分も食べたいという声に聞こえて、夫婦で笑った。


***


クラウの懸念は杞憂だった。

なんでも貴族から資金が提供されているらしい。バートンから教えてもらった。

貴族がついているとは、余程美味しいのだろう。

タルトも本当にまた食べたい味だった。ルイとクラウも一気に開店が楽しみになった。


とはいえ、本当に3か月後にオープンなら、ルイの魔道具が間に合うのは1つか2つ程度だろう。


一方で、ルイはマイズリー家具屋のジェイクをウィザティムに紹介した。

ルイには全ては無理だと知ったから、一般的な設備を頼める誰か良い職人を知らないか、と尋ねられたからだ。

ジェイクならルイは自信をもって紹介できる。人柄も能力も。それに、家に関わる様々な職人との縁を持っているだろう。


紹介に、ルイも一緒にマイズリー家具屋に行った。

店主がとても嬉しそうだった。その傍、ジェイクは少し緊張していた。


***


ある日、ルイはついに口に出した。

「やっぱり、弟子を取った方が良いのかな。助手というか」


クラウは首を傾げた。

「うん。でも、どういう人が良いかなと思うと、行き詰まるね」

「うん」

多分、ルイがもっと年齢と経験を重ねていたら。例えば30歳とか40歳なら、10代20代の若者を、と思っただろう。

しかし、ルイがまだ17歳。


「私より年上の人だと、乗っ取りが起こらないかと警戒してしまうから嫌なんだ。なら年下といっても・・・子どもになる。それに、全くの他人をいれるのは正直怖い。でも手は足りない」

マイズリー家具屋はすごいな、と思う。多くの店員がいる。


「ねぇ。いきなりルイみたいな働きは無理だから、分業は? 例えばメンテナンスは任せるとか。魔法石の魔力を入れるところを、まずお願いするとか。私は『空』なら入れられるでしょ? 他の石が得意な人を探すとか」

クラウの言葉に、ルイは無言でクラウを見つめた。

確かに、その通り。


「・・・クラウ。例えば・・・」

いや、ちょっと待て。

今、打ち明けるべきだろうか。


ルイは少し目を閉じて考えて、意を決してクラウを見た。

クラウは少し驚いている。


「あの。ものすごく真面目な話がある」


***


ルイは切り出した。

「まだ20年ぐらい、先の話をしたいんだけど」

「え?」

戸惑うクラウに、ルイは真剣に頷いてみせた。


「私の夢は、グラオンのこの店で、魔道具を作って、家族も作って暮らしていく事」

「うん」


「クラウのお陰で、今、夢に描いた暮らしが送れている。愛してます。本当にありがとう」

「え、うん。どういたしまして」

クラウが戸惑いながら頬を染めた。


「私が今17歳でクラウは21歳。それでね。あと23年ほど、ここで頑張ろう。お金を貯めて暮らしていこう」

「え? うん?」

クラウが不思議そうにした。


「私が40歳頃、クラウは44歳。そのあたりで、私たちはクラウの家に行って料理屋を始めない? 店は息子か弟子か助手に譲って」

クラウにとっては遅いスタートだったら、ごめんね。


クラウが驚いている。そのうち、口が戦慄いてきた。

感動している様子。


「どうかな。クラウが私の夢をかなえてくれた。私も、クラウディーヌの夢を、叶えたいと、思ってた」

「ルイ」

クラウはやっと名前を呼んだが、口を両手で覆ってまだ信じられない様子でいる。


「きみの夢も求めたい」

ルイはすぐ傍で告げた。


きっと、本当に諦めていたのだと思う。それでも奥底に眠っていると、ルイは思う。


「良いかな?」

ルイは努めて優しく尋ねた。


ウワァ、とクラウが突然声を上げて泣き出した。

抱き付いて来たので抱きしめた。こうなるだろうと知っていた。


「ルイ。嘘」

「本気。順調に行けばの話だけど。良い? 大丈夫?」


うん、とクラウが酷く泣いたまま、頷いた。

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