王子様に会う
馬車がついた。
降りると、周囲は布で覆われていた。ルイに景色を見せないためだ。
布で囲まれながら移動する。
誘拐されるのかと思うところだが、シーラがすぐ前にいるのでそんな疑惑は全く無い。
いくつか階段を上り下りし、草地も移動してたどり着いた。
周囲の布が引きさがっていく。
目の前、男性が椅子に座り、興味深そうにこちらを見ていた。ルイの一回り以上の年上に見える。
黒と白で豪華な刺繍の施された、どちらかというと騎士に似たような服装だ。
シーラがスッと礼をとったのでルイも倣う。
「殿下。本日も黒と白の装いなのですね」
ルイは驚いた。シーラの口調が、冷え冷えとしている。
左やや前にいるシーラを確認すると、出発前や馬車の中で見た恥じらう様子が全くない。
この人が王子様だと思ったのだけど、違う人なのか?
「お前は本当に」
呆れたように男が言った。
この人は誰なのだろう。紹介が行われていないので分からない。
「ルイ=ヴェンディクスか」
と男が尋ねてきたので、ルイはかしこまって返事をした。
「はい。お初にお目にかかります」
「あぁ。思ったより細いな。だが女どもが喜びそうな顔立ちだ」
相手が誰かも分からないこの状態で、返答に困る。
ルイの困惑を見て取った男が名乗った。
「イェイレフス=イーラ=メリディアだ」
やはりこの人か。ルイは改めて礼をとった。
「以前、私の個人的な騒ぎの際に、ご助力をいただきました。夫婦ともども心から感謝しております」
「あぁ」
「妻も、息子を得ることができたのも殿下のお陰だと申しておりました」
得意そうに王子が笑んだ。
豪快そうな人だ、とその笑顔をみてルイは思った。
***
時間はそれほどないという事で、ルイはすぐに用件にとりかかった。
つまり、勇者である妻が売ってしまった聖剣を買い戻したい、というお願いだ。
「あれはな、難しい」
と王子はどこか視線を宙にやってから、ルイに向かって肩をすくめた。
「我が国にも、偉大な龍との縁が欲しいもんでな」
「けれど、あれは懇意にしている龍にとっては形見の品です。一度、グランドル本人が頼みに王宮に参上しましたが聞き届けていただけなかったとか。正直なところを申し上げますと、逆に心証を損ねていると危惧いたします」
「そうは言ってもな。トリアナだけが龍と親しいとは不平等だろう? そこを改めるのなら、メリディアも公平に剣を手放すこともできるが」
「トリアナは確かにグランドルとの縁があります。けれど彼が国に直接関わる事はありません」
「トリアナは名声を手にしている。後ろ盾に龍がいると示すからな」
「だからといって、彼が大切にしてきた剣を彼の手の届かないところに置いてしまうなど」
「ルイ=ヴェンディクス」
笑いながら、名前を呼ばれた。
王子は指摘をした。
「勇者が剣を取り戻したいという願いだったはずが、龍の元に返せという話に変わっている」
話の流れの結果だが、ルイは己の非を認めた。
「はい」
「お前の妻に剣を戻したとしよう。仮の話だ。だがそれで龍の手元に戻るとはなるまい」
「妻の死後は、かの龍の元に」
「お前たちの子の形見になるのではないのか? その剣は」
ルイは驚いて王子を見た。
「お前の妻を勇者たらしめた聖剣だ。子は思い出にそれを手元に残しておきたがるだろうよ」
ルイは、まだ赤子のレンドルフを思い浮かべた。
「我が子には言って聞かせて育てます。形見は聖剣でなくて良いのですから」
「どうだかな。個人が強く関わるよりも、国が管理する方が望ましいとは思わないか?」
まさかそんな話をされるとは。考えた事もない、先の話だ。
「ルイ=ヴェンディクス。もし、勇者に聖剣を返したとしよう。そして勇者が必要となる危機が訪れたとしよう。その際、お前の勇者たる妻は、どの国の庇護を受けたいと思うのだろう」
王子が、ルイの返事を楽しみに待つ。
ルイは答えた。
「メリディアになるでしょう。妻の国はメリディアです。私はトリアナの貴族ですが、メリディアのグラオンで暮らしている」
「お前は我が国に忠誠を誓えるか?」
まさかこんな話になるとは思わなかった。ルイが迂闊だったのかもしれない。
すぐに答えを返せないルイに、ずっと静かだったシーラが口を開いた。
「殿下。私の友人です」
底冷えのする声だと思った。
王子は呆れたようにシーラを見た。
「友人ってお前、この話は結構大きいぜ?」
「私の個人的な意見ですが、クラウディーヌさんに、メリディア王家が剣を貸し出せばよいではありませんか」
え。貸し出し?
ルイはシーラを見つめた。
最高に美しく装っているシーラは、この空間を凍らせるほどの冷気を漂わせている。
「聖剣ですのに、勇者の返還希望を撥ね退けた事になります。万が一、勇者が必要な事態になった場合、問題になります。責められるのはメリディアです。避けるべきでしょう」
「貸し出しねぇ」
王子はどこかつまらなさそうに言った。
「仕方ねぇなぁ。もう時間もないし。少し考える」
「はい」
と答えるのはシーラだ。どこか刺々しい。
聞いているルイはなんだか痛々しい気分になった。
***
ところでルイの進呈した『銀』は、王子が、
「お前貰っとけ」
とシーラに与えた。
シーラは感情の読めない眼差しで、ルイから直接渡されることになったガラス箱の中を見つめる。
「やれやれ」
椅子から立ち上がって王子は呟く。面倒くさそうに、それでいて仕方なさそうに。
シーラがそれを冷たい目で見やった。
「ルイ=ヴェンディクス。今度酒でも飲むか」
「は」
思わず声が漏れたのを、王子は気にしない。
シーラは王子の言動に注意を払っているようだ。
「お前、飲めるか」
「はい。ただ、ワクです」
「そりゃ良い。俺もだ」
「私も」
シーラがムッとしたようになった。
珍しいな、とルイは思った。拗ねたような、子どものような感情が見えた。
「シーラは飲めない」
「飲みます」
「止めとけ。後に残る体質が。すぐパーッと赤くなって眠くなる」
「なりません!」
結構仲が良さそうな、そうでもなさそうな。とルイは思ったが態度には出さない。
王子は困ったようにシーラを見てから、ルイにはなぜか親し気に笑ってみせた。
「またの縁を。ルイ=ヴェンディクス」
ルイが礼を取る。すぐに布がサワッと動いて来てルイとシーラを囲み、視界を覆った。
***
味方にすると強いが、敵に回すとかなりしつこそうなタイプかな。
頭は切れそう。情にも厚そう。友人と称した、様々な利益を得るためのつながりを多く持っていそう。
ところで、現在は馬車の中だ。
シーラといえば、悔しそうに、手に持つガラス箱の中の『銀』たちを見つめている。
いや、実際は『銀』を見つめているわけではない、とルイには分かるが。
どうしようかなぁ、とルイは思ったが、事前に頼まれていた事だ。
シーラからは切り出しにくいかもしれない。そう判断して、ルイは確認することにした。
「シーラさんは、先ほどお会いできた、イェイレフス=イーラ=メリディア殿下を、その、好きでいらっしゃるんですよね」
「・・・はい」
どこか苦々し気に、けれど意外な事に、肯定の返事が来た。
シーラは顔をあげて、ルイを見た。
「どう、思われました」
「・・・どの点を申し上げれば良いでしょうか。殿下のお人柄? それとも」
殿下とシーラさんの関係を変える事の出来る、可能性?
シーラは顔を赤くして耐えるような顔をした。
その顔を、ルイの前でされてもなぁ・・・。なんだか勿体ない。
「お尋ねしたいのですが、シーラさんはいつも殿下の前では、冷静でいらっしゃるのですか?」
表現に困るのだが。
シーラはキョトン、とした。
えーと。
「沈着冷静に、いつも以上に、なっておられたような気が、したのですが」
ルイは表現に細心の注意を払って会話を進めようとした。
シーラは多分とても繊細だ。
あの人についてだと繊細なのだと、勝手に思う。
「みっともない姿にならないよう、普段通りを心がけて振る舞っています」
やはり頬を染めたようにして返された答えに、ルイは頭を抱えそうになった。
可愛い、と思ったのだ。いや、別に浮気などではない。
この人はどうして相手には抑え込んでいるのかなぁ。無駄な努力をしていると思う。
どうしよう。どこまで関わるべきだろうか。
「私の幼いころからの、その、憧れなのです。ですが、相手にはされていないでしょう。どうすれば」
「・・・私が申し上げて良い事かどうか」
あまりにも普段から想像できないシーラの様子に、ルイは呻くように発言した。
シーラは真っ赤になってルイを見ている。
それを、だから、あの人に見せれば良いのに。
どう伝えれば良い。
「お願いします。ルイ様。男性の目から見て、勝機はございますか」
勝機って言葉を選ぶところが。
ルイは慎重に情報を得ようとした。
「差し支えなければ。かの殿下には、現在、特定の方はおられないのでしょうか」
「候補は5人おります。私は、そのうちの1人です」
あれ。じゃあ、ある意味順調だ。
ルイが様子を見つめると、シーラは悲しそうに視線を落とした。
「私だけ、少し変わった候補者です。他の方々は年齢も殿下のお好みの、その、肉感的な」
あれ。
「では、どうしてシーラさんは候補者に?」
「・・・戯れではありませんか」
何を言っているのか。戯れで選ばれるなんてあるわけないだろう、と思う。
しかし謙遜ではなく、シーラの発言は本気のものだ。
「シーラさんが強く希望を出された?」
「・・・父には要求を突き付けました」
「なるほど」
「候補に選ばれた時は嬉しかったのですが。欲とはとどまらないものだと、実感いたしました・・・」
「好きなのですから当たり前ですよ」
柔らかくルイは笑んだ。
シーラはルイより年上のはず。クラウと同年代だと思う。だけど、自分は既婚者だ。年上好みと思われるクラウを口説き落とした実績はある。
「シーラさんは、殿下に少し笑ってみて差し上げると、良いかもしれません」
「無理です。無理無理。無理です」
4度も言われた。
「いえ。笑顔です」
多分、この人、その際ものすごく感情が表に出るだろう。
恥ずかしがったりうまく表情が出せなくて悔しそうになったり。
たぶん、それはとても可愛らしいと思う。例え笑顔が失敗しても、それを見せる事はかなり大きいとルイは思う。
「・・・シーラさんは、もし、殿下が他の方とご結婚されてしまったら、どう思いますか?」
「・・・仕方ないと思います」
俯いて、『銀』を見つめながら、シーラは素直に告白した。
「それで良いのなら、良いのですが。ただ、素直に気持ちを伝えずそうなった場合、後悔されないと良いのですが」
シーラの答えが先に分かりそうに思うので、答えを待たずにルイは続けた。
「私の話で恐縮ですが。私はクラウディーヌを絶対に逃したくなかった。だから、口説きました。成功しました。でも私はクラウディーヌの好みのタイプではなかったので、奇跡だと思っています。勝率など考える余地が無い。訴えて私を見てもらうしかないと思ったのです。私にはこの人だけと思って、必死でした。精一杯格好つけて。思い返すと、必死でみっともなかったかもしれません。それに、自分がものすごく情けなくなった事もたくさん」
ルイがずっと話すので、シーラはじっと聞いていた。
きっとそれだけあの人を好きなのだろうとルイはまた思った。
「ずっと格好良くなんて無理です。恥をかかないと、得ることができないものが生涯の恋とか愛かもしれません。だから、恥ずかしいけれど、笑ってみると良いのではと、私は思いました。シーラさんは笑うと衝撃を受けるほど可愛いと思います。今勝機がなかったのだとしても、勝機が見えるかもしれない」
「それで失ったらどうすれば良いのですか」
「あなたは他の人と結婚して、あの方も他の方と結婚する。そうなるだけです」
ルイの言葉に、シーラがうっそりと笑った。




