露店とお店
本日2話目
雰囲気は良さそうで、かつ静かなエリアを求めて彷徨う。
もともと王都に住んでいたからか、どうやらその判断感覚は自分には備わっていたようだ。
何かさびれた雰囲気が漂い出すと、あれ、と気がつくので、そういう場合は、一度立ち止って見回して、結局来た道を引き返す。
お腹も減った。
ルイはここに来て、馴染みの龍が昔話してくれたことを思い出した。
『高い場所から眺めると様子がよく分かるぞ』
ルイは上を見上げた。
だがこの町は案外高い建物が多い。そして道の幅が広かったり狭かったりと結構、無計画だ。
つまり、どの建物に登れば良いのかも判断できない。そもそも、旅人が昇れるのかもわからないから使えないな、と残念にルイは思った。
人に聞いてみるのが良いかな。
とはいえ、普通に偽造コインまで出回っている町だ。
あまり人に声もかけたくない。どうしたものか。
***
駄目だ、お腹が減った!
賑やかな通りに戻ってきて、ルイは「くぅ」と呻いた。
屋台で、様々な食べ物が売っている。
実は屋台で食べた事はない。買った事もだ。
何が入っているか分からないし、毒があったら大変だから注意しなさいと家では言われていた。
しかし昼食の店を探す体力が無くなりそうだ。空腹の限界が来ている。
ものは試してみることにしよう。
もう必要最小限しか動きたくない。
ルイはザッと周囲を観察した。
人が集まっている店と、素通りする店がある。
集まっている店の方が安全性が高いはずだが、あの人込みで自分はモノを買えるだろうか。
ルイは、串焼き肉を売っているところをじっと見つめた。2つの店が並んでいる。
売っているものが同じ品名で値段も同じだ。なのに、どうして人の集まりが違うのか。
人の集まっていない店の方を食べてみることにした。
初心者の自分でも購入できるだろうと思ったからだ。別に誰一人買っていないわけでもないし。
「1つください」
「200エラ」
手を差し出されるので、コインをぴったり渡す。
店主が片手で、机の角にコインをぶつけた。ガッ、ガッ、という音がする。それから2枚のコインをこすり合わせる。シャリシャリと音がする。そして目視でコインを確認する。
音と硬さと材質で判断しようとしているのか?
「毎度あり」
コインは大丈夫だったようで、ルイに肉の串焼きが1本渡される。
「ありがとう」
礼を言ったら、店主は驚いたようで、
「旅人か。魔法石の仕入れか」
と聞いてきた。
ルイ以外の客がいないので、話す余裕もあるようだ。
「あぁ」
そういう表現でも合っている事は合っているので、余計な事を言わないようにとルイは返事にだけ留めてから、周囲をキョロキョロ見回した。
隣の店では、買った傍から皆がそのまま食いついて歩き出している。
この店の前は空いているので、ルイはマスクを外して、肉に食いついた。
焼いてあっておいしい。ほっとする。
「どうだ?」
と、すぐ傍にいる店主が尋ねてきた。
「おいしい」
「そうか。あんた良いとこの坊ちゃんだろ。旨いか」
店主は上機嫌になって、少し照れたように笑った。
うん。旨いのに、どうしてこちらはこんなに客がいないのだろう?
ルイがかぶりついていると、隣で買った客からの視線を感じた。
食べながら見やると、「おや」という顔をしたようにして、少し肩を竦めて微笑んでくる。
どういう事だろう。
毒は入っていないぞ?
突然、ルイの肩が叩かれた。驚いて左をみると、全く知らない男性だ。
チョイチョイ、と指だけでついて来るよう招かれる。
一体なんだ。
怪訝な顔をして見つめていると、「いいから来い」と秘密のように話される。
一応警戒しながらも、ルイは少し傍に寄った。
「あんた、どうしてあの店の買うんだ、勿体ないな」
とヒソヒソと、ルイが買った店には背中を向けるようにして男は言い出した。
「いいか。あれを旨いなんて言われたら、この町の舌が疑われる。いいからこっちの食べてみろ、奢ってやるから!」
「はぁ?」
ありえない提案に疑問の声を上げたのだが、この会話を聞いたのか、誰かが真新しい串をその男に手渡してくる。
どういう事だ。この集団は仲間なのか?
まさか隣の店の客をこうやって奪っていくやり方なのか? それは酷くないだろうか。
「良いから! ほら食べろ!」
「だが」
と言いかけるのに、人気店の前に集まっていた集団が皆期待したようにルイを見つめる。
なんだこの恐怖。
余りに注目されて、まぁ良いかとルイは途中であきらめた。
それに、二つの店の違いも知りたい。興味がある。
ルイは礼を言って串を受け取る。
「お金は払う。両方気になっていたから」
というと、
「良いから良いから! 奢りだ」
と気前が良かった。
一体なんだこの人たち。
純粋にルイに期待しているのが分かるので、とりあえず食べることにした。
「あ。違う。肉が柔らかい」
一口食べただけで分かった。こちらを食べて分かったが、先ほどの方は硬い。
ルイの発言に、周囲がワァと喜んだ。
待て、そんなに騒ぐな。先ほどの店主が気の毒だろう。
ルイは焦ったものの、だが、味の違いも明白だった。
これで同じ値段なら、こちらの店が人気になるのもよく分かる。
「焼き方が違うが、味付けが違うんだな」
たかがといっては何だが、同じ200エラの品物なのに、これほど違う。
「だろう。お前、これ食わなきゃ!」
「なるほど。ありがとう。両方食べられてとても良かった。それぞれ個性がある」
一応、先に買った店主に気を遣った発言をしてみる。
とはいえ、パクパク食が進むルイの様子に、周りがガハハハ、と得意そうに笑っている。
違いも味わいたいルイは、2本とも残さず食べた。そもそも1本では足りない。
素材が違うのだろうか。
だが、どうも食べてみて改めて店主の様子を見比べてみると、人気店と初めの店とでは、焼いて客に出されるまでの時間が違う。人気店は待たせるが、すぐに客の手に渡る。初めの店は、焼き上げたのを置いて客が来るのを待っている。
ふむ。
とにかく、結果、様々な違いが出ているのだと思う。
そして違いを知った、客自身が、別の客を呼んでいくのだ。
客が店の盛衰に拍車をかけるのか。
厳しい世界だな。うまくいけば、客に支えてもらえるのだと分かるけれど。
***
露店での買い食いに成功したので、ルイは他の店頭でスープを飲み、デザートにフルーツを購入して歩きながら食べた。
町に馴染んだようでちょっと嬉しい。
ちなみに、あれこれ買うと、結局、案外高額になる事に気が付いた。単品ごとだから安いと思って油断したら思わぬ罠だ。気を付けよう。
お腹も満たしたし、ルイは急に町に馴染んだ気分になった。
いや、それはダメだろう自分。とルイは緩んだ気持ちで思った。
なんだか前途が明るい気がしてきた。
それもダメだ。油断大敵。こういう時に危機は来るのだ! いかなる時も注意を怠ってはならん!
家の教えを思い出しながらボーッとする。
こういう時に、旅行者は荷物を狙われるそうである。気を付けよう。
ふ、と右に顔を向けると、ルイの様子をじっと見つめていた者がふっと顔をそらした。
初めて見た。スリに狙われている。
いや、変な動きをしているな、とさっきから注意をしてはいる。
こんなあからさまなのかと驚いていただけだ。
ルイは嘆息して立ち上がった。荷物もしっかりまとめあげる。
結界作成具を小規模で起動した。魔物と盗人はこの付近には入ってこない。
じわりと広げたので、何人かがルイの周りから押し出されていった。さようなら。
さてと。
店を出したい場所とかを探しに再出発だ。
***
町を歩く。どうも基本的にこの町は騒がしい気がする。
多くの人に来てもらいたいと思うが、正直ルイにはこの町のにぎやかさと人の多さは苦手だ。ルイの快適な範囲を大幅に超えているからだ。
開発だってしたい。
ルイは歩き回って、大通りから2本ほど奥の小さい道を歩いてみた。
ルイは首を傾げた。
急に人通りが減り、閑静になる。
だがさびれている感じはない。
規則正しく生活されているような安定感を勝手に感じた。たぶん、道が美しく保たれているせいだと思う。
小さな通りだが、店も並んでいる。
衣服。毛糸など手芸用品? それから、絵画などの装飾品。
「文化的な店が多いな」
歩いていくと、パンと瓶詰の店があった。その隣に、食品を扱う店が数軒続いている。
雰囲気が良い。だが、少し町全体の雰囲気とは違う。どうしてだろう。
ルイは瓶詰を買うつもりで、1軒に入った。
「いらっしゃい」
老人が1人、椅子に座って新聞を読んでいた。他に客はない。
ルイは店内を見回した。何かを尋ねるなら、店の品物を買うのがマナーと、自国の教師のアドバイスを受けて、瓶を見る。
魚の煮たもの。あぁ、豆もあるのか。
手を伸ばして少し驚く。1つ500エラ。
ん? 高い・・・のか? いや、待てよ、夕食だと考えると外で食べた場合と釣り合いが取れそうだ。
だがそうすると、外で食べた方が良いような気も・・・。
まぁ良い。非常食は必要だ。
ルイは魚の煮たもののビンを1つ手に取り、老人に、
「これをください」
と頼んだ。
「はい。500エラね。他はいらないかい?」
「・・・オススメは、どれですか?」
「これは、ワシの大好物だ。おいしいよ」
「ではそれも」
赤い野菜をソースにしたもののようだ。
「これは680エラね。合わせて、えー・・・1,100でいいよ」
「あ。ありがとうございます」
安くしてもらったようだ。そんな事もあるのか。ルイは少し頬を赤くして1,100エラを支払った。
「ちょっと待って。袋に入れるからね」
「え、あ、」
別に構わないと思ったのだが、どんな売り方をするのか気になった。
老人は、ゆっくり立ち上がり、カウンターの傍の棚から紙袋を取り出して、丁寧に開けた。
そこに、ルイが購入した瓶を2つ、ゆっくり入れる。紙袋の口を閉じて2回折り込む。
「はい。ありがとう」
「あ、ありがとうございます」
なんて丁寧に品物を売ってくれる店なんだ。この旅で初めて受ける扱いにルイは少しジーンと感動していた。しかも、こちらから言わなくても安くしてくれるなんて!
また何かあったらこの店にきたい。
と思ったところで、ルイは自分で気が付いた。
1度の買い物で、2度目を考えさせるのか。この店は。
なんて熟練の技なのか。
ルイはつい先ほどとは違う尊敬のまなざしで老人を見た。
老人はルイが見つめるので、
「まだ何か欲しいものあったら見ていってね」
と少し不思議そうに言った。
ルイは勇気を出した。
「あの。実は、今日初めてこの町に来た者なのですが」
「あぁそう。そうだね、ようこそグラオンへ」
「ありがとうございます。あの、それで、この通りの店は、少し、雰囲気が違いますね。上品というか、落ち着きがありますね。どうしてでしょう?」
どういえばうまく聞けるか分からなかったのでこんな言い回しになってしまった。失礼になっていなければいいのだが。
「ん? ここは、少し特別なエリアだからね」
「え。特別? えっと、実は、あの、私も店を出したいと思っていて、どこが良いかと・・・」
「あぁ、そうなのか。でも、このエリアは、ご新規さんは無理なんだよ」
「昔からの方の場所、という事でしょうか」
「いや、きみは見たところとても若い人だけど、どういう店を出すのかな」
「魔道具です」
正直にルイは答えた。
「どういう人向けの、道具かな。それによって場所は変わるでしょう。あと、開店許可が降りないと店は作れないんだよ」
「え。どこの役人に出すのでしょうか・・・? 申し訳ありません、ご教授いただければ・・・」
ルイの言葉に、老人は首を傾げた。
「それは、あなたのお店が属するギルドにだよ」
「冒険者ギルド・・・以外にも、ギルドが?」